521話 頑固
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フィーちゃんはゆすっても起きない眠り姫になってしまったけれど、リリちゃんが「受け取りますの、お姉様もゆっくりなさって」と言ってくれた。
なのでそのまま預けてきてしまった。どうもリリちゃんはそのまま自室に連れて帰る気らしく、それに私はちょっと驚いた。
いや~微笑ましい光景だけどね!
ほんとに仲良しになったんだなって。
女の子の尊い友情、まぶしい……!
フィーちゃんって『学プリ』では設定上、同性の友達ができにくいというか。
あんなにいい子なのに主に悪役令嬢のせいで友達がいなかったからね。そうです。だいたいクリスティアさんのせいですなんかごめん。
それにリリちゃんも、だ。
こういっちゃなんだけど。
結構気難しいタイプというか。
孤高の存在で高嶺の花。凍れる白百合の二つ名はダテじゃないというか……まさか自室に連れて行ってくれるほど心が許せる友達ができるなんて!
お姉ちゃん感動よ!
ゲームでもそんなイベントないもん!
よかったよかった……!
…………そう、ここまではよかったんだけどなぁ。
「は……えぇ? ほんとにここで寝るの……?」
現実逃避に失敗した私は、絶賛現実と向き合わされている。絢爛豪華と四文字にしてしまえば簡単な言葉で済むけど、それでは語りつくせない。
もー見るからに高そうな調度品。
もー見るからに豪華な天井と絨毯。
そして王女様の部屋並みの天蓋ベッド。
通された先はもともと着替えた部屋ではなく、IQ3になりそうなくらいに圧巻のお部屋でした。ここがどこかって、考えたくもないけれど……。
「そうですよ。少し早いですが問題ないでしょう。君はいずれ王太子妃になるのですから」
そうあっけらかんとおっしゃられますけれども。
殿下はご存じであらせられましょうか。
異例の待遇ですよこれ。
あ、知ってる? 知っててなさってる?
つまりどういうことかって——王太子妃用のお部屋に婚約段階で泊まらせられようとしているんですね~!
うん……普通に困るんですけどっ⁉
「ど、どうして……⁉」
「どうして? ティアの安全と立場を加味したら当然の待遇でしょう」
「そんなにアルと同じ部屋断ったのがダメだったのっ⁉」
「いえ。それは想定内ですから。むしろリリーの方が本命だったのですが、君がどうしてもと言うので考慮したのですよ」
「実質2択‼」
思わず頭を抱える。これの何が頭痛いかって、よりによってアルの自室に近い部屋ですっていうか隣室! 特別用のお部屋‼
王族しか入っちゃいけないプライベートゾーンすぎる! いや! リリちゃんの部屋に入ったことあるけど! あるけど‼
婚約破棄する気でいる人が入る場所じゃないんだよな~⁉
さすがにちょっと引いている私は、こっそり彼に聞いてみる。
「アル……私と別れる気ある……?」
「あると思いますか?」
こちらを見つめて平坦な調子の声は、冷気すら感じるよう。
こっっっっわ!!!!
笑わない美人の圧こわっ⁉
あってくれないと困るよ⁉
だけどここで大っぴらに話し合いを続けるわけにもいかない。なぜならシーナとか王宮メイドさんたちもいるから……落ち着かない!
でもケンカしたいわけじゃないしな……。
なぜかアルが怒ってる気がするけど。
んー……原因がわからない!
でも放置してはいけない気がして、頭を悩ませる。はぁ、もう今日はあんまり考え事増やしたくないんだけどな。
「ここならば警備も万全ですし、私もすぐに駆け付けられます。まぁ、君が眠るまでは近くにいるつもりではありますが」
「えっ! アルってばいつ寝る気なの⁉」
この子まさか寝ずの番しようとしてる⁉
このハードスケジュールをこなした後で⁉
いやダメダメ! 体壊しちゃうよ!
あと私もその状況で寝れるわけなくない⁉
しかし聞く気がないのか、「後ほどまた伺います」と言って部屋を出てしまう。ぬぅ……こっちを見てるようで見てない!
「行っちゃったよ……ほんとに戻ってくる気……?」
閉じられた扉を呆然として棒立ちで眺めていると、そっとシーナが隣に進んできた。
「殿下がおっしゃられたからにはそうなるでしょう。さぁお嬢様も急いで湯あみを」
「シーナ……なんで止めてくれないのよ」
「私が殿下に逆らえることなどございましょうか。いえ、お嬢様を思えばこそ私としてもありがたい待遇でございます」
「私の意向は~⁉」
「恐れながらお嬢様。主人の身の安全より代えがたいものなど使用人には存在いたしません」
「クロもいるしどうせ私が最強なのに~!」
「お嬢様の最強はいささか制約がありすぎますから。現に誘拐されているではありませんか」
「ぐぬぬ……!」
人がいるのを良いことに、いつもよりも堅めの言葉で逃げ道を容赦なくつぶしてくる策士。……はぁ私には味方がいないってわけね。
仕方がないからお風呂入るか、となったら王宮メイドさんたちに捕まり、ピカピカのつるつるに磨き上げられてしまった。は、早い、私お風呂にいるだけだった……。
私がお風呂に連行される途中の視界の端では、クロがメイドさんからブラッシングを受けていた。私より順応が早いね!
本当は断ろうとしたんだけど。
どうも1人にしないようにされているらしく。
過剰だよ! 心配性だよ!!!!
なんかもはや私よりアルが心配になってきた。なのに早く寝かすようにも言われているらしく、ぐいぐいベッドに押し入れられる。いや寝れないってば‼︎
って思ったけどこのベッドふかふかすぎ⁉︎
なに⁉︎ 雲の上乗ってる⁉︎
いや私が疲れすぎてる⁉︎
まずい、布団に入ると睡魔が……!
軽く意識が遠のきかけたところでノックの音がして、無理やり跳ね起きる。うわー! 助かったー‼︎ あと3秒遅かったら睡魔に負けて寝てたかもしれない‼︎
どうしよう、というメイドさんたちの空気に
「入れてあげて、アルでしょ?」
「……確認して参ります」
「確認しなくてもアルだよ!」
「お嬢様、それだから攫われるのですよ。そもそも本来は未婚の女性の自室に男性は入れないものです。それも眠る前ならば尚更です」
そんなの今更じゃない⁉︎
と思ったのを一応口にグッと力を入れて耐えた。まぁたしかに、シンビジウムで会うときも入れたことはない。ないけどここは人の家だし。
しかたないからアルなら入れてあげてと言って、確認しに行かせる。これをベッドの上から指示を出すなんて、私はなんていいご身分なんだ……。
少し話す声がして、入ってきたアルは。
髪こそノーセットのサラサラヘアだけど。
服装はとても寝る前の格好ではなく。
「アル……あなた本当に寝ない気なの?」
対照的にいつも結っている髪を長いまま下ろして、白百合も刺してなくて、メイクもしてなくて。
いつもよりは一応人前に行けそうなワンピース寄りのネグリジェを着て。しかも完全に布団に下半身を入れてる私と、正反対すぎた。




