56話 一方的
「ちょっと聞き間違えかもしれないので、もう1度言ってもらってもいいですか?」
念のため。
変なヘイトを向けないように。
私は人差し指を顔の横で指して、ワンモアプリーズのジェスチャーをする。
「ふん? 耳が悪いのね? いいわ。私は優しいから、もう1度言ってあげる。あなたをこの世界に連れて来てあげたのはあたしよ!」
どうよ? という顔で。すっっごいドヤ顔で、そう宣いやがりました。ふん反り返りそうです。
私の顔は、能面状態だけどね?
「それ、一億歩譲って私はまぁいいです。理由は話してもらいますけど。弟いります?」
「いないとダメに決まってるじゃない! そうじゃないと、結局同じになるもの!」
だから何がだ。
キーキー怒る女神に、私も怒りで短絡的になっている自覚はある。
ダメだこのままじゃ話が平行線だ……落ち着け、怒るな私、さっきの冷静さを取り戻せ、まずは話を聞かないことには。
「お願いを聞く前に、ここに来た、この世界に連れて来られた理由がわからないと、協力出来かねます」
「え! 困るのよ! やってもらわないと!」
頑張って抑えてるのに、相も変わらずきゃんきゃん鳴く女神様。
女神じゃなかったらさー。
一発お見舞いしてるのになぁ。
あんな大きいんじゃ意味ないもんなぁ。
私は優しい人間じゃない。
狡猾で汚い人間なのでーー目には目を、歯には歯を、嫌がらせには嫌がらせをされても自業自得だろう、と思うタイプだ。
ねぇ。同じ事することの、何が悪いの?
それが分からないから、私ってダメなんだろうけどさ? いつだって、損をするのは我慢する方だと思うんだけどね。
そりゃよっぽどじゃなきゃ、抑えるよ?
面倒臭いから。
そう、面倒だからだよ。
優しさとかじゃないの。
怒るのって疲れるんだよ。
でもさ、これはよっぽどの事だと私は思うんだけど……どうかな?
私は優しさって、相手になる想像力と人への関心だと思ってる。
想像力のない人間はよくいる。
ていうか、これが普通。
だってさ? ある程度経験しないと、人間って分からないのが殆どなんだよ。分からないから出来ないのだ。
自分が痛い目を実際にみないと。
その痛さは分からない。
その上で。よくあるようなーー自分だったら、の考えじゃダメだ。
相手になりきって考えないといけない。
何故なら人によって、感じ取り方は違うから。
相手なら、何を考えるか、どう行動するか。
そのためには、相手をよく知らなくてはならない。
だからこそ、人への関心が必要なのだ。
ちなみに私はこれが欠けてるタイプだと思う。
知ってる人以外は、流せてしまう。
知っている人も相当仲良くないと意味がない。
もともと、深く知ろうと思ってないんだろうなと思う。経験上ね。
想像力はあるけど関心はない、そんな人間の末路がーー『雪女』ってわけだ。まぁ由来はそれだけじゃないんだけど。
でも私からしたら、その言葉をかけてる時点で、私と同等じゃん? とか思ってしまうだが。
そんな彼女たちは、前者のタイプですねー。
女神はどっちもないな。
まぁ神様だから感覚が違うのかもね。
ちなみにどっちも持ってるのは、フィーちゃんだ。
本当にすごいんだよ?
ほんと主人公なんだよ⁉︎
という訳で、長くなったけど。
「そもそも私はここに来るのを望んでない。その上、弟まで人質に取られたようなものですよね」
声に温度があるのなら、凍りそうなほど冷たい声が出た。
「だからお願いに付き合う意味はないし、嫌がらせにその望みを壊す方向で動いてもいいんですけど」
「えっ困るわ……は、話せばやってくれるの……?」
冷たくあしらえば、困惑したかのように上目遣いで聞いてくる。……ちょっと可愛いけど、ここはノーカウントだ。
「話すのは義務であって、やるかどうかは義務じゃないです。弟に手を出すっていうなら、やらざるをえないですが」
「そ、そういう人質のつもりじゃないのにー!」
私の態度に焦り出す女神。
あれ、人質ではないのか。
それは思い違いをしたかな。
少しだけ落ち着く。まぁ謝んないけど。
「……弟だけでも帰すことはできないんですか?」
ちょっと可哀想になったので、少しだけ丁寧に聞いてみる。
あっちには親だっている。
弟だって、未来があった。
だから、帰すことが出来るならーー。
「は…あははははははっ‼︎」
突然、狂ったのか女神が笑い始める。
「……なんですか」
「あんた、バカじゃないの?」
無表情に尋ねれば、すごく顔を歪めて言われました。
やっぱ失礼な女神だな。
「帰れる訳ないじゃないの! いつまで現実から目を背けているの? あなたたちはもう、生まれ変わっているーークリスティア・シンビジウムとセス・シンビジウムなのよ⁉︎」
「それは分かってるんですが」
そんなの、嫌と言うほど感じてきたけど。
イラつく私に、女神は嘲るかのように続ける。
「分かってないわ! あなたずーっと弟の家族のこと、わざわざセスのって言ってるわよね! クリスティアと自分も、別のものだと考えてる!」
思考を読むような発言に、どきりとする。
「そんな訳ないでしょう⁉︎ それは紛れもなくあなた自身よ!」
ちょっと待ってほしい。どういうことだ?
「……私の認識では、この世界はゲームの世界なんですけれど」
「そうね。それは間違ってもいないけど、正解じゃないわ」
あん? ちょっとバカな私じゃ分からないですね。
「では正解をどうぞ」
「あら、素直ね! ずっとそうやっていればいいのに。あれはあなたの世界ーーいえ、あなたの前世の世界の人が、たまたまこの世界を覗いてしまっただけよ!」
半眼で掌を上に向けてどうぞのポーズをすると、女神はノリノリで教えてくれた。
これが素直だと思うとは、なかなかの……おっと。口が滑りそうに。
「はぁ……ツッコミどころ満載ですけど、それまず時間軸合わなくないですか?」
「あなた時間なんて些細なものを気にしてるの? これだからダメね。何のために時空間の神がいると思ってるのよ」
手を横に広げて首を振られるので、腹が立つ。
何のためにと言われても、神にそもそも存在理由ってあるんですかね。この世界の神は、人間いなくても成り立つでしょ。
そんなひとりふたりの辻褄合わせのために、仕事とかするとは思えないのだけど。
あと私の世界にそんなヘンテコ神、いないし分からんのですけど。
「じゃあよく分かんないですけど、そのカミサマが辻褄合わせてくれたとして、なんで乙女ゲームになってたんですか?」
「そりゃ、夢見をしたからよ」
呆れて目を瞑っていうが、あっけらかんと告げられた。
なにそれ?
女神はいい加減、私に辞書を渡すべきだと思うよ。
お互いのために。
「……夢見とは?」
「あなたが使ってる、予知と本質は同じよ。寝ている間に、この世界の予知をしたの」
不審顔で聞けば、真面目に答えてくれる。
あぁ、なんかアルバート王子が話してた、下手したら目が覚めなくなるやつか。でも。
「うちの世界に魔力とかないんですけど?」
「あるわよ」
何ですと? また聞き間違いか?
「でもそもそも、精霊がほぼ全くと言っていいほどいないわ。だから相性云々の前に、まず出会えないんでしょう」
「……なるほど?」
「それに無いものとして生きているから、使おうとも思わないし……夢見はそれらの偶然が重なった結果ね。使ったのが闇の魔力だったから、無意識でも使えたの」
あーまぁ思うだけでいいもんね。
いや、でも。
「そもそもなんで異世界の夢見を?」
「それは、闇の魔力の本質だからーーあぁ、あなたは知らないんだったわね」
顔を顰めて疑問を口にすれば、にやり、と形の良い唇が三日月型に弧を描く。赤い月って、よくない予兆の象徴だよねー……。
それは悪役令嬢を譲りたいくらいのいい笑みだ。
顔はいいから、様になってるのがまた鼻につく。
まぁいささか綺麗すぎて、人外じみてるけど。
そんな現実逃避を繰り広げても、目の前の女神には届かない。
「教えてあげるわ。闇の魔力とはなにかを」
話も怒りも転生も一方通行。