53話 フィンセント王国と神話
「そういえば、ティアは風の魔力を持っていないのでしたね」
やっと少し落ち着いたアルが、話しかけてくる。
仕方がないので返事を返す。
「せっかくほんとに嬉しかったのに」
「え?」
「いえなんでも。そうですね、私にはないらしいです。何度も話しかけてくれてたみたいなのに、分からなくてすみません」
ちょっとつーんとした態度にはなったけど、一応元はと言えば私が悪いのだしと謝った。
……ん? 待てよ。
王子引っ張り出したのって。
もしかしなくても、私でしたね……?
王族を1人で迎えに来させる非常識は、普通いないけど……ここにいるんだよなぁ。
「本当にすみませんでした……ご足労頂き感謝いたします。探されるのも大変でしたでしょうに……」
今度は本当に反省して言った。
深く深く反省します。
穴があったら埋まりたいです。
「いえ。まぁどこにいるかも、無事なのも分かってはいたので」
「へ? 何故?」
「自分の魔力のかかったものは、このくらいの距離でしたら位置が分かります」
疑問に思い聞くと、微笑んでそう返される。
魔力のかかった物?
何かあったっけ……?
あぁ! この髪飾り!
そういえばブレスレットで魔法かけたって、さっき言ってましたね!
「あれ? でもそれって、無事かどうかも分かるんですか?」
そんな監視カメラみたいな?
ないよね? さすがに……。
そうだったら困るよ?
そんな思いからの言葉に、彼は困ったようにはにかんで言う。
「風魔法の索敵を組みあわせて……一応、精霊にも聞きましたし」
え、風魔法便利!
何でもなさそうに言いましたけど!
なんでそんな普通な感じなんですかね⁉︎
そしてなんで私使えないの⁉︎ それにですよ⁉︎
「精霊と話ができるんですか……?」
「力の強いものであれば……王族なら大抵できますね」
私の驚きに、平然と答える。
それが普通なんですか……王族すごいな。
あ、もしかして。
ちょっと前の記憶が蘇り、興味本位で尋ねる。
「あの、人に風の魔力で話しかけている時って、対象外の人は聞けるものなんですか?」
「聞こえないはずですが……精霊が声を魔力にのせて届けているので。精霊が見える人なら、なんとなくわかる、かもしれないですね。内容はわからないはずですが」
地獄耳の人が、電話の会話聞こえちゃうようなもんかな。つまりフィーちゃんがそれなのか。
さすが主人公。
『学プリ』で精霊と話す場面あったからね。
そうかなと思ったんだよ。
ほへーっと納得方の私に、彼は少し目を細める。
「なるほど。だから使えないのに、話しかけられていた事が分かったんですか。さっきまで一緒にいた人の事ですよね?」
「あ」
その確かめるような視線に、思わず口を押さえる。
やばいですか⁉︎
私切り抜けられる自信ないんですけど!
今フィーちゃんに興味持たれるのはまずいー!
「……大丈夫ですよ、そんなに身構えずとも。精霊たちが、その方のことを好きだと言っていました。精霊に好かれるものは、純粋で美しい心の持ち主ですから」
ガチガチに固まってたら思いの外、優しく返された。
そうなのか……さすが主人公。
いやでもそれ、私は綺麗じゃないってことかな?
知ってたー。闇使いだもんねー。
でももう一度、確認したい。
「一応聞きますが、風の魔力って突然目覚めたりとかしないんでしょうか……?」
「……あまり聞いたことはありませんね」
そして少し言いづらそうに、続ける。
「最も一般的ですから、そもそもほとんどの者が持っているんです。風の魔力持ちが声をとばして確かめれば、すぐにわかるので通常それで判断します」
淡い期待がにじませたが、儚く砕け散った。多分顔に出てる。
つまり無理なんですね。
丁寧な気遣う返答、ありがとうございます。
ええ……悲しい……。要は私って、スマホ持ってないから連絡とれない、みたいな感じですよね……。ガラパゴス以前の問題……。
「どうして使えないの……」
ズーン……私の心は涙色です。
そんな私を慰めるように、王子は声をかけてくれる。
「魔力は……精霊との相性によるので。風の精霊とあわなかったんでしょうね」
「相性……?」
「自分の中にある力を、精霊が変換してくれて初めて魔法になるんです。わかりやすく言うなら、好かれた精霊の魔法が使えるってことですね」
おう。じゃあ私は風の精霊に嫌われてんのかい。
眉を顰めながらも、疑問を口にする。
「アルが飛んでたのはあれ風魔法なの……?」
「そうです。王家は特に相性がよいので。精霊王を例に、風の精霊が1番最初に生まれたから数がおおいんです。だから相対的に、好かれる人が増えるんです」
優しく教えてくれるが、私はやさぐれる一方だ。
数多いのね?
なのに1人も好きになってくれないの?
……私は悲しいよ。
しかももしかして、と思い聞いてみる。
「えっみんな空飛べるんですか?」
だとしたら最強だよ?
もう移動手段飛行でいいよね?
そして私は地団駄を踏むけど?
しかし彼は首を横に振る。
「あれは魔力が強くないとダメですね。私もマントの補助があってできていただけなので。普段ならあんなに長く早く走ったり、飛んだりはできないです」
あんなにって言ったぞ!
私は聞いたぞ!
つまりちょっとならできるわけね、すごいな!
目を剥いていたら、クスリと笑われる。
「王族は特例ですよ……その祖先は神の子という言い伝えがあるので」
お、なんか神聖な感じね。
彼はどこか遠い目で、そのまま話す。
「その考えにのっとるなら、風の精霊からすると親族みたいなものなんです。だから懇意にしてくれるんですよ。この神話、知っていますか?」
「知らないです……教えて頂く事はできますか?」
ぶっちゃけ神の名前と司る属性しか知らない。
一般常識くらいはあるものの。神話とか難しそうで、クリスティアは読んでなかったみたい。
私が眉を下げてそう言うと。
彼は立ち上がり移動し……像の元へと向かった。最初にちょっと目に入って、存在忘れてたやつだ。
「まず、この像が何かはご存知ですか?」
「水と生命の女神セイレーヌ……」
その像は水の神の形ーー前世で言うなら、人魚の形をしていた。
「そうですね。創生神マウティスの妻であり、全ての命の母と言われています。何故ここにこの像があるのか、神話を読み解くと分かります」
そして、アルの神話の話が始まる。
ーー遠い昔、マウティスという神がいました。
その神はなんでも作りだすことができ、何不自由なく地上に住んでおりました。
ある日綺麗な歌声が海から響いてきました。
それが水の神セイレーヌでした。
その声に惚れ込んだマウティスは、彼女にギフトを渡し結婚を申込みました。
2柱は夫婦神となりました。
歓びに共鳴するように。
海は荒れ、火山は噴火しました。
光と雷の神アミトゥラーシャと、時空間の神クロノシアも、2柱を祝福しました。
空からはアミトゥラーシャの祝福の光が注ぎます。
クロノシアも、2柱のための空間を送りました。
夫婦神の間には目出度くも子供が生まれました。
皆へ感謝の気持ちを届けるために。
その子に他の神へ伝えるように命じました。
これこそが精霊王シルフィスです。
しかしこの夫婦神は、いつまで経っても仕事をせずに離れません。彼女はその愛に溺れていて、マウティスをひと時も離さないのです。
そのため放置された海は荒れ。
火山は噴火を止めないまま。
世界は荒んでいきます。
困った他の神々は、彼女に注意をしました。
しかし彼女は、耳を貸しませんでした。
さらに彼女はーーマウティスから貰ったギフトを使い、自由に振る舞い始めます。
それについに怒ったアミトゥラーシャが、鉄槌の雷を落としました。
それにより、力の弱い子が生まれました。
それが人間でした。
反省した彼女は、その子を見守り、国を作ってあげました。それがフィンセント王国になったのですーー
「という言い伝えですね」
長かった神話を終え、アルが一息つく。
それを聞いて、私が思ったのは。
「迷惑な……」
おっと本音が。慌てて手で押さえる。
いや、神だからこんなものなんだろうけど。
規模が大きいんだよね。
そんなどっかんどっかん、海やら火山やら雷やらと荒らされたら。人間は堪ったもんじゃない。まぁ人間生まれる前らしいけどさ。
どこか不満げな私に、彼は微笑む。
「それだけ力がある神だという事ですよ。その女神が、この国を守ってくれているなら安心でしょう?」
う、うーむ、安心していいのかね?
まぁ一国に対して、破格のサービスだとは思うけど。
「だから今日は、その神の下に魂を返す日です……あぁ、始まりましたよ」
そう言って、彼が指差す先にはーー黒い海。
底の見えないその場所が裂けて。
光が溢れ出す。
「魂が帰るーー海送りが」
今、海の門が開く。




