67話 必殺技『こてんっ』
「すみません……少し調子に乗せすぎました」
前髪のあたりが、大分ワイルドに仕上がったところで。
笑いが収まったアルが、リリちゃんを後ろから抱きしめて止める。自分の髪は直したようだ。
「ほほーう……」
じーーーーっと、見てしまう。
「な、なんですか?」
戸惑うアルを無視してでも、見てしまう。
やっぱり2人とも。
こうして見ると似てるのかぁ。
いや、将来像は知ってるんだけど。
2人とも美形は共通にしても、男女でやっぱり違ってきちゃうから。今の方が似てるのがよく分かる。
「ううん! 2人ともそっくりで可愛いなぁと思ったの‼︎」
にへらーと笑いながら言う。
「……。」
「あー! おにいちゃん顔まっかー‼︎ 照れてるのー?」
「リリー、ちょっと黙ってて下さい」
確かに顔が赤く、もごっとリリちゃんの口を押さえるアル。
そんなとこも可愛いよ!
リリちゃんはもごもごとそのまま何か言っているけどよく分からない。それにしてもーー。
「リリちゃん可愛いねー!」
そう言って思わず、リリちゃんの頭を撫でた。
「……君は髪がぐしゃぐしゃなままですよ」
そう言って、私の前髪を直してくれる。
おーさすがお兄ちゃん!
手馴れてますねー!
見えないからありがたやー!
「リリちゃんって、リリーのこと?」
それは真ん中に挟まれてる、リリちゃんの問いかけ。まんまるおめめが、こちらを見上げている……ってはっっ‼︎
「す、すみませんすみません! 姫様になんて口の利き方と無礼なことをっっ‼︎」
「リリー、気にしてないの」
びゃっと後退る‼︎
ちょーっと頭の中の言葉が出てきてしまってですね⁉︎ ……ってあれ? 大丈夫なの?
リリちゃんはこちらを見て、首を振っている。
体も振られているけど……可愛い。
「リリー、お姉ちゃんに頭撫でられるの嫌でしたか?」
「んーん。もっとなでてほしいのー」
リリちゃんの顔を覗き込むようにして、アルが問いかけ、それを見上げて返すリリちゃん……。
あ! ここ!
ここ下さい!
ちょ、カメラマーーン‼︎
「リリー、おねえちゃんになでてほしいのー」
その衝撃に、思わず胸を押さえる。
ぐはぁ‼︎ な、なんだこの可愛さは⁉︎
え、誰だ『氷華』とかいったやつ!
凍るどころか、どんな人間の心も溶かすでしょこれ‼︎
くりくりおめめが『なでてなでて』と説いてくるので、近付いてなでました……私もリリちゃんもにこにこ……そしてアルも何故か私を撫でながらにこにこ。
……いや、なんだコレ?
まぁやっぱり妹よりお兄ちゃんの方が、撫で慣れてるので気持ち良いかなって事だけは分かったけどね。まだ髪崩れてたのかな。ごめんよ。
「姫様はお可愛らしいですね」
「……リリー、さっきの話し方がいいの」
「え?」
「リリちゃんがいいのー」
「ダメなのー?」とこてんと小首を傾げる……あ、これこないだアルがやってたのと同じだ! アルってばリリちゃんから盗んだんだな⁉︎
まぁつまり……絆されるしかないやつですよ!
可愛いは正義‼︎
でもね! 命は大事‼︎
道踏み外したら没落死亡エンドで一大事‼︎
なので必死に踏みとどまる。
「……ちょっとこれ以上されると、リリチカ様のことを抱きしめたくなるのでご容赦を……」
「リリー、だっこもしてほしいのー」
今度は逆側に、こてんっ。
なんなの? その高度な技は。
どこから生み出されたの? 殺す気なの?
殺傷能力高すぎ案件なんですが?
助けを求めてアルを見る……が。
「リリーがこれだけ言ってるので、聞いてあげて下さい」
「あの……それは」
「神託もありますから、城の者は誰もなにも言いませんよ」
にっこりと告げられる。
あ、そっかそれがあったね……セーフ‼︎
首ちょんぱ回避っ‼︎
「おねえちゃん」
そう言って私に抱きつくと。
「なでて?」
私の手を持って自分の頭に乗せるという……えっ!なんなのその技‼︎
この幼女、完全に訓練されし兵士だぞ‼︎
めでたく打ち抜かれた私は、そのままギュッとして、超撫でました事をお伝え致します。お兄ちゃん公認だから! 犯罪じゃないからっ‼︎
「はぁぁぁあぁ……可愛い……っ! 癒される……可愛い……‼︎」
「えへへー」
にこぉーっと満足そうに笑うその顔は、最初の出会いが嘘のようだ。あーかわいいっ‼︎
「ティアは本当に、可愛いものが好きなんですね……」
あ、何よアル。ドン引いてる?
そのなんとも言えぬ表情には、どこか寂しさすら感じられた。ひどいわー。可愛いものの前には、全てが平等に平伏すしかないのよ?
「これはリリちゃんが可愛いせいなので、みんなこうなります‼︎」
私はぷいっとそっぽを向いて、ギュッとリリちゃんを抱きしめる。頬にほっぺが当たる。
ほっぺぷにぷにだー!
「うーん……まぁリリーは可愛いですけど……」
なんか納得いかなさそうにしながらも、その手でリリちゃんを撫でる。
気持ち良さそうに目を細めるリリちゃん。
やっぱりお兄ちゃんには勝てないのかと、当たり前のことに悲しくなる私。何故張り合ったし。
「ところで髪型が崩れてしまいましたね。誰か呼んで、直させましょうか?」
やっぱり前髪だけじゃなかったか……仕方ないなぁ、こうなる事分かってても、私はお願いしたに違いないし。
「あ、大丈夫です……ちょっとコレ、持ってて貰えますか?」
髪からキュポンッと百合を抜いて渡す。
髪からゴムを外して、手櫛で適当に解かす。
ゴムは片方手首に付けて、片方は咥える。
んー、鏡あればポニテにするけど、ここ無いからなー。
というわけで、耳の上くらいのサイドの髪だけ、左右から後ろに持ってきて、咥えていたゴムで結んでーー。
「ありがとうアル、百合預かる……アル?」
おーい。どしたの?
固まってるぞー?
目の前で手をふりふりしたけど、動かない。
「おねえちゃんすごいのー! 髪自分でゆえるのー!」
キラキラとこちらを見つめるリリちゃん……。
はっ!
私ってばアルに物持たせた上に!
自分で髪やっちゃったよ!
貴族の子女はそんなことしません‼︎
「アル、アル! ごめんなさい見逃して?」
もうこうなりゃヤケだと思って、固まったままのアルの手ーーというか百合を返して欲しいだけなのだが、手で掴んで、小首を傾げてみる。
さっきのリリちゃんのマネ!
ど、どうよ!
悪役令嬢のごめんなさい攻撃は⁉︎
ま、まだ子供だからいけ……いけてほしい!
効いたかどうかは不明ですが、目が大きく見開かれ、力が抜けた隙に百合を奪取‼︎
無事、後ろに装着して終了ー!
任務達成! お疲れ様でしたー!
「おねえちゃん髪かわったーかわいいのー!」
「えへへ、ありがとリリちゃん」
にこにことご機嫌なリリちゃんに、にへらと笑って返す。
でもこれは黙っといてね!
まぁ誰も公爵令嬢が自分でゴムを口で咥えてまで、髪結んだとか思わないけどさ!
そして、そんなにショッキング映像だったのか。
アルは力を失くし、ヘロヘロとソファへ近付き倒れて行った。