55話 私の心は荒れ模様 (挿絵)
目を開けると、そこは青い空間だった。
いや、それは正しくない。
正確に描写するならばそうーー海の中、だ。
ただし、息は吸えるらしい。
なんだろう。例えるなら、ガラスで作った箱を海に沈めた感じだろうか? もしくは海のプロジェクションマッピングでも見ている気分。
床が確かにある。
でも、どう見ても水の中なのだ。
触れる、固い水。何を言っているか分からないと思うけど、私も何を言っているか分からない。
それが逆に冷静さを生み出していた。
なんでここにいるんだろ?
自分が泣いてた事は覚えてるんだけどーー。
「起きたのならば、起き上がりなさいよ。いつまで寝っ転がってるわけ? いいご身分ですこと」
聞こえた声は、キンと耳に突き刺さる。
起き抜けに罵倒されました。
すごい。悪役令嬢になれそう。
じゃない。
誰だ今の。女の人?
うつ伏せで寝ていたようなので、反るようにして匍匐前進の姿勢になると……そこには。
「あんたなんでそんなに落ち着いてるの? おかしいんじゃないの?」
目に入るのは美しい髪。
緩くウェーブしたその絹のように細く透ける長い髪は、まるで光に照らされた泡のよう。水中を揺蕩うかのように、無造作に空間を漂っている。
そして真珠のように白く輝く肌……零れそうなほどの女性の象徴が、貝殻で隠されているとてもセクシーな出立ち。
こんな格好してたら目がいくの仕方ないよ?
実は1番最初に見えて目を背けていた、玉座から投げ出された脚はーーキラキラとそれ自体が宝石かのような、光の角度によって色の変わる鱗に覆われている。
現実を直視したくなさに下を向けば、薄く編まれた、優美な羽衣のごときヒレがついている。
……圧倒されすぎて、ガン見していた。
ちょっと現実味が、あまりにもなさすぎたもので。
やっと正気に戻り、ああー、と思って葛藤しながらも。仕方なしに視線を上げて顔をぼんやり見る。髪の隙間から、鋭い耳が突き出している。
うん、知ってたけど人間じゃない。
諦めてその焦点を合わせれば、長く美しいまつ毛が縁取るーー澄み渡る水をそのまま宝石にしたような、アクアマリンの瞳と目があった。
「ていうか起きなさいよ!」
珊瑚のように赤い唇から、似つかわしくない言葉が吐き出される。
補足事項。
あのね、めっちゃでかい。全体が。
どのくらいかっていうと、うーん、ビルの3階か4階くらいかな。だから全てのサイズがでかい。
いや。こんな寝起きドッキリいらないんですけど。
「あんた! あたしが誰だかわかってんの⁉︎」
女神の威厳台無しのセリフで、そう聞かれたので答える。
「生命と水の神、セイレーヌ・フィン・クトゥルシア・シブニーギシュトーー創造神マウティスの妻にして、この国の守護神、ですかね?」
という訳でこちらにおわすのは、かの有名な……。
というか、さっきまでアルと話に出してた神の1柱ですね……。石像より美人? 美神? なんだけど何故かなぁ、石像のほうが敬いたくなる……って。
「そういえばアルは⁉︎」
ガバッと勢いよく起き上がる。
「あたしよりあの子にまず反応⁉︎ あたしへの反応は⁉︎」
「したじゃないですか! 名前答えたじゃないですか!」
「それは返事をしただけで反応じゃないじゃない!」
キーキー怒られた。ワガママな女神様だ。
なんかよく分かんないところで会った女神様より、心配させてるかも知れないちびっ子の方が、どう考えても優先度高いだろう!
子供は何よりも優先度高いんだぞ!
「返事も反応ですし、それより子供が大事です!」
「な、なによぅ! あたしの話も聞いてくれてもいいじゃない!」
私がキッと睨んで言うと、ちょっと狼狽してまた怒り出した。涙目じゃない?
まったく。勝手に人を連れてきたのに、何を言い出すのか。せめてもっと段階踏むとかすれば、私とてこんな対応ではないんだけど。
若干可哀想になったので、反応を返してあげる。
「……それ終わったら帰れます?」
子供より優先度は低いが、女性も泣かせるものではない。
そう私の中のジェントルマンが言っているので、半泣きで喚いている女神に声をかける。でも訝しげな顔やつっけんどんな声になるのは、許して欲しい。
「どうかしらね⁉︎」
「……。」
「だから反応! 私が返そうとしないと、あなた帰れないのよ⁉︎」
そりゃそんな、もったいぶられて笑って返せる精神は普通ないだろう。白けた目にもなる。
しかしそれがお気に召さない彼女。手をぶんぶん縦に振った後に、ビッとこちらを指差してくる。まぁ、指されたことは、神だし注意しない。
だけど。
その、命握ってるのよ感は気に食わない。
「アルが大丈夫ならいいんですけど。教えてくれる気と帰す気ないならふて寝します」
「どんだけ寝るのよ⁉︎ あぁもう! あの子は大丈夫に決まってるでしょう! あなたしか呼んでないんだから!」
私の太々しい態度に、半泣き女神は答えたくれた?
大丈夫なら、とりあえずはいいか。
心配かけてるかもしれないけど、もう今更だ。あ。
「弟も大丈夫ですか?」
「あたしの話聞いてたっ⁉︎ あんたを呼んだだけなんだから、他は変わんないわよっ!」
私が無の状態で聞いているのに、彼女はヒステリックに返す。
うるさい女神。
もっと理性的に話せないのか。
まるで自分の思い通りにいかないから、わめき散らす子供のようだ。
「聞いてました聞いてました。念の為ですよ。別に女神様が信用できないからとかじゃないですって」
「そこまで聞いてないんですけど⁉︎」
「言ってないですからね」
「む、ムカつくー‼︎」
しれっと返せば、ムキー‼︎ と怒り出す女神だが知ったこっちゃない。私の中の紳士がいなければ、こんな礼儀も何もないのに、まず構いやしない。
「あ、あんた本当に分かってんの⁉︎ 私女神なのよ⁉︎ 生命の神なのよ⁉︎ 私が消そうと思えば、あんたを消せるんだけど‼︎」
「それならもう消してますね。連れてくる意味がないです」
そう、この女神は私に何かを頼みたいんだと思う。
だからここに連れて来たし、話を聞けと言うのだろう。それが分かっているから、こんなテキトーに扱っているのだ。
私はゲームキャラみたいに優しくない。
優しくて何でも聞いてくれる、天使みたいな人間じゃない。
人の裏を、考えを、隠しておきたいだろう思いを、暴いて見透かすようなーーそんな人間なのだ。
そしてそれを鏡にして返してしまう。
だから嫌がられる。
それが私の本質だ。
酷い時は友達に『雪女』と言われた。
人の痛いところを、クリティカルヒットしていくらしい。だからクリスティアになる前は、極力黙って、人と関わらないようにしてた。
もし優しいとか勘違いする人がいるなら。
それはその人が優しいのであって、私が優しいわけではないのだ。
「むー……せっかくあたしがこの世界に呼んであげたのに……」
「はい?」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえたんですが?




