527話 確実なこと
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「はぁ! 死ぬかと思った! 謁見苦手すぎる……!」
貴族は形式が大事です。
たとえ私が不得意であろうとも。
それも上位になればなおさらね。
というわけで泊めてもらったお礼&お騒がせした謝罪を述べるために国王皇后両陛下に謁見してきたわけだけど。……思いのほか長かった!
ま~私、誘拐されちゃってるから!
それを両陛下はあとから知ったから!
当然質問攻めにされてしまって!
心配したのかアルがついてきてくれてたからよかったんだけど、警備の強化とか滞在の延長の話とかでて困ったよね!
もちろんお断りしました!
それにこの件は内々な話なので。
そこを逆手に取りましたね!
いやほんと、申し訳なさすぎるし。
リリちゃんのこともあるから、みんな気が立っている。なのに第一犯人の顔や容姿について、私は言えなかった。だって言えるわけがない――。
とりあえずストレスによる記憶混濁ってことで流しました! はぁ~変な汗かいた~‼
「それほど身構えなくても問題ないのですけれどね……ティアはもう気に入られていますから」
緊張の急激な緩和によってふらつく私の手を取って、アルは優しくそう言ってくれる。
しかし私は一言申したい。
「ありがとう。でもそれはあくまで今までの私の表の顔を見ての評価だからね? 期待裏切れないでしょ」
「昔は国王にハグまでしに行っていたではないですか」
「あれはね、見た目が子どもだからできたの。わかる? 子どもはね、何しても許されるからいいの」
「そんなことはないと思いますが……」
いーや、あるね。
この王子わかってないぞ!
子どもの愛らしさは武器よ!
そして私はそれを利用して、今までこの地位を築いてきたんです!
そう、アルも騙されてるのよっ!
私は意外と狡猾な人間なのっ!
そう思われないよう善処してるのっ‼
でも……そのチートがもう使えないものだから、結構大変なんだよね。あぁ可愛げが欲しかったなぁ。
「そりゃ、アルとかリリちゃんくらいの美貌があれば別ですけどね……」
隣の発光せんとばかりのきらきらビューティーフェイスに当てられながら、悪態をつく。
あるわけないですよ。
私は悪役顔なので。
しかも、中身が私だし。
子どもらしく振舞うとか、見た目が伴わないとキツい……痛くなってしまうからね! 演技でもできないよ!
しかしアルは何でもないように口にした。
「たとえ百合の花が美しくとも、蘭の可憐さとは別でしょう」
言葉の咀嚼に数秒かかった。
……はー???
そういうこと言っちゃうんだ?
そんなサラッと⁉ もーやだっ!
恥ずかしい! 私の方が恥ずかしくなっちゃった! もう、もう‼ でもでもだまされないもんっ‼
そのいかにも自分の顔の良さを自覚していそうな微笑がいけすかない。反抗すべく、むむむーっと構えて顔を作る。
「……どうもあなたの視界は美しいものであふれているようね」
「ふふ、そうですね? 今はその可愛らしい蘭の花に、他の蝶が蜜を吸いに来ないか心配している所です」
爪先がすっと下唇をかすめた。
は、恥ずかしい!!!!
口とがってる指摘そんな風にするっ⁉
子どもっぽかったのかと気づき、恥ずかしいやら何やらで顔から火が出そう。思わずほっぺを両手で覆った。
「もーやめてっ! 私が泣いちゃうからいじめないでよ……今のが子どもっぽかったのは謝るから……」
「……。」
瞬間の沈黙。
表情の読めない真顔。
まるで時間が止まったよう。
それを見て、さっと血の気が引く。目が覚めるような気持ち……なんか間違えちゃった?
「な、なに? なんか言ってほしいんだけど……私、なにか悪いことしちゃった……?」
「……いえ。本当に泣かせようか迷っただけです」
「やめて??? いや、そんなに私が悪かったなら謝るけどその反応はちがうよね⁉」
にこっと、まるでからくり人形のように変わった表情に安堵と怒りを覚える。
ただのドSじゃないか!!!!
まったくもう! 心配して損した!
ほんとに怖かったのにっ‼
くすくすと笑う白百合の王子サマは、絶対強者の余裕なのか。私にまるで、愛しい赤ちゃんでも見るかのような視線を向ける。
「すみません。可愛らしかったので。ほら、耳まで真っ赤で」
「触らないの! 気づかないの! 見逃してよそういうのは! も~いじめっこ‼」
「そういう反応がいけないんですよ?」
「じゃあどうしたらいいのよっ⁉ こんなに怒ってるのにっ‼」
ぱしっと手を払ってにらんでも、王子は楽し気なご様子です。鬼! 悪魔! 魔王‼ このままだと本当に泣いちゃうぞ!
そうやって困り果てていたところ。
「リスティちゃん!」
闇を割く救世主の声がした——これは!
「フィーちゃん! おはようそしてありがとう‼」
「えっわぁ! ……だ、大丈夫?」
ふり向いた勢いのまま駆け出して、いきなり抱きついた。
はぁ私の癒し!
ナイスタイミングすぎる!
恥ずか死ぬ前に来てくれてありがとう‼
っていうかめっちゃいい匂いする⁉︎ すごい、清廉であたたかな太陽のような。美少女にしか許されないかほり……柔軟剤何使ってますか⁉︎
「……殿下、失礼いたしました。ですが、私のお友達をあまりいじめないでください。本当に困っていましたよ」
正義感の強いフィーちゃんは、なんとアルに注意までしてくれた!
えっ! 優しすぎる‼︎
しかも私の背中もぽんぽんしてくれる!
これが真の聖女様の包容力……!
だけど正式な聖女様とはいえ、身分が上の人に意見するなんて普通だったら問題になりかねない。
こういうところが良いところで、フィーちゃんの主人公力でもあって。だからこそ、『学プリ』は成り立つ物語ではあったけど。
まっすぐさは危うさでもある――とりあえずカバーしようとアルの方を振り向くと。
「おや。それは気付かず失礼いたしました。ティアは私のことを嫌いになってしまったんでしょうか……?」
さらに上手がいた。
なんなんだこの策士は。
申し訳なさそうな顔まで作って。
絶対ウソ。ウソしかない。だって絶対わかっててやってたし、なのにそんな儚げしょんぼり顔してくるの? 正気ですか?
そんなの……そんなの……!
「好きに決まってるじゃん……!」
オタク心と乙女心が混ざり、拳を握りしめて噛み締めるように口から漏れた。卑怯すぎる……!
「あぁよかったです。では今夜お詫びをさせてください」
「う……うん? 今夜?」
そこではっと気づく――これは罠だ!
「いやダメだよ帰るから! もう登校日明日だよ!」
「それは城からでも通えますよ?」
「通わないよ⁉︎ ていうかさっき断ったでしょ! 私で対処ムリだったらみんなムリだし、もうしばらくは来ないから大丈夫だってば‼︎」
「ですが……」
「フィーちゃん! 私は嘘ついてる⁉︎」
抱きついていたフィーちゃんから身を離して、ガシッと肩を捕まえる。私の鬼気迫る様子に気圧されたように、小さく返事した。
「……ついてない、です」
「ほらぁ! 聞いたでしょ⁉︎ 私は帰ります!」
「ですが……」
「大丈夫だってば! どうせ始まったらみんなで寮なんだから! よし帰ろうフィーちゃんも‼︎」
「え、あっ」
アルの静止を無視して、フィーちゃんを引っ張って廊下を歩き出す。……歩き出してからちょっと不安になる。
「ねぇ……フィーちゃん何か用事あった?」
「え?」
「いや。何か用事があったからあそこであったのかな……と思って」
「……ふふ。私はリスティちゃんに会いに行っただけだよ」
そういってふわりと笑ってくれる。天使だな? とりあえず家に連れ帰って夕飯ご馳走しようか。弟も多分喜ぶし。
そう思ったついでに、くるりと後ろを向いて声をかける。
「アル、また明日ね! あなたの明日に私はいたから、大丈夫だから‼︎」
さっきの未来視で見えた。
変な心配より私の力の方が確実だ。
それは、アルもわかっていること。
それを聞いて諦めたのか安心したのか、あえて追いかけてこなかった彼は。ただ仕方なさそうな顔をして、私たちに手を振ってくれた。




