522話 欠落
部屋に来たアルは神妙な面持ちというか。なんか……うまく言えないけど、やっぱり大丈夫じゃないよなと直感的にそう思った。
疲れてる?
ううん、そういうんじゃないかな。
見てるだけじゃ、理解に限界があるかも。
だから私が「アルと2人にしてほしい」とシーナたちに頼むと、すごくびっくりされた。
「お嬢様、さすがにそれは……」
「うんでも、誰かいると話にならないから」
「ですが……使用人は空気のようなものなので、一言他言無用だとご下命くだされば問題ないのですよ」
「もちろんそういう人はいるけど。私はそういうふうに扱ったことはないし、そうするつもりもないから」
いつも散々2人きりみたいにされるのに、こういう時だけみんな心配するよね。まぁ、ルールなのは私もわかってる……わかってるのと守るかは別!
それでも周りはチラチラと見て心配する。
しかたがないので「何かあればクロがいるし、叫ぶし、預言上問題ないから」と説得して無理やり外に追い出した。本当は未来なんかみてないけどね。
そもそもみんな忘れてそうだけど。
いざとなったら私の方が強いんだよ?
アルが襲撃される確率の方が高いでしょ!
まぁ話がややこしくなるのでそうは言わないけどね……。そんなこんなでメイドさんたちの壁が消えると、アルがベッドの近くに寄ってきた。
自分がベッドにいる事を思い出したので、ソファの方に移動しようとすると止められた。むむむ……。
「すみません。眠ろうとしていましたか?」
「ううん。アルと話そうと思って睡魔と闘ってたところだったから、ちょうど来てくれてよかったよ」
「やはり邪魔をしてしまったようですね……」
そう言いながらも私の手を見つめて両手で握りしめはじめた。なんだろうと思いながら無抵抗でいたら、表情が少しだけ緩んだ気がした。
だけど、その後無言。
静寂、沈黙、清閑。
……えっと、時間停止してる?
この部屋、時計もないらしく秒針の音さえしなくて無音に耐えられない。無言こわいよ〜‼︎
ということは私から話しかけるしかないんだけど、さてなんて切り出そうか……いいや! もう考えない‼︎
「あのね、ヴィンスによく話し合うように言われたの」
「……あいつに?」
「あいつって……あなたの親友でしょう?」
その顔がいかにも不審なものを見た時のそれすぎて、ヴィンスが不憫になった。あんなに頑張って不得意なアドバイスくれたのに。
でもあぁいうのって、本人にな見せないんだろうなぁ。絶対今みたいな反応された上で、からかわれるのわかってるだろうし。
プライド高い人たちってめんど……大変だなぁと思いつつ。
「それだけ心配してくれてるってことでしょ。私も、今のアルはちょっと変かなって思ってたから——私には、言いにくいかな?」
なるべく優しく声にして、ちょっと覗きこむように頭を傾けると、一瞬だけ目が合ってそらされた。ぬぅ……難しいわね王子様の扱いは。
だけど少しだけ待ってみたら、ちいさく口を開く。
「……ティアの姿を見た時に、失敗したと思ったんです」
「ん? 私?」
「きっと怒るだろうと思っていたんです」
そっと目を伏せる様子は、怯える子どものように見えた。
おこ……? 怒らないけどね?
アルに対してってことでしょ?
そんな怖い人間に見えてたってこと?
「えっと、怒らないよ? 大丈夫、私もう大人だし。そんな理不尽に八つ当たりしないって誓えるよ……?」
「知っています。知っているはずでした。君はそういう人ですよね。感情が豊かなようで、きちんと理由があればそれを尊重できる」
「お褒めいただきありがとうございます?」
多分違うなと思いながらお礼を言うも、やっぱりアルの表情は晴れない。やっぱり褒められてはないみたいですね! 大失敗!
しかし脳内1人反省会が開催されそうになったところで、絞り出された言葉が耳に届いた。
「……叱られて楽になりたかったのは、私の方なのでしょう」
「楽に……?」
「ティアを探しに行くことを、考えなかったわけではありません。ですが、私は公務を取りました」
思わず目をぱちくりしてしまう。
それはとても当然だと思います!
公務、ちょーーーー大事ですよっ⁉︎
国のあれこれに関わっちゃうもんね⁉︎
いや国と比べて私を取れなんて口が裂けても言えないし! 規模違うし! しかもうん百年に一度あるかの聖女様のお祝いの最中よ⁉︎
と。いうのが私の感想ですけど!
絶対違いますねこれを口に出すの!
そんなのアルが一番わかってるもんね‼︎
というわけで、言いたいのを堪えて黙ったまま話の続きを待つことにした。
「けれど……君があまりにもなんでもなさそうな顔をしていたから、油断していました」
「え? そのあと何か私しましたっけ?」
「……手錠をされたままだったでしょう?」
一瞬合った目は、すぐ下へ逃げてしまった。言われて思い出した。まぁ、たしかにしたままでしたけど……それでそんなに落ち込むのはちょっとわからない。
「? でも私、元気だったからあそこにいたんだし……大丈夫だよ?」
心配しすぎだ。いや私の配慮が足りなかった?
まさかそんなに傷ついちゃうなんて。
やっぱり幻惑しておくべきだったかな。
だけどそれだと、外すのをフィーちゃんには頼めなくなるし。物理的に壊すにしても、私だけでは難しいし両手使えない生活はちょっとキツいし……。
「君はいつでも大丈夫だと言いますが」
「え?」
「大丈夫ではない時は、辛いと口に出していいんですよ」
そう言って、私の手首をさする。
なんかアルの方がつらそうだよ。
それに私は、大丈夫だし……。
……そもそも大丈夫じゃないって、どこまでいけば大丈夫じゃないんだろう。
私にはわからない。まだ我慢できるうちは、1人でなんとかなるうちは、大丈夫、だよね……? 終わりが見えるなら全然、ギリギリまで頑張れるし……。
だけどなぜなのか。
口に出したら怒られそうな気がして。
私はまた口をつぐんでいた。




