68話 平和な時間
「アル、大丈夫? 具合悪い?」
そう言って彼が倒れている、ソファの横に座る。
もちろんリリちゃんも一緒に座る。
「……普通こういう時は、向かい側に座りませんか?」
「え? 具合悪い人の介抱する時は近くに行くよね?」
「……。」
何か文句を言いたそうに、クッションに顔を押し当てていた姿勢から起き上がった。
もう回復したのかな?
リリちゃんの方は楽しいのか、ソファに座った後も横向きに私に抱きついている……それ、辛くないかな?
「リリちゃん、お兄ちゃんのお隣に来る?」
「このままでいいのー」
「……もうそんなに懐いたのですか……」
お兄ちゃんの方は、ちょっと断られてショックだったのかもしれない。表情が曇っている。
「リリちゃん人懐っこくて可愛いね、アル」
「いえ。リリーは結構人見知りするので、ヴィスも懐かれてないんですけれど」
「リリー、あいつキライ」
笑って言うが、アルは納得いかないようだ。
そしてリリちゃんはヴィンスの名前を聞くなり、可愛いお顔が砂利を噛んだように顔が歪む。
……そ、そんな嫌いなの?
「アイツとか言っちゃダメですよ、リリー」
「だっておにいちゃんとるし、意地悪なんだもん」
あぁ……焼きもちね。
そして確かに、口悪いしね……。
ヴィンスにはお姉さんが、2人いるはずなんだけどなぁ。女兄弟いる子って、女の子の扱い上手いきがするけど……。
まぁ、末っ子だから下の子苦手とか?
それにしては、こないだうちの弟と仲良くしてたけど。
「……それはそうなんですけれど」
そうはにかみ気味に、言い淀む。
あ、アルから見ても意地悪なのか……。
馬が合わないのかね。
まぁまだ子供だからなぁ2人とも。
ところで。
「……リリちゃんその姿勢、やっぱり辛いんじゃないかなぁ?」
「このままでいいのー」
もう一度心配して声をかけるけど。
しがみついて首を横に振られる。
そう言いながらも、さっきからプルプルしている事を知ってるんだよ。
なんで小さい子って、変な所で拘っちゃうんだろうね。嬉しいんだけど気になっちゃうよ。
「リリー、いい子だからこっちにおいで?」
「このままがいいのっ!」
アルも呼ぶけれど断られた……あ、さっきより悲しそうだ。
……ふむ、じゃあこうしようか。
「ちょっとリリちゃんごめんね? 一回手を離せる?」
何だろう? という顔をしながら、離してくれたので。そのままリリちゃんの脇に手を突っ込んで、引っ張る。
そして力無いから引きずっちゃうんだけど、私の前に移動して抱っこする。
「ティ、ティア? それは重くないですか?」
「あ、大丈夫です! 足の間に入れているので!」
「⁉︎」
うんそうだよねー。
淑女的に足開いちゃダメだよねー……。
まぁ、ほら子供だから……。
それに、考えて?
私もうすぐ6歳だけど、リリちゃん4歳でさ。
身長差がね、あんまりないの。
つまり腿の上に乗せられない。
今だって顔半分隠れるからね。
とりあえず、リリちゃんが落ちないように深く座り、お腹の辺りに手を置いて支える。
「おねえちゃんのお顔がみえないー」
「そうね、ごめんね? でもリリちゃんこの方が楽だろうから、しばらくこうしてよう?」
「うん、これもすきー」
こっちに振り向こうとするリリちゃんに向かって、優しく声をかければ元に戻る。
気が済んだら、普通に座ってくれるだろう。
ちっちゃい子の興味はすぐ移り変わるのだ。
「スカートにシワがつきますよ……?」
「子供の面倒見る時に、服は気にしてられないと思いますよ」
まぁ王族や貴族にはない考えだよね……そもそも、実母より乳母に育てられるようなもんだし。
でもこうしてると。
大抵子供は大人しくなるのだ。
押さえ込んでるとも言うけど。
「……君はそれをどこで覚えてきたんですか……?」
「えっ⁉︎ えーと……夢? そう、夢ですかね! 庶民の夢を見まして、ははは!」
まずいまずい! 前世の事とか話しても信じてもらえないよー! 信頼度貯めなきゃなのに!
「そんなに頻繁に夢を見るんですか? 水晶無しで?」
「え、うーんたまに、かな?」
あぁ、そっちに流れたか……。予知夢は夢から醒めなくなっちゃう可能性があるんだっけ? まぁ今のは嘘なんだけど……変な心配かけちゃったな。
「……ブレスレットですかね……」
「?」
思案顔をし始めたアルを見つめるが、変わらない。
何の話だ?
「ねぇ絵本よみたいのー」
リリちゃんの頭が動いた。体ももぞもぞしている。
あ、退屈しちゃったかな。
「絵本? 何があるの?」
「セイレーヌさまのおはなし!」
ちょっと気になって聞いてみたら、元気に答えてくれた。
へーそんなのあるんだ?
「リリーはセイレーヌ様が本当に好きですね」
「リリー、セイレーヌさまみたいになりたいのー」
微笑む王子と、微笑む姫。夢のワンシーンね。
でもアレになるの?
まぁ見た目は美神だけど。
それ以外はあんまりオススメしないというか。
……今遠くで「なんでよっ⁉︎」って聞こえた気がする。
「リリー持ってくる!」
そう言うなり、リリちゃんは私の腕から抜け出し、部屋を出て……えっダメじゃない⁉︎
驚き唖然とする私に、アルが声を掛ける。
「あぁ、護衛がいるので大丈夫です……ここからも近いので」
「護衛さん達? 見てないけど?」
「風の魔力の扱いが巧ければ、気配を消す事は造作もないですよ」
でたよ万能魔力風‼︎
私の闇はチート魔力のはずなのに、なんで負けた気になるかなぁ?
……たぶんリスク差だ。
ほら、闇も光も便利なのに。
ちょっと使い手泣かせじゃない?
風はそんなのなしでノーリスクハイリターン……。
ねぇコスパ負けてない?
そんなことを考えているうちに、リリちゃんが帰って来た。早いな!
「リリちゃんおかえりなさい! 早かったね?」
「風ならすぐなのー」
笑顔で尋ねれば、なんともないという表情で返された。
また風か‼︎
風の移動加速かっ‼︎
便利なヤツめ‼︎
そして私より歳下なのに使えるんですね……あぁ、悲しいよぅ……これが才能の違い……。
「リリー、こっちに持っておいで。お兄ちゃんが読んであげますから」
優しく招くその言葉を聞いて、リリちゃんがチラッとこちらを見る。
「私もお兄ちゃんの読むご本聞きたいなー?」
「じゃあまんなかに座るのー」
人差し指を口元に当て、上を見上げながら言うという、わざとらしいポーズ付きだが。この歳の子なら素直に聞いてくれる。
リリちゃんがソファーに登るのを手伝って、3人で絵本を読み始めた。




