63話 選ばれし者の証
「ティア! 昨日は突然倒れるから、心配しました‼︎」
メイド達が必要最低限だけ用意した、人払いされた客人用の部屋に来るなり。慌てた様子でアルがそう言った。
あー……えーと、何て言って誤魔化そうかなぁ。
昨日アルの前でお父さん行かないでって泣いたの、勢いで今思い出しちゃったよ……。
「えへへーすみません、あの、昨日はお手数お掛け致しまして……」
頭に手を回しながら、にへら笑いをして思考は動かす。
あ、そうだ。忘却させよう。
一瞬魔が差した。一瞬、一瞬だけです。はい。
だってそれで信頼失ったら、忠臣の座がっ‼︎
く……っ! 苦渋の決断だけど!
そっちの方が大事か……っ‼︎
「ティア? 大丈夫ですか? まだ具合が?」
何か言われたけど、必死な私は聞き逃した。今人生の岐路に立ってるんだ……!
「あー。多分思考飛んでるだけなんで、気にしないで下さい」
「……君はいつでもティアの隣にいますね」
「? そりゃ弟なので?」
「それはそうなのですが……」
2人が微妙な空気になっても、もちろん気付かない。
はっ! いかんいかん!
意識飛んでた!
急いで誤魔化すのだ!
焦る私は、バッとセツの方を向く。
「セツ! ちょっと昨日見た予言の事で、アルバート王子と話があるから部屋帰ってて」
「えっ」
「いーからいいから! 大丈夫大丈夫‼︎」
そう言って戸惑う弟を、グイグイ押して外に出してしまう。
「よ、良かったんですか?」
「良いんです。余計な心配かけたくないので」
うっかり弟に伝えてない事言ったりした時、面倒なので。
世界が滅ぶとかね!
いやそれはアルにも言えないけどね!
そう思って振り返ると、えーと……。
何でそんな悲しそうなお顔を?
「……大丈夫です。昨日の事は言いませんから……」
「あ、いえ……それはもう気にしていないというか、ええと」
果てしなく気まずい雰囲気になった。
たしかに、悲しかった。
湧き上がる感情をまだ覚えている。
あれは紛れもない、私の気持ちなんだろう。
でももう女神様になんでもない顔で、「食べた」って言われたので……。
悲しくないわけじゃないけど。
なんかもう、諦めがついた。
それにその悲しみに浸っていられるほど、私に余裕はないのだ。
「わかりました……あなたがそう言うのであれば」
私の戸惑いをどう受け止めたのか、優しい天使の笑みをこちらに向けられた。
……なんでだろう。
なんか、勘違いされてる気がしないでもない。
気にしちゃ負けかな。
「あ、そう! 私、アルに話したい事があるの!」
空気を壊すべく、努めて明るく話しながら席を勧める。いいと言うのに、アルは「いいから座ってください」と言って先に私が座らされた。
客人に椅子を引かせる私……。
どっちがお客様だ……?
気分はお姫様どころか、罪人なんですが?
しかし微妙な私の顔には気付かなかったのか、席に着いたところでアルは心配そうに切り出す。
「話とは、予言に関係があることですか? 昨日は水晶を持っていませんでしたし、そのあとは倒れてしまったので夢のなかでしか……まさか夢を?」
何に感づいたのか、少しその黄色い瞳が見開かれた。
「あ、それなんですけど。倒れた時に私の体はそこにあった、ということなんですよね?」
「え? ええ……。護衛をあつめて、運ばせたのですが……」
「それについては申しわけありません!」
躊躇いがちに言う彼に、ガバッと頭を下げる。
「いえ。ティアが優しいことと、自分のことはあと回しなことがわかりましたので。今後は私がよくみてますね」
「だから顔をあげてください」と、優しく言われる。
うんー! 違うっ! 違うんだよアル‼︎
私の優しさは打算みたいなものだし!
あと熱中症は! 多分‼︎
でも女神のせいもあるって信じてるから‼︎
だけど空気を壊すのもなんなので、口をもにょもにょさせつつ話を続ける。
「あの……その倒れたときに。私、女神様にお会いしまして」
「は?」
「アルの妹のことを頼まれたのです。仲良くなってほしいと」
そして病気になったら治して欲しいってね!
唐突な私の話に、アルは口が開いたままである。
まぁ無駄にアルに言う必要はないから、リリちゃんの事は言わないけどね……。ゲームで会うまでは生きていたのだし。すぐにどうこうは、ないんだろう。
それでも予兆とかあるかもしれないから。
なるべく早めに仲良くなっておきたい。
……という打算は、心の内に隠しておく。
「その……にわかには、信じがたいのですが……夢ではなく?」
彼はそう、困惑しながら聞いてくる。
あーまぁ神様って言われたら。
さすがにそうなっちゃうかー。
説得力ないもんねー、普通は。
まぁそう思って、ダメ元で証拠も用意したよ。
「あの、その時にこちらもいただきまして……」
そう言ってポケットから出したのは。
あの時女神様から貰った綺麗な石だ。
大きさは片手に乗せて、グーで握ると少し見えるくらい。テーブルにコトンと置くが、アルは何も言わずに固まっている。
あれ? なんかあった?
「アル? どうしたの?」
「これ……『神の涙』じゃないですか……?」
不思議になって尋ねると、恐々といった様子で語り始めた。
「なにそれ?」
「……神が認めたものにのみ、渡す証といわれる宝石です……。いえ、私もあまり見たことがないので、たしかではないんですが」
アルが見た事ないなら、私は見た事ないなー。
という訳で、知りようがない。
ただ彼の目は、この石に釘付けだ。
「歴史的には勇者や英雄や聖女など、そういう者たちが授かるものなんですが……。でもこの魔力の内包量は……」
「あぁ、それ魔石なんですか」
「なんであなたは落ちついて……このレベルのものを魔石扱いして、いいわけがないです! 『神の涙』じゃないにしても国宝級ですよ!」
なんかよくわからないけれど、アルが焦っている。
ちなみに、魔石とは。
魔力の含まれる石のことだ。
よく火山活動が激しい場所や、潮の流れが強いところ、ドラゴンや魔物が住まう場所で見つかる。
まぁちょっと危ないところばかりなので、その分高価だ。この世界だと電力代わりに使われたり、魔力を補う為に使われる。
「そんなに気になるなら鑑定しますか?」
「ええ、これは父……国王にしらせなければ……」
のはほんとなんかに言ってみれば、なんかすごい言葉が聞こえた。えっそれは困るのですが!
だって言えないじゃないですかーー話し相手になる為にもらったとか‼︎
「あっでもそれ、肌身離さず持つように女神様に言われておりまして……」
滲み出る冷や汗を笑顔で誤魔化しつつ、そっと下げようとする。
まぁ本当は、「あなたしか使えない」としか言われてないんだけど。盗られちゃったりしたらまずいしね?
あと言い訳的に私がキツい!
なのでなるべく穏便に。それとなーく、やめとこうという気にさせるべく話す。
「加工してもいいわよとは、言われましたけど」
「これを加工⁉︎」
「肌身離さず持つためですかね? 一部でも大丈夫だとおっしゃられてましたので……」
愛想笑いを浮かべつつ、驚く彼の発言をすり抜ける。
よし! これで渡さなくて良くなったはず‼︎
……と、思ったものの。
「……わかりました。これを持って城へ来てください。その場で鑑定をさせます」
「えっ」
「いいですか? これは国家をゆるがす、大問題なんです」
その表情は重く険しい、真剣そのものだった。
……そんなに?
女神様に会っただけなんだけどな?
話は思わぬ方向に進んでいった。




