518話 裏の支配者
連れていかれた部屋は私が泊まっている部屋ではなく、たくさんある客室のうちのひとつだった。
イメージで言うとちょっといいホテル。
ちょっとした椅子とソファーがあって。
奥にセミダブルくらいのベッドがある。
多分こんな部屋がたくさんあるんだろう、廊下に均等にたくさん並んだドアを見て思った。それもなんだかホテルのような印象を強くしていた。
こっちの方に来ることがないから、つい目新しく観察してしまう。私って実は、アルとリリちゃんの関わるところしか知らないんだなぁ。
まぁ他人の家だしね、一応。
通されたところ以外わからない。
全然迷える自信、あります!
「主様、このような質素な部屋に留め置き申し訳ございませんが、少々お待ちいただけますでしょうか?」
まるで王宮メイドさんのようにふるまう彼女に、「問題ないわ」と頷いて返す。それに質素というにはお金かかってると思うよ?
まぁ、大きさの話なのかな。
ふと私たちの昔の部屋を思い出した。
弟と2人部屋だった時の部屋。
いい思い出も嫌な思い出も詰まったあの部屋は、目をつぶれば鮮明なのに、開けば消えてしまう。もう二度と帰らない記憶の部屋。
セツは、覚えてるのかな。
詳しく覚えてはいないかも。
あの子は未来しか見てないからなぁ。
過去に縛られて思い返してばかりいる私は、いつか置いて行かれる気がする。……いや、むしろいままでがおかしいのか。
ていうか私って!
やっぱブラコンなのかな⁉
なんかやだー!!!!
そのままベッドにダイブしたかったけど、人がいるのを思い出したので何食わぬ様子を気取りソファに腰掛ける。顔、崩れていませんように!
「ところで、あなたたちのことをまだ聞いていなかったわね? お名前を聞かせてもらえないかしら?」
ぽよーん! と高く跳ねたクロが膝の上に載ってきた。
ここで猫をなでたら強者っぽいな〜とか思ってたら、空気を読んだのか黒猫に変わってくれた。でも両手が使えないことを思い出して抱っこにした。
さっきまでも見ていたはずなのだけれど、やっぱり魔獣が珍しいのか。変身を物珍しそうに凝視していた3人は、はっとした様子で姿勢を正す。
「ご紹介が遅れまして大変申し訳ございません! 我々は諜報隠密部隊……もとい情報屋のキャルト・ア・ジュエと申します」
「我らが主様にお会いできてとても光栄です!」
「ご尊顔を拝見できる機会に恵まれてたこと、欣快の至りに存じます!」
あーあー。力の入った言葉たちだこと。
キラキラした目が並んでいる……。
いや顔見えないんだけども。
なんだろうね、この居心地の悪さ。そんなに大層なことしてないんだけど懐かれちゃった感じ……うーん、むず痒くなってしまうなぁ。
「えぇと……情報屋なのねあなたたちは。その割に強そうだったけれど……」
「情報は鮮度が命です故!」
「必要とあらば海の底までとりにいくよう訓練されております!」
「その中でも私たちはスペード……つまり剣になるように訓練された者たちなのです」
3人で1セットの人間なのかな? くらいの勢いで、それぞれが情報をくれる。
なるほどね。私は関与してないのにどうやって運営されてるんだと思ってたけど……自分たちの技能を使って情報屋してたのかぁ。
まぁ元々もやってたのかもだけど。
宗教解体されても何故続けて……なんて。
まぁ、シーナを見てたらわかるよね……。
「そう。私のためにいつもこっそり動いてくれてるのは、きっとあなたたちなのね」
詳しいことはわからないけど、まぁシーナが何もやらないわけがないしなぁ……。
そう思って声をかけたら、ぱぁぁぁ! と空気が明るくなるのを感じる。……うーんやりにくいなぁ! なんか神様にでもなった気分なんだけど⁉︎
「今回も危険な中来てくれてありがとう。助かったわ、ええと名前は……」
「ビスと申します、我が主!」
「トリスと申します主様!」
「テトラキスです主様!」
右の長身さんは男性の声、真ん中が女性の声、それでもって左の体格の良さそうな男性の声……うーん顔見せてもらった方が覚えられそうなんだけどな⁉︎
「主人の前です。貴方たちもローブと仮面を取って失礼のないようになさい」
だ、誰⁉︎
物音もしなくて完全に油断していた私の背後から聞こえた声に振り向くと、そこには……。
「モノ……しかし」
「モノォ⁉︎ シーナってば偽名持ちだったの!!??」
「正確に言うと役職名ですお嬢様」
そこにいたのは私の侍女ことシーナさんでした……ていうか、物音くらいさせてこようよ〜⁉︎ なに今の⁉︎ 完全に人の気配しなかったんですけどっ⁉︎
しかし私の驚きに動揺しないシーナさん。「お嬢様、後ろを向くのははしたないですよ」と軽くスルーしてあしらわれてしまう……いやそこは許してよ〜⁉︎
「主人の御前です。正しくご挨拶なさい」
「「「はっ!」」」
誰が主人でしたっけ……と言わんばかりに指示を出したシーナ……もといモノさん(?)に促されるがまま、ローブのフードを外して顔を見せてくれる。
「……あれ? どこかで見たことある……?」
明るい茶髪の好青年、栗色髪の可愛い女の子、深緑髪の筋肉質な青年……という出立ちはものすごく特徴があるとは言わないけど見覚えのあるような。
3人は、なんとなーくそんな気がした。
うーん……どこだろ? 貴族……ではないか。
そうやって考えてうんうん唸っていると。
「ビスは王宮騎士ですし、トリスは王女付き王宮メイドです。テトラキスは……」
「え、待って。ブランのうちの使用人さんでは……馬車乗せてもらったことある?」
「ご名答でございます、主様!」
にこっとされた顔にくらっとくる。いやこれはときめいたわけではなく、どこまでこの組織潜り込んでるんだ……? という恐ろしさの方です。
「ていうかみんなよく私のこと探しに来れたね……? 仕事は……?」
「何をおっしゃいますかお嬢様。身代わりは立てられます」
「……怖い話してる?」
「いいえ。ただし王都でも組織の息のかかる人間は200名はおりますので抜かりはないという話です」
「怖い話してる!!!!」
作っていた偉そうなキャラも忘れて、私は叫んでしまった……それはもう当然この国1の情報をお持ちでしょうねぇ⁉︎
モノは消しゴムとかのアレと同じ言葉ですし、キャルトは宗教とかのカルトと同じ言葉です。




