515話 灰色の選択
『運命を元に戻す』——これを了承するというのは、私の今までの頑張りを無に返すということ。
全てを諦めて、この子を助けるということ。
そんな決断が私にできるかといわれたら。
……そんなの、すぐに頷けるわけない。
だって私は……私は結構自己中なんだから。
私だって私が大事、今に幸せも感じていて、でも……あぁ、それは私が作ってる偽りだったんだっけ? なら責任を取るべきなのは……。
いやでもこのままにしたら、それは結局人間が滅ぶわけだし? それってつまり本末転倒なんだよね……あぁもー! わかんなくなってきた‼︎
フィーちゃんならすぐに頷く?
女神様はすぐにそんな奴差し出せと言う。
じゃあ私は、どうしたらいい?
『……さま、お嬢様……!』
声が聞こえた気がして、思い出した。
私を探しにきてる人たちがいる。
無意識に考えるのをやめる。
ちがう。どうしたらいいか、じゃない。
私の取り柄が強欲なのだとしたら。
もっと強欲になれ。もっともっと。
私には今力と守るべきものがある。
上手く使え、手段を選ぶな——それが例え、自分が望まない形だとしても。
「……そうね。じゃあ交渉しましょう」
今の私は子供ではない。
素直でまっすぐな人形でもない。
大丈夫、私の方がお姉ちゃんだから!
私は強い——胸を張って相手を見据えて、余裕そうに微笑んで、ゆっくり話しかける。それが虚勢でも、相手が見抜けなければ本物と変わらない。
「……はぁ? 頷かないないなら交渉決裂だよね?」
「そんなことないでしょう? 君は威圧して従わせるコミュニケーションしかしらないのね〜」
「……何が言いたいの?」
「ありがとう聞いてくれて!」
苛立ちからこぼれた言葉をとらえて捕まえる。裏ノアくんがまずいと口を開く前に、笑顔と勢いで先に言われるのを防いでしまう。
「だからね? つまり私が言いたいのは、『ノアくんは殺さない』けど、『みんなも殺さない』未知の模索というものなんだけど。あ、ついでにうちの弟もちょーっとだけ元には戻さない方向で譲歩していただきたいっていうか。それで……」
「そんなの無理に決まってる!!!!」
振り切るように、叫ぶように。
彼は、腕を振り下ろして言い切った。
明らかに動揺している。
でもさえぎられても手は緩めない。
だって私は優しさなんて持ってないから。
「あ! 今ちょっと『そうだったらいいな』って心の隅で思ったでしょ‼︎」
「思ってない!!!!」
「いーやその反応は思ったね! 間違いない! まずその決まってるって言い方がそうなんだよね‼︎」
「読むな!!!!」
「いいじゃんいいじゃん! もっと気持ち外に出してこうよ〜⁉︎ ……信じることが揺らいだら、予言は崩れるんだから、ね?」
はっとした赤い目がこちらを向く。
私はただいい笑顔を向けてたたずむ。
そうだよ、これは罠。
「今君の信じることが揺らいだなら、私の勝ち。第3の選択の余地ができたってことじゃない? ——未来はまた不確定になった」
「お前……っ!」
「新しい可能性を喜んでよ? 君の未来を変えられるのはきっと君じゃない。考えに影響を及ぼせるのも、他者の私だけってわけ!」
「はぁ⁉︎ ふざけ……」
「凝り固まってちゃダメだよ〜もっと頭柔らかくしないと! 想像力が闇魔法には大事なんだからさ! 大丈夫だって!」
裏ノア君の下がった手に触れようとして。
バチンッと弾かれる音がする——瞬間に。
無理やりそこだけ枠を拡げ歪めて!
物理的に耐えながらなんとかする!
「お! 掴めたー‼︎」
「はぁ⁉︎ お前何やってる⁉︎」
「握手! ……なんだけど、そこそこ痛いし魔力が結構減るのであとちょっとしかできないかな!」
「ていうかオレも痛いからやめろ!」
「えっ! それはまずい!」
あわてて檻に腕を引っ込めると、格子の歪みも元に戻っていってしまう。……この檻、ほんとに光魔法がよく効いてますこと。
「ありえない……」
そんなに痛かったんだろうか?
裏ノア君は私と格子を交互に見て。
あと握ったのと別の手で手首を押さえてる。
「お前……これを抜け出せるのか……?」
あ、そっちでしたか?
てっきり手が痛いんだと思ったけど。
いやさすってるから痛いかもしれない。
怪我はしないけどちょっと申し訳なかったな……と思ったものの、まぁ私の方が閉じ込められてる側だからいいかと思って気にしないで話す。
「抜け出せる……かでいうと、身体は手とわけが違うから難しい、かな……? まぁ、魔法で抜け出すより檻を歪める方が勝機はある?」
「……。」
「いや別に私がおかしいわけではないからっ! ただ檻を歪められる想定ってされてないじゃない⁉︎ 私の行動が多分想定と違うというか⁉︎」
「……お前は自分も騙してるのか?」
はえ? なんですかそれは?
しかしどうも本気で言ってる様子。
警戒心が滲む顔がこちらを見下ろしている。
「んー? うまく私の心読めなかった? そこまで難しい事普段は考えてないよ、面倒だし……ただ今は手が握りたかっただけで」
「……今のを見せなければ逃げられたかもしれないのに」
「あぁ、そういえばそう……かなぁ?」
全然考えてなかったですね!
ただ大丈夫だよ〜ってしたかった。
動機はそれだけなんだよね……。
そのために一瞬で思いついたのが拡げることだっただけ。
光の魔石は貴重品で、大抵の魔法には範囲が決まっている。ならきっと消費を抑えるために鉄格子沿いのはずなので、それなら避けちゃえば範囲外。
あとは格子が掴めたこと。
だから大きさが小さければいけるってこと。
なので手も出せると思っただけ。
……まぁ正直無意識だとここまで詳しくは考えてないけど、理由を説明するならこんな感じ。人への行動だと悩まないからなぁ……。
「でも逃げないよ。そこまで自分のために頑張る必要ないし、逃げても裏ノア君の信用失って終わるだけじゃない?」
そう言ってはみても、その顔が晴れそうにはないけれどね。
「信用なんて、犬も食わない。無意味だ……」
「そうかな? わんちゃんは信じられる相手大好きだよ、しっぽ振るくらいには」
「オレの道を阻むなら……!」
「違うよ。もっと広げようって話だよ。今はまだ、信じられないかもしれないけど」
私は強欲の平和主義者なのだ。
そして一度好きになるとしぶとい。
……良くも悪くも、ね。
「今はまだ早いならそれでもいいから——あなたの事も教えてほしいな。物事白と黒に見えるけど、それだけが正解じゃないでしょう?」
裏ノア君はそれには答えず、少し考えるようにしてから目を閉じで。代わりのように静かに告げた。
「……時間だ。迎えがきた」




