514話 対価
「なんだか裏ノア君って純粋なんだね……」
「は? そんなわけないだろふざけるなよ」
ちょっと落ち着いたらしい彼は、腕を組んでそう言い返す。
ただ、なんだろう……なんかもうね、私の中では可愛い枠になってしまったというか。お姉さん的には純粋すぎて全然怖くなくなっちゃったな。
残虐そうにみせて変に遠慮がある。
行動と発言が微妙に噛み合わない。
そうそれは、子供の癇癪のように。
……とはいえ、警戒はしなくてはだけど。
「とにかくダメなことはダメだからね。私に話してくれたら、人に迷惑かけない方向で最大限考えるからさ……」
「うるさい。ていうかその憐れむような目やめろ! 檻の中にいるのはお前なんだよ‼︎」
「でも今余裕なさそうなのは君の方に見えるし……」
そう、何かを焦っている。
焦っているから私でも優位性を奪取できる。
用意周到な人間ならこうはいかない。
実際彼はいらだちが足元に出てリズムを刻んでいる。そういうのを見ると、逆にこっちは冷静になってきて頭が回るんだよね。
「うーん……君はノア君の光魔法、その体を乗っ取ってる以上使えはするけど能力が落ちるんじゃない?」
「……なにが言いたい?」
なんかすごくイヤそうな顔されてるけど、気になるから聞いてみたい。どうせ時間はあるんだろうし。
「さっき『読むな』って言ったけど、光魔法使えたら防げるんじゃない? あと私の心を全部読んでるわけじゃないみたいだし」
「……。」
「ノア君本人ならそんなことはないね。じゃあ体を乗っ取ってても、全部が思い通りになるわけじゃない。それは闇魔法の限界ってこと?」
「…………。」
「あと気になるのはね、私がみんなを操ってるとして脅し方が『みんなに言う』なところね。これって解除できるならその方が効果的……」
「あーもうお前なんかやっぱり嫌いだ!!!!」
ガシャンッッと鉄格子が蹴られて結構な音が響く。あぁ足ぐせが悪い……。
「分析やめろ!!!!」
「裏ノア君が話してくれないからやってるのに〜」
「お前絶対嫌われる人間だ!!!!」
「あらご明察。昔はこれで苦労したんだよね。指摘すると怒られちゃうからさ〜。相手を傷つけたいわけじゃないしね……ねぇ、君もそうじゃないの?」
やり方がわからないだけで。
信じられなくなってしまっただけで。
でも望みはそうではなくて——。
「オレをお前と同じにするなよ、混ざりものの人間が」
それは押し殺した怒りのような。
憎しみのような、地から這うような声で。
けれど下を向いた顔は見えなかった。
「はっ相手を傷つけたくない? そんなわけないじゃん。オレには魔力が必要なんだよ、膨大な魔力が——神になるために」
「か、神様に⁉︎」
こちらを向いた顔には、さっきと打って変わって殺気だってギラついた目をしていた。
「そうそう。人間がだーいすきな神様に。だってさぁ人間の体って、弱っちくて不便でしょ? 檻にも閉じ込められちゃうしさぁ、あはは」
蔑むように見てきた視線は、すぐに逸れて廊下を歩き出す。
「人間なんて不完全で嘘つきで愚かな生き物、全部消して新しい神様が生まれた方が有意義だと思わない?」
「本気で言ってるの……?」
「当たり前でしょ。それとも何? そんなことできるはずがないとでも?」
「いや……その前の話というか」
こちらを振り返って睨むその顔に、なんと言ったらいいか迷う。
その計画には穴がありすぎる。
たしかに辻褄は合う、女神様も言っていた。
でもだからこそわかっていること。
「成功したとして、今いる神様たちを敵に回して勝算があると思ってるの?」
私が会ったことがあるのは2柱。
でも少なくともその2柱は歓迎しない。
そうなれば待ち受ける結果は1つ。
神様になったところで消えるしかない。
「うるさい黙れ」
地鳴りのような低く絞り出された声で、彼はそれを一蹴した。
「お前に何がわかる?——人間はすぐに嘘をつく。信じてほしいとか話してほしいとかほざくなら、そうだなぁ……誠意を見せてよ」
さっきまでの表情とは一転。
こてんと頭を傾げて。
口だけが楽しそうに嗤った。
そして戻ってきた彼は目の前にしゃがんで、頬杖をついて告げた。
「信じてほしいならなんでもできるよね?」
「え……ものによるかな……」
「へぇーじゃあ信じてほしくないんだ」
なんかメンヘラみたいになっちゃったな!
と思ったけど、飲み込みました!
刺激しないの、大事!
うんうんわかるわかる、こういうの試し行為なんだよね。まぁあんまりしない方がいいけどね! 断られて傷つくの自分なんだよ!
しかし答えないわけにもいかない!
ただできますとも即答はできない!
こうなったら、日本人伝家の宝刀……!
「ぜ、善処させていただきます……!」
「なにそれ」
「ま、前向きに検討を重ねより良い案を提供できるようにしたいと思いまして!」
「……はっ」
半笑いされたんですけどー!!!!
いやダメ怒るんじゃないよ私! 私の方がお姉ちゃんですからね‼︎ ビークールビークールビーグル! そう、私は待てができる‼︎
それに関心が引けてる今がチャンスなんで!
私に割と世界の全部かかってるんで!
人間滅ぼされたら困っちゃうので!
向き合うのも逃げたくないので!
だから私はこのにらめっこに、勝つ‼︎
そういう気合いだけで、むむむむー! と眉間に力入れて、本気度をわかってもらおうと見つめ続ける。こういうの意外と大事だから!
……それにしてもなんでそんなことを望むようになっちゃったのかな。絶対理由があるはずなんだけど。そこにきっと全ての原因が——。
「……まぁいいや。できなくても無理やり戻すだけだし」
にらめっこに堪えられなくなったのか、裏ノア君はななめ下に視線を逸らす。
よし! この凍るような殺気に負けずに第1回戦にらめっこ対決は勝ちましたー! どんどんぱふぱふ‼︎(脳内効果音付き)
しかし胸を撫でおろす暇もなく、選択は投げられた。
「お前はさ、運命を変えようとしてるよね?」
「え? はいそうですね……?」
「それで他の人間の運命が変わるとか、考えたことないの? ——たとえば人が死ぬとか」
まっすぐ目が合う。その感情は読めない。
ひとがしぬ……人が死ぬ?
えっと、そのままで合ってます?
だけど相手は私の理解を待ってはくれない。
「運命は強制力がある……ならその歪みは、どこかで回収される——対価が必要なんだよ」
立ち上がった彼は、コイントスでもするようにピアスを弾いて……そのまま落ちるのを見送たピアスは落ちていく。
カンッと音を立てて地面に落ちた瞬間。
跳ね上がると思われたピアスは。
彼によって踏みつけられた。
「お前が死なないと、ノアールが死ぬんだ」
ぐりぐりと踏みつけられるのを見ていた。
私だけ時間が止まったみたいに。
どこか遠くの出来事みたいに。
やがてそれに飽きたかと思ったら、缶蹴りのように蹴られて、消えて。そして彼は、優しくこちらに向かって囁いた。
「だからさ……戻してよ、自分の手で——そうしたら、オレもちょっと考え直してあげるからさぁ?」
どう答えればよかったのだろう。
なんていうのが正解だったんだろう。
私はただ、何も言えずに呆然としていた。




