59話 女神様のお願い
「弟は……なんで殺されたんですか? 私のせいですか……?」
こっちで私が記憶を取り戻した時、いないと頑張らないから?
巻き込んだ事実が重くのしかかって、押しつぶされそうになりながら、声を絞り出す。
「あたしは殺してないわよ! あの子は元々そういう運命だったの! それを都合の良いことに、目をつけてたあんたが追いかけたから、一緒に頂いただけ!」
女神の怒りの発言に、思わず拍子抜けした。
そんなセット販売みたいな……。
「どっちかっていうと、あたしが死を早めたのはあんたの方よ!」
慌てたように付け足してくれる。
そんなこと言って、私が怒ったらどうするつもりなんだろうか。正直者すぎる。ちょっと呆れちゃうよ。
「あの状態で生きてても、どうせ死ぬまでちょっとの差しかないし。潰れて萎んだら、闇の魔力出せる力なくなっちゃうんだもの! それじゃ意味ないの!」
目を瞑って力説してくれる。
風船から空気が抜けちゃうから、抜ける前に取ってきたってことですかね。
「あんた弟がいないと、記憶戻した時また潰れて萎れるから意味ないのよ! 記憶持ってないとそもそもの魔力量が違うから、本当の意味では消せないの!」
ビシーッと指を刺して、顔を顰めて言われる。
私はそれをどこか他人事のように聞いて、ボヘーっと眺めていた。
怒ってないと、この女神死ぬのかな。
いや、元気だなーって思って。
さすがにかわいそうなので、ちょっと真面目に聞く。
まぁその女神の言ってるやつ。
闇の魔力の源を考えたら当然か。
元となる感情、記憶起因だもんね。
「それに思い出して死んだら、生まれ変わらせるのに何年かかると思うの? 間に合わなくなっちゃうじゃない!」
頭を抱え振り回しながら言われて、冷静になってくる。相手が慌ててると、こっちは無になるよね。
まぁその話だと。
カッコ付ける相手いないからかー。
それは確かに自棄になるだろうなぁ私。
私にとって弟は、多分特別なのだ。
大人に近付くにつれて、親とは距離が離れていく。
友達とも意図的に壁を作っていた。
でも、弟は弟だった。
何も知らなくても。
超失礼でも。
助けてくれなくても。
唯一『私がお姉ちゃんだから』で片付けられる、許せる相手だから。要は庇護対象なんだよね。
さて、何に間に合わないかは後で聞くとして。
目を瞑って一呼吸吐いてから、目の前の女神を見据える。そして尋ねた。
「もしかして、私を噴水に落としたの、女神様ですか?」
「……。」
口をへの字にして、あんだけ動いてたのが停止する、
あ。これ女神様ですね。
『水の神』だもんね。
それでショック療法したと……。
水の神なんだから、水があるとこには影響を及ぼせるんだろう。
そしてさっきから気になってたんだけど。
「女神様、闇も司ってますよね?」
「あら、よく分かったわね。人の記録には残ってないんじゃない?」
意外にもこれは素直に答えてくれる。
「まぁそうだとしたら、いくつも未来を見ているかのような、今の話の辻褄合いますからね。それに私が池に落ちたことも」
視線を右に向けて思い出しながら、最後は諦めて目を瞑った。
さっきから間に合わないだの頼みたいだの。あとは私の記憶が戻らなかった時を、見てきたかのように話している。
まぁ、神様クラスなら無限に見られそうだよね。
そしてわざわざ鬼ごっこの時に、囲いもある噴水に落ちたーー囲いを超えてまで、落ちたりは子供でもなかなかない。
つまり、幻惑を使われたんだ。
あとは、神話の話があったから。
「それに、創生神が火と地を司るのに疑問を持ってたんですよ。なんでも作れるから創生神なんじゃないのかって」
火と地だけじゃ、『創生神』を名乗るには弱い。
「それで、神話に旦那さんからギフトを貰った話と、それでやりたい放題の話がありましたから、そこから貰ったのかなって考えたんです」
視線を女神に移して、率直に述べた。
ギフト。詳細の分からない送り物。
神について人は話したがりになるのに、そこだけは分からない。記されてないから。
考えられる場合の理由は、2つ。
1つ目は、本当に知らない場合。
2つ目は、教えたくないーー隠しておきたい場合だ。
それが闇の力なら、納得がいく。
怖がられてるからね。
「ご名答よ。なぁんだ、バカじゃないじゃないの。これで安心して頼めるわ」
満足気にニンマリして腕組んでいるとこ悪いけど、その頼みを聞くとはまだ言ってないぞ。
「まずは話を聞かない事には……」
「あら、やっと聞く気になったのね!」
視線を逸らして呟けば、女神は手を合わせて嬉しそうな表情をする。
まぁ粗方、疑問は解けたから。
この世界の未来は、シナリオライターが決めたものだと言うこと。
女神は何かをして欲しくて、私を呼んだこと。
私の闇の魔力は、私の前世の感情に基づいていること。
クリスティアもセスも、私たち姉弟自身だってこと。
セツーー雪貴は、私が絶望して死なないようお目付役的に、タイミングも良かったから連れて来たこと。
この上で、何をして欲しいのだろうか。
「まず、この世界はーー何度かやり直してるの」
顎に指先を添えながら、とんでもない話をし出した。
いきなりすごい話から入ったよ⁉︎ どうした!
「えーとどう言う意味でしょうか? 未来予知の話ではないんですか?」
「それをやった上で……人がね、何度も滅んでるの。もう少ししたら、滅んじゃうの。何度やってもダメなの」
首を振りながら、目を瞑り残念そうに答える。
ええー! 何ですかそれは!
「やり直してるって、時間を戻してるんですか?」
時空間の神に頼んで?
「そう……でも何回も、何千回もやってもダメで……あいつ、飽きたって」
「あー……」
俯いて残念そうに言われれば、こちらも言葉に困る。
気紛れで有名な時空間の神だ。
手伝ってくれてただけでも、すごかったかもね。
しかし女神様でも変えられない運命かぁ……やっぱり最悪は避けても、最善が引き当てられてないんだろうなぁ。
……詰んでない?
「……他の神様は?」
「本来、あたしたちは必要以上に世界には触らないのよ。だって、すぐ変えられちゃうし、つまんないでしょ?」
そう肩を竦めて首を振る。
世界規模のつまんないかー。神だなー。
「……なら何でそんなことを?」
「だって私が生み出した命が、こんなに発展したのよ? あんなに何も出来なかったのに! もうこんな風に育つこと、きっとないと思うから……」
ちょっと怒って、最後は泣きそうになりながら訴えられた。
あぁなんだ。母親目線なのか。
ちょっとズレてるけど。
王家が女神から生まれたのは、本当みたいだ。
困り顔でこっちを見ている女神様に、疑問が解けたことで同情的になっている私がいる。
……まぁ、すごく残念な神様だけど、ほら、美人……いや、美神ですし?
それに散々ぶつかって性格を把握した後だからね。なんか憎めなくなってるし……はぁ私って、つくづく損な役回りだなぁ。
「それで? 何が原因なんですか? 私にできるか聞いてから考えます」
諦めて聞く姿勢を取った私に、顔を輝かす女神様。
そして彼女は話し始めたーー世界が滅ぶ、その原因について。




