66話 可愛い鳥の巣製造機 (挿絵)
ドアを開けた瞬間、すごい勢いでアルに何かがしがみ付いた!
こ、これは……。
「おにいちゃん!」
「リリー!」
リリチカ・カサブランカ……リリちゃーーーん‼︎
ふわふわと黄金に輝くその髪は、ウェーブを描く。
アルの陰から覗く表情はとても険しいもので……眉がとても吊り上がっている。
その瞳はサファイアのごとく深い青さ外に行くほど淡くアクアブルーへ。海を思わせるコントラスト。
白磁の肌にぷくりとしたほっぺたは、赤く膨らんでいて。それが彼女の怒りである事を表している。花びらのような唇が、これでもかと窄められている。
つまり、天使がいた。
あぁどうしよう。
すごく可愛い。
すごく怒ってるんだけど、あの膨らんだほっぺたをぷにって潰したい……嫌われちゃうよなぁー! そんな事したら!
必死にそんな激情と葛藤していると。
「リリーのおにいちゃんなのっ! あげないっ‼︎」
これでもかとアルにしがみ付いて、リリちゃんが言った。「リリー、痛いよ」とアルが言ってるので相当な力なんだろう。
はー! 可愛い‼︎
好きなんだねお兄ちゃんの事‼︎
大好きなんだねっっ‼︎
ちょっと見てほしいんですけど! 天使が天使に抱き付いてるこのツーショット、めっちゃ可愛くないですか⁉︎
はー可愛い!
スクショしたい〜‼︎
カメラマン、誰かカメラマンを早く‼︎
しかもねアルが困り顔で、リリちゃんの頭を撫でてるんですよ!
その度にリリちゃん、ちょっと表情が緩むんだけど。それに気付いてシュッて怒り顔に戻るのがね、可愛いし面白くて!
ずっと眺めてられるけど……まぁアルがかわいそうだから、この辺でね。
「お初にお目に掛かります、リリチカ姫。私、アルバート王子と仲良くさせて頂いております、シンビジウム公爵家のクリスティアと申しますわ」
そうしゃがみこんで、リリちゃんを見上げるようにして言う。公式な場じゃ怒られるやつですねー。
でも、子供には効くよ!
「……おにいちゃんとけっこんするって、きいたの。おにいちゃんはリリーのだから、あげない」
そう言うと、あんなに吊り上がっていた眉は、これでもかと下がってしまい。目はうるうると涙を溜め、口はへの字にくしゃっと歪んだ。
きゅきゅーーーーんっ!
な、泣いちゃうほど好きなのね!
可愛いなぁー‼︎
これは誤解を解かねばなるまい‼︎
「大丈夫です姫様! 私お兄様と結婚しませんから‼︎」
「ティ、ティア?」
意気揚々と拳を握って、説明に入ろうとしたところ。何故かアルの困惑の声が聞こえたけど、今は置いておく。
リリちゃんの方が大事!
「けっこん、しないの?」
「ええ! 私はあくまで姫様のお兄様の幸せの助けにはなりますが、結婚はしませんよ!」
「……おにいちゃん、いらないの?」
「いらないです!」
そう熱く、迷う事なく間髪入れずに答えた。
「……おにいちゃん? 元気なくなっちゃった……」
「え⁉︎ アルどうしたの⁉︎」
見ると、力なくヘナヘナとしゃがみ込んでいく彼がいた。どうしたんだろうか。妹の大好きホールドが解かれて、力が入らなくなったのかな?
すぐに立って移動してからしゃがみ直す。
「多分お兄様はちょっと疲れてしまわれたのでしょう。リリチカ様がお兄様の頭をなでなでしたら、治ると思いますよ?」
名前を呼ばれた事か、なでなでしろと言われた事かは分からないが、大きなおめめがぱちくりしている。
「なでなで?」
「そうです! こう、優しく……」
と、実践して目の前の頭になでなで……。
うわ、ふわふわさらさらだな!
なんだこれ‼︎ すごい!
キューティクルがすごいぞ‼︎
見本そっちのけで撫でていたら。
前髪の間から赤く染まった目元が見えたかと思うと、イエローダイヤの瞳と目が合った……ってああ⁉︎
「ごごごごめんなさいアル‼︎ 不敬罪⁉︎ 私は不敬罪なの⁉︎ 処刑されるの⁉︎ 打ち首なのっっっ⁉︎」
慌てて手を引っ込めながら、後退る。
「おにいちゃん、元気になって? なでなで……」
私の手がなくなったので、リリちゃんはそう言ってアルの頭を撫で……というか、手のひらを頭でぐりぐりし始めた。
どんどん髪が盛り上がっていく……。
か……可愛い……!
リリちゃん上手くなでなでできてないよ……!
それちょっと違うよ……‼︎
「……リリー。お兄ちゃんは、リリーのおかげで元気になりました」
「おにいちゃん! よかった!」
悶えている私の前で、麗しい兄妹ーーお兄様の方は頭ボサボサだけどーーが笑い合っている。
うんー! 可愛いっ! ご飯三杯‼︎
「次はあそこで凹んでるお姉ちゃんに、なでなでしてあげて下さい」
「⁉︎」
アル今、いい笑顔でなんて言いました⁉︎
私は目を開いたまま止まる。
「おねえちゃんも、なでなで?」
「えっ! そんな恐れ多い……」
「いえいえ、遠慮なさらないでください。私を元気にする力のあるリリーのなでなでは、強烈ですよ?」
体を横に揺らして聞いてくるリリちゃんに、慌てててを横に振り遠慮の意を示す。
しかしお兄ちゃんの方が、謎の笑顔で勧めてくる。
ねぇそれどういう事なの?
褒めてないんじゃないかなぁ?
気のせいかなぁ?
そう考えている間に、てってってっと、リリちゃんがこっちに来る。
「おねえちゃんも元気ないから、なでなで〜」
と言って、なでなでをしてくれました!
いいですか、リリちゃんの後ろで頭ボサボサのアルが、なんかすごい笑ってますけど! いいんですよ!
結構力強いなでなでで。
頭抉られそうだし!
髪はぐちゃぐちゃになってきてますけど!
そんなの関係ないんですよ‼︎
お姫様のなでなで、頂きまして光栄ですっ!
誰が何と言おうと、私は幸せです‼︎
そしてその場には。
美しく可憐ななでなで専用機と、笑う鳥の巣と、感動に浸る鳥の巣が出来上がった。