4話 前置き (挿絵)
「せつは私だって、どの時点で分かったの?」
どん底気分から回復した私は、ふと思った疑問を口にした。私が気付いたのは、記憶が戻ってからだけど……。
「いや、なんか池に落ちたのがあの時とダブって……。そしたらなんか、そうじゃないかって直感というか? ……あとはほくろの位置かな」
「あぁ……これか」
そっと左手で目元に触れる。
それはちょうど泣きぼくろがある位置。
見覚えがあって、見覚えがないはずのもの。
「……クリスティアこんな位置に、ほくろなかったと思うんだけどな」
髪型的に、隠れていた可能性は否定できないけど――クリスティアの左側の髪はウエーブしているから、いい感じに隠れそうな位置なんだよね。実際、知っている人じゃないと私のほくろもわからないはずだ。
セスはどうだったかなぁ。
彼は本当にサブキャラだったから。
あまり見た記憶ない……。
声すらもあまり聞いた覚えがない。本当に脇役というか、おまけというかモブというか。クリスティアの取り巻きみたいな感じでちっちゃくついて出てくる感じだった。だからそんな細部までわからない。
当然専用スチルとかないし!
書き下ろしイラストとかないのだ!
知りようがない! 悩んでもわからん!!!!
私がそうやって頭をひねっているとをしていると、発言に違和感を覚えたらしい弟が疑わし気な顔で聞いていた。
「ねぇ。なんかこの状況になった原因とかしってんの?」
……まぁ知ってるといえば知ってはいるんですけども……。
うーん、でもこうなれば仕方ない。
弟に話すのもアレだけど。
とても気が引けるんだけれど……。
そうも言ってはいられないから、腹を据えて向き直る。
「私の考えが正しければ」
「正しければ?」
「ここは乙女ゲームの世界である!!!!」
恥ずかしさを勢いでごまかしておしきり宣言する。
そう。この名前、設定。
私がやっていたゲームにとてもそっくりである。
……夢だと疑いたくなるくらい。
それでも現実なんだと思うのは、完全に目の前にいるのがセスじゃないだから。
これが現実じゃなきゃ説明がつかない状況……だから受け止めてるけど。しかしよりによって弟に趣味がバレるとは——今すぐ舌を噛み切れってことかな! この世界の神様は鬼畜なんでしょうか! まぁそうも言っていられないんですけどー!
への字の口のまま、弟の様子を伺うと。
「マジかよ……。なんかあの王子とかデジャヴ感あるなと思ってたら! あれゲームのパッケージで見たやつだったのか……!」
一気に絶望の淵に立たされたように、ため息をついていた。
なんだよう。そりゃ転生は嫌だったんだろうけど。
姉との再会よりショック大きそうで若干不服を申し立てたい。
あとキミ、私のゲーム勝手に見てたね? いつ見た?
いろんな不満が込み上げたけど、とりあえずのみこむ。私はえらいお姉ちゃんなのである。
にしても君、状況受け入れんの早くない?
もうちょっとこう、疑わないの?
私が言えたもんでもないけど。
「なんか漫画漁った時に机の上にやたらきらきらのやつ置いてあるなとは思ってたけど……つかこの世界に来たのくー姉のせいかよ!」
「あ、なるほど。勝手に漁るな。そしてその件に関しては面目ない」
まぁ漁られたのはこやつめと思わないでもないけど。そこに置いてた私も悪いか。いやでも特装版特典付きでダウンロードとかでは買えなくてですね……? というかそんなバカなとは思うけど、もしかしてここにうちの弟いるの、パッケージを目にしちゃったせいだったりする?
それだったら私の責任かな? 申し訳ない……と思いはじめたのに——。
「どうせなら、オレ好みのRPGとかそっちの異世界が良かった‼︎」
「!!???そっちなの!!????」
我が弟君ときましたら心底悔しそうな顔で、拳をボスンッとベッドに叩きつけております。
おぉーいそこかよ‼︎
転生は良いのかい‼︎ 私の涙を返してよ‼︎
あとそれには姉、賛同できません‼︎
「考えなさいよせつ、それは危なくない? だってせつの好きな世界って、大抵銃撃飛び交う世界じゃん‼︎」
「いや剣の場合もあるし!」
「うん、そこじゃないねぇ!!!!」
申し訳ない気持ちもどこへやら。気付けば私は、ただ必死に訴えかけていた。
こやつのやっておったゲームは知ってますけど!
壁越しにボイスチャットの声がしてたからね‼︎
友達と遊ぶリア充め!!!!
「大丈夫。転生者はチート持ちだって相場が決まってる。それがセオリーだから」
「そんなのわかんないでしょ……」
「ラノベ読んでたオレに死角はない」
なぜか自信満々にうなずく彼へ、白い目を向けた。
何を言ってるんだこの弟は。
もっと危機感とか無いのだろうか。
ていうか、チートとか夢見すぎだ。
だから「でも私たち、今何も能力ないじゃん」と言ってあげた。恨めしげな目を向けられた。解せぬ。「いやでも隠された能力が」とか「無能認定から別のチートとかあるし」とか、ひとしきりあーだこーだ言って、飽きたのか、急に真面目な様子で言われた。
「で? どういう世界なのここは」
その問いはオタク心に火をつける着火剤だ。
よくぞ聞いてくれましたっ!
てかやっとだよ!
やっと本題に入れるよ‼︎
そこで私は語りだした——乙女ゲーム『王立学園プリンセス〜麗しの花園〜』と、その素晴らしさについて。
だって転生してしまったなら、なんとかして楽しむしかないじゃない?
しちゃったもんは仕方ないじゃない?
……たとえそれが悪役側だったとしても、弟と一緒でも。
そう、人はこれをヤケと言います!!!!