71話 ブラン先生の添削
「ーーという訳なのだけれど、どう思うブラン?」
木の葉が少しずつ色づき始めた庭で、ティーカップ片手に私は尋ねる。そよぐ風は涼しげで、もう季節が秋に変わってきたことを告げている。
「ねぇ、それ聞く相手間違ってないかなぁ?」
ブランは困り顔でそう言った。
「ごめんブラン兄ちゃん、くー姉バカなんだ」
「バカとはなによバカとは‼︎」
「あぁ、そういう何も考えて無いところあるよね」
「ちょっとぉ⁉︎ そこなんで同意するの⁉︎」
馬鹿にする弟に、苦笑して同意するお兄ちゃん。
激しく抗議します!
「クリスティ、この間の海送りだって、結局帰って来なかったじゃない」
「うっ……! 言い返せない……‼︎」
「当たり前でしょ、事実だし」
「弟が1番辛辣‼︎」
思わずテーブルに突っ伏す。
ねぇひどくない?
いや私が悪かったけど……。
なんの話を尋ねているかというと。
この間の鑑定式後の話だ。
ブランのお父さんいたからね。どうも話したらしく、手紙が来てセツと2人お茶に呼ばれた。
断る事もないし、ブランなら安心なので遊びに来た途端、玄関で出迎えてくれたブラン父……ライラック公爵に捕まった。
いやほんとに捕まった。
肩をガチリと掴まれて、頭をグリグリされて死ぬかと思った。力が強いのだ。全力で喜ばれると首がもげてしまう。ブランが止めても意味なかった。
筆頭王宮騎士であるブランパパは、そりゃもうガタイがいい。
剛毅、豪胆といった言葉が似合いそうな、ガハハと笑うヒゲモジャのおじさんだ。三公爵の中で1人だけ浮いてる。
「立派になって」と繰り返され「アイツが喜ぶ」と頭をグリグリされた訳だ。
……まぁ、こんなに友人の娘のことで喜んでくれる学友を持った、うちの父は幸せ者だ。
一緒にブランの4歳の弟パーシル君も出迎えてくれたけれど、待ってられなくてどこかへ走って行ってしまった。4歳に我慢はキツいよね。
その隣にいたブランママはうふふと微笑む優しいーーていうかブランのお母さんだなーって感じだ。
ブランの顔はお母さん似だね。
という訳で。やっと庭まで辿り着いたところで鑑定式の話になり、ついでに王子に釘を刺されたと話した。
「もう何から突っ込んでいいのか、僕よく分からないよ」
「なんでよ⁉︎ 私の知る中で1番歳上の有識者に、意見を募っているというのに!」
首を振りながらそう言う彼に、私は噛みつく。
「それ、怒らないのが僕だからでしょう」
「さすがブラン兄ちゃん分かってるなー」
「ちょっとセツは黙って! 私が答える前に答えないで‼︎」
「合ってんじゃん」
「合ってるけど!」
話が進まないじゃん⁉︎
呆れながらチャチャ入れが入るせいでさぁ!
私怒りますけど⁉︎
そんな私たちを横目に、ブランは笑っている。
くっ! 自分には無関係だと思って‼︎
こっちは真剣に困ってるんだぞ!
アルからの信頼度は私達の未来の鍵なのよ‼︎
「仕方ないから、説明するけど」
落ち着いたブランが話し始める。
先生! お願いします‼︎
「全部ダメかなぁ……」
「その理由だよー! 理由! 理由ーっ‼︎」
唐突な投げ出しに、泣き付く。
「いや、ダメなの分かれば理由いらなくね?」
「わかった方が納得いくでしょ!」
「非効率」
「むむむー!」
「ふふっまぁ理由も言うけれど」
だからチャチャ入れないでってばぁ!
セツは虫でも見るかのような目を向けてくる。私ははむくれる。
その点ブランは優しい。
さすがお兄ちゃんは違うよね!
で、理由は?
視線を向け続けると、ブランは眉を下げなくて口を開いた。
「まず最初、『いらないです!』はないよね」
「え、だっていらな……」
「だとしても王子傷付いたな。目の前だぞ? 目の前で言われるんだぞ?」
「うっ」
ブランだけでなくセツにも注意され、言葉に詰まる。
味方になって欲しい2人には、私が円満婚約破棄を目指していることを前に伝えている。
ブランの方は驚いて、何故かと聞かれたけど。
このままだと死んじゃうのだと、その為に忠臣を目指してるのだと言った。半信半疑のブランに次の日の予知をしてから、信じてくれるようになった。
百聞は一見にしかず!
「でもアルも分かってるし……」
「わかっててもそんな風に言われちゃ、クリスティだって傷付くでしょう?」
「その通りでございます……」
「で、次だけど」
唇を尖らせても通用しません。
淡々とした様子で先生の添削は続きます。
「頭撫でちゃダメでしょう」
「はい」
「殿下は子犬じゃないんだから、しかも自分で傷付けといて。あと姫様も許しが出たからよかったけど、言葉遣いと行動、本当に気をつけないと首が飛んでも庇えないよ」
「その通りでございます」
真剣なトーンで怒られて、しょんぼり。
「王子プライドズタズタだなー」
「セツは黙ってて!」
「それで次だけれど」
厳しい先生の添削、まだまだ始まったばかり。
「姫様が可愛くても殿下を蔑ろにしちゃダメね。いや普通あり得ないんだけれど」
「だってリリちゃん可愛くて……」
視線を落として、言い訳してみるけど。
「上の立場の人ほど権力があるんだから、気を付けないといけないんだよ。失礼があってからじゃ遅い」
「あい」
「もう遅い」
「うるさいセツ」
「これまだ続くのか……どれだけやらかしてるんだ……」
私が弟に睨みを利かせるなか、先生が遠い目をしていらっしゃる。生きて、先生。
「いきなり淑女が髪ほどいちゃダメでしょう。僕だって、お母様が髪をおろしているところは、体調を崩されて見舞いにお部屋へ行く時しか見ないよ」
「そ、それはーそのー、ほらうち女の人私しかいなかったっていうかー?」
視線を彷徨わせてみますけど……意味ないんでしょうね。そこに容赦なく突っ込んできたのは、弟の方だった。
「うちのお母さんだってないじゃん」
「従兄弟のお母さんのそんなところ普通見ないよ!」
「そう、そのそんなところをクリスティは見せてしまった訳だよ。家族でもないのに」
「うぐっ⁉︎」
セスの呆れ顔に突っ込んだら、自爆してしまった!
「……僕は婚約破棄の前に、君がそれ以上の怒りを買わないか胃が痛くなってきたよ」
そう言いながら目をつぶり、胃のあたりを押さえるブラン。
すみません先生!
胃薬今度持っきます‼︎
「まぁもちろんゴムを口でくわえちゃダメだし、自分で結うのもダメだよね」
「それは、はしたないからでしょうか……」
「そうだよ。そして、仕事を奪うことになるからだよ。メイド達は雇ってもらって、仕事で賃金を得てる。その仕事を、貴族が奪っちゃダメでしょう?」
「そっかぁ……」
おずおずと尋ねれば、困り顔で答えてくれる。
そうか。頼る事も、仕事なのか。セツも感心している。
「あと抱っこしちゃダメでしょう? シワは品位を落とすよ。公爵令嬢なら、上に立つ人間らしくある事も重要なんだよ。憧れでいなきゃ」
「「耳が痛い……」」
ここに関しては姉弟で苦い顔……ってセツも?
この反応には、ブランも瞬きした。
「なんでセス君もなの?」
「……そういうの苦手……」
「そっか。少しずつでいいから、今から慣れておこうね。いつも誰か助けてくれるとは限らないよ」
心底面倒そうなセツに、ブランは優しく語りかける。
うぅ、先生すごいよぉー!
さすが先生だよー!
「あとアドバイスだけど」
ひいっ! また怒られる!
思わず目を瞑って構えるが。
「これはいいと思う」
……嘘、褒められた⁉︎
驚きで目を見開いて、ブランを見つめる。
あ、安心して!
何を悩んでたかは言ってないよ‼︎
秘密は守る! 絶対的秘密厳守です!
「でも言い方は考えてね。僕はクリスティのことわかってるから、いいけど。殿下はまだそれほどの付きあいじゃないでしょう?」
少し笑って、でも片眉を下げてそう言われた。
そ、そうですね……調子乗りすぎか。
「まぁ、そんなところかな……」
ふう、とひと息ついてミルクティーを飲む。
先生はお疲れだ。ありがとうございました。
「直すところしかない……」
「もう無理なんじゃん?」
絶望する私に、追い討ちをかける弟!
「言っとくけど、セツも大して変わんないからね! 態度! それ直しなよ!」
「うん、2人とも気をつけてね……まぁ僕も2人を守れるように、もっと頑張るけど」
怒る私に、優しいお兄ちゃんの言葉が染み渡る。
うわぁぁお兄ちゃんんん!
一生付いてくー‼︎
「もういざとなったら、お兄ちゃんに貰ってもらうしか!」
「えっ」
「とりあえず次に来た時用に、胃薬入りのクッキー用意しておくねお兄ちゃん!」
私はにっこり笑って、頼りになるお兄ちゃんを見た。
「いやそれおかしいだろ」
「はっ! たしかに! 熱で効能が変わってしまう⁉︎」
「……大丈夫かなぁ……」
セツに言われて焦るが、ブランはなぜか悩み始めた。
そうして賑やかなお茶会は、ブランに悩みの種を深く植えつけて終わったのであった。




