57話 闇の魔力の源
大事な話ではあるんですが
鬱展開苦手な方には閲覧をおすすめしません
すごく聞きたくない。
目の前に、明らかに嫌そうな顔があるだろうに。
女神サマは嬉々として語り始める。
「それを話すには、まずあなたの世界の闇使いについて話さないとね」
皆さん、ついてこられてますか。つまりこれ『学プリ』の、シナリオライターのことですよー。
そんないもしない、架空の人物に平常心を保つために話しかけながら、話を聞くーー強制的に。
「その闇使いは願望を持っていた。売れるシナリオが書きたいと、一花咲かせたいと、そう、強くつよく思っていたの」
う、うん。まぁ資本主義社会では、普通なんじゃないでしょうかね? お金必要だもんね。
「けれどそう簡単に、いいアイディアは浮かばない。そもそもこの使い手、文才はないのよね。でも、諦めだけは悪かった」
あーまぁ、文才ないとか女神はディスってますけど、仕事にできるくらいなんだよね。
でもほら、競争社会だから厳しかったんだね……いや分かるよ。折角夢叶ったなら食い下がるよね。
「使い手はいつも探し続けていた。使えるアイディアをーー夢の中でもね。その結果その使い手の願いに、近い世界の夢を見ることになったの」
寝ても覚めても仕事とか社畜だな⁉︎ 大丈夫⁉︎
寝て……あ、寝てはいるわ。
夢見てるんだもんね。
いやでも、夢見るのって眠りの浅いレム睡眠だよ。追い詰められてんじゃないの? ストレス溜まってそうだよ。
という、違うことに想いを馳せつつも。
「あれ、でも1度で見れる量って、それほどでもないですよね」
私は気付いたのだ。
私、5分で疲れるくらいだぞ?
あと一般的には断片的にしか見えないって、アルが言ってたような。
「そうよ。だから何度も眠って、拾ってきたの……そして、それを元に物語を作った」
ん? ちょっと待って下さい。
「作ったんですか……闇の魔力持ちが」
「そうよ、きっとこうなるってね。最後に作ったのが、あなたの仲良いあの子の幸せな未来ね。この意味、あなたなら分かるでしょう?」
ニヤリと笑うその顔の、言いたいことが分かる。
同じ闇の魔力を持つものとしてーー世界を書き換え、思い通りにできる、と言うことを。
でも……そんなことってある?
「……それほど沢山の未来を決めるのは、できないんじゃないでしょうか?」
ここまできて、それはないんだろうなと半ば諦めながらも。まだ現実が信じられない私は、震える声で口に出す。
「出来るわよ。あなただって、できるのよ? ただ、それを自分で制限しているだけーーできるわけがない、ってね」
そう言って目を細め、薄く微笑むその美しい顔はーーたしかに、目の前にいるのは人の及ばぬ存在。
神であることを思い起こさせる、ものを言わせぬ迫力があった。
「だって、闇の魔力の本質は欲ーー素晴らしく醜い、全ての欲望の塊だもの。あなたにだって、身に覚えがあるでしょう」
そう、柔和な、慈悲さえ感じさせる笑みで。
優しく語りかける。
「寂しい、苦しい、妬ましい、羨ましい、愛して欲しい、そばにいて欲しい、こちらを見て欲しい、認めて欲しい…そういう汚れた、醜い感情の全てが、魔力の元となる」
朗々と語る姿、目を瞑り悲しげにーーその後に笑う様は、狂気さえ感じさせる。
私はただ、それを眺めて聞いていた。
いっそ悪魔的な羅列だ。精霊を介するのに、似つかわしくないんじゃないだろうかというくらい。
「……知っての通り、私一般人なんですが。その感情を持つには、悲劇的な要素が足りないと思います。私の周りで別段、人が死んだりとか、親が離婚したとか、悲劇的な要素起こってないですけど」
もう多分、自分が死んだ目をしていることを自覚しながら、尋ねてみる。
「そうね。そんな風に、目に見えるものが1つくらいあれば、きっとあなたもこんな風に歪まなかったのにね」
くすくすと、女神が笑う。
あぁ、この女神は、純粋なんだ。
純粋で、何も考えていないーー子供のような無邪気な残忍さがある。
「普通はどこかで、吐き出してしまうものなのよ。だって見えれば、みんな心配するでしょう? でも見えないで、それが溜まっていけば?」
長いまつ毛を伏せて、口角を上げて。
何でもない、日常の会話のように尋ねてくる。
捨てることができないならば。
どこかに穴でも開かない限り。
その欲望は、風船のように膨らんでいく。
「あなたがどんなに排斥されても、周りは心配しないわ。だって、知らないもの。」
その響きは歌うようにーーとても残酷に語る。
「あなたがどんなに苦しくて我慢していても、誰も助けないわ。だってそう見えないもの。あなたが耐えられなくなって声に出しても、誰も動かないわ。だって、大したことないように聞こえるもの」
私は変だ。
私はおかしい。
どこか、いつも人とズレる。
だから、人に馴染めない。
それを隠すために強がりで始まった嘘は。
どんどん積み重なっていく。
息を吐くように嘘を吐くことが。
どんどん普通になっていく。
そうやって厚く塗り固められた嘘の仮面は、ペテン師を作り出し。やがてそれがあたかも、本心であるかように……声を隠していく。
ーーしまいには、誰も気付かなくなる。
そう、例えば。クラスで虐められていた子の身代わりになっても。
誰も助けてはくれない。
担任はクラスが終わるときに「今までで1番良い、最高のクラスだった」と言い、親は「そんなクラスになれて良かったね」と言う。
そして私はそれに笑って、「そうだね」と返すーーそんな感じだ。
そんなことが、いくつもある。
でも人のいるところでなんか出さない。
味方なんかいないから、また嘘だけが堆く積もっていく。
それに、家では『いいお姉ちゃん』でいたかったーーつまり、カッコ付けだ。弟に、どう思われるかも怖かった。
誰も知らないからーー知らなかったことに、記憶は書き変わるものだから。私の周りはとても平和で、穏やかで……なにも、起こってないのだ。
なにもかもが、無かったことになる。
「苦しいわよねぇ? 全てのものを憎みたいと思うのも、当然だわ」
でもしない。
そんなことしても無意味だと、知っているから。
私が助けを求めるのと同じくらい、なにも生み出さない。
けれど気持ちは。
このドス黒く渦巻くものは。
行き場をなくしていく。
風船が弾けて、外に被害が出てしまう。
……なら、新しい風船を作ればいいだけの事。
こんな話を知っているだろうか。
内戦が起きていた国でも、外国に敵ができると治まるという話。要は新しい攻撃対象ができれば、それまでの攻撃対象は気にならなくなるという事だ。
そう、簡単な話だ。
新しい攻撃対象を作ればいい。
だから私は、自分を攻撃対象に選んだーー考えたら困ってるのは私だけだ、私が全部悪いんじゃないかって。最初から、違ったのだと。
自分さえも騙すことにした。
そうして、新たな2つ目の風船は膨らみ始めた。




