64話 人形でも天使でもない
「あのーそのー、ちょっとこれ、私が持ってなかったことにできませんか?」
「できません! 神に認められた者のすごさがわからないんですか⁉︎」
私がとぼけてみても、アルに怒られただけでした。
くっ! なんたる失敗!
忘却させたい!
記憶を彼方に葬りたい!
「私に忘却を掛けると国家反逆罪ですよ」
ジト目で言われて、私は狼狽する。
読まれている!
いやしないよ!
したいけど‼︎
こんな事で悪役令嬢は御免だよ!
「いいですか、あまり大事にしないように配慮します。ですから、1度城で鑑定してください。そうすればあなたの物である証明ができます」
「証明ですか?」
「考えてみてください。今の、誰の持ち主か証明されてない状態でそれが盗まれたら。それを使って偽の英雄がうまれる可能性があります」
子供に言い聞かせるように言われて、納得がいった。
カタリが出る……つまり詐欺師が出てきちゃうってことかぁ。でも。
「私しか使えませんよ?」
なのにダメなの?
そう思って尋ねても、もちろん良いとは言われない。
「それは使える者にしかわからないことです。私たちから見れば判断できませんから、持っているだけでもその証拠になるんです」
「……私そんなに大したことしてないんですが」
「ここで大事なのは、あなたの基準じゃありません。国家基準です」
王子然とした6歳に諭されるも、ごねる精神年齢18歳の図。
うぅ〜! ダメだ言い返せないっ‼︎
つまり私は困んなくても、国は困るから来いって事かな⁉︎
はー! 私本当に選択間違えたね!
だってただの綺麗な石だと思ったんだもん‼︎
女神様もなんでもなさそうにくれたよ⁉︎
「あの……女神様の約束と、大事にしない事を保証して下さるなら……本当に私何もしていないので」
せめてもの願いを、おずおずと申し出た。
英雄でもなんでもないのに!
何にもしてないのに!
祭り上げられたら困る‼︎
実績のない英雄とか笑い者でしかないよ⁉︎
「……神の御心は私たちではわかりかねますが……その願いは受けいれましょう。保証します、神に誓って」
そう言いアルは、しっかりと頷く。
リリちゃんに会えるならまぁ……とりあえずの目標は達成されるのだしいいかなぁ。
はぁ。私はもっと慎重に動かないとなぁ……。
地味に落ち込んでる私に、アルが声をかける。
「それにしても、『神の涙』とは……君にピッタリですね」
「ピッタリ?」
「『神の涙』は別命『奇跡の結晶』ですよ。クリスタル・ティアーでしたら完璧でしたけど」
クスッと笑ってミルクティーを飲む王子。
多分切り替えようとしてくれてるその心遣いも、ジョークも素敵で完璧なんですけど……。
「……そういうつもりだったんですか」
「うん? どうしましたか?」
「ティアって呼んでくれるの、そう言う意味だったんですか?」
自分で思っていたよりも、ムッとしている声が出て、ちょっとびっくりする。
「……ティアって響き、ちょっとティアラみたいで綺麗な響きだなって、好きだったのに……」
それが『涙』じゃ大違いだ。
へそ曲がりな私の、素直な気持ちがポロリと溢れる。
「私、いつもそんなに泣くわけじゃないんですよ?」
そうして言葉が、ボロボロ溢れる。
「あの時はたまたま……たまたまなんです! ちょっと油断しちゃっただけで、いつもは別に……家族の前でも、もうずっと泣いてないし……」
あぁ、なんで可愛くない態度なのか。
口もへの字だ。
言ってて悲しくなってきた。
ただ泣き虫じゃないとだけ言いたかったのに、実はめちゃくちゃ気にしてた事が丸分かりだ。せめてもっと可愛げのある事は言えないのだろうか。
溢れ出るのは言い訳ばかり。
根に持ちすぎだ。
これはさすがにドン引きーー。
「……かわいい」
ボソッと何かアルが言った。
「え?」
「いえ。今目の前にあるのが、テーブルでよかったです。君が隣にいたら、抱きしめてなぐさめてしまう所でした」
「できなくて残念ですけど」と、アルが小声で言ってーーわわわ、私は子供じゃないぞっ⁉︎
「そ、そういうのは妹さんにしてあげて下さい! 私は別に気にしてませんっ!」
「とてもそうとは」
慌てて勢いで言うが、困った顔をされた。
ダメだ私、冷静になれ。
どっちがお姉さんだ。
「いえ失礼、出過ぎた事を言いました。やはり適切な距離がないと、私は立場を勘違いしてしまうようです。アルバート王子も、どうぞクリスティアとお呼び下さい」
深呼吸して目を瞑り、手でストップのポーズをとる。
そうだよ。浮かれてたけど、仲良くし過ぎも良くないよ。将来の上司は敬ってしかるべしだし、仲良すぎると婚約破棄が大変になる。
適度な距離大事!
「そんなこと言わないでくださいティア……」
「クリスティアでございます、王子」
「ティア……」
「う……そ、そんな天使のような可愛いお顔で懇願されてもダメです!」
ねぇやめよう?
あんなに嫌がってたでしょ?
可愛いって言われるのさ? なのになんで?
なんでそんなーー心なしかうるうるの瞳を上目遣いにして、困り眉で小首傾げちゃうの?
プライドどこにいったの?
可愛すぎて折れそうになるからやめてくれない?
私可愛いものに弱いんだってば!
歯を噛み締めて、表情を緩まないようにキープしますが……出来てますか、これ。
「分かりました……ではこうしましょう」
悲しそうに、瞳を閉じてまたカップを口に運ぶ。
……こういう時、本当まつげ長いなーってまじまじと見てしまう。だって動かなければ、ほんとにお人形さんみたいなんだもん。
そっと目を開けたお人形さんの、人を惹きつけるイエローダイヤの瞳と目が合う。
無駄にドキッとした。
「泣き虫と言われているようで嫌だというのならば、それを書きかえてしまえばいいですよね?」
「へっ?」
音も立てずカップを置いてから、にっこりと微笑まれたーー嫌な予感がする。
「君の気が済むまで、形容詞を付けてよびましょう」
「え、いえ、普通にクリスティアと……」
「いえいえ、ガラス細工のように繊細で美しいティアを傷付けてしまった私の責任です。あぁ私の事は気にしないでください。思っている事を言うだけなので」
うん⁉︎ 何だ今のは⁉︎
アルはにっこりしたまま。
私の動揺など、目に入らぬかのように続ける。
「いや、それは大変なので」
「そんなに気にしないでください、心優しいティア。あなたのそれは美徳ですけれど、もっと気を楽にしていただいていいのですよ」
いやぁぁぁぁ! むず痒いぃぃぃ‼︎
「あの、ほんとにやめて下さいアルバート王子」
「いえいえ。私はいつもの子猫のように好奇心旺盛で、花のように愛らしく笑うティアが素敵だと思っているので。それをわかってもらいたいのです」
「アルバート王子!」
「妖精のように可憐なティアに、神さえも絆されてしまったのも同意できるといいますか。いえ、それが当然の事だったのかもしれませんね」
「アルバート様っ‼︎」
必死に切り上げようとする私の呼びかけに、彼はやっと話を止めてゆっくりこちらへ……柔らかな笑みを湛えながら向き直り、こう言った。
「何でしょうか? 私の可愛いティア?」
ぐ……っ⁉︎ なんで最後に殺しに来たの⁉︎
あぁもう!
分かったよう‼︎
降参ですよ‼︎
「……普通に『ティア』だけでいいです『アル』……」
そして顔を隠す、手の隙間から見えたのは。
「そうですか、少し残念です。まだ沢山ありましたのに。でもあまり長いと、話の内容よりも熱中してしまいますから……」
それは子供でも、ましてや人形でも天使でもなく。
「許してもらえてよかったですよ、ティア?」
優雅に微笑む、可愛らしい悪魔の姿だった。