513話 秘めたる狂心
***
「左様でございますか……お話は理解いたしました」
「ん。急に呼び出して悪いけど、まぁそういうことだから……こういうの、そっちの得意分野だよな?」
廊下の柱の陰で話し声がする。
1人はプラチナブロンドの髪。
そして赤毛の王宮メイドの姿があった。
「我々はおそらくこの国のどなたよりも王城には詳しいでしょう。それが機密であるほどに」
「いつか捕まるだろ……ていうかいろいろツッコミたいんだけど。もはや誰?」
「なんのことでしょう? 私は、ただ王女殿下の計らいでここにいる一般的なメイドにすぎません、騎士様」
「あーなるほどそういう設定ね……。姫様までバックにつけたら誰も手だせないわな……」
それには答えず、曖昧にメイドは微笑む。
「殿下はなんと?」
「遠慮するなってさ。何しても今回のことは目を瞑ってくれるだろうよ」
そう言いながら向けた視線の先には、人だかりがあるだけでよく見えない。けれどそれを気にせずメイドは頷いて言った。
「では遠慮なく。ご用命承りました——ビス、トリス、テトラキス。騎士様にご挨拶なさい」
どこから現れたのか。黒いローブのいかにも怪しい3人が、2人の横に跪いていた。
性別さえもわからないが、オーラもない……逆に印象に残らなさすぎる異質感が、一度認識した人間には忘れられない
「うわ怖っ、全然気配わかんなかったんだけど? こんなの抱えてんのかよアホ姉……」
「ご自覚はございませんけれど」
「いやわかってないなら抱えさせるなよ……」
そう言いながらも彼が警戒しないのは、自分の方が強いという自負かもしれない。一瞥はしたものの、姿勢は変わらずメイドの方に向いていた。
「そのようなことは。我々は主の陰の剣であり盾。主が望むなら玉座をご用意することも検討する程度の力しかございません」
「おーおー、思いっきりヤバいやつだなぁ」
「しかしご下命いただけないことで、現在はただ良い噂を盛り上げ悪い噂をもみ消す事が主な活動になっておりますが……」
「いや十分怖いな! てかこの国でクリスティアがバカみたいに好感度高いのそのせいかよ‼︎」
本人のいないところで知らない情報操作の事実を握らされた彼は、思わず突っ込んだ。けれどメイドは顔色ひとつ変えず、微笑みを絶やさない。
「当然のことです。情報を牛耳ることこそが地盤を盤石にいたします——それを我々は1番理解しています」
「……。」
その一瞬だけ、メイドはメイドの顔をしていないように思えた。
「金も地位も名誉も、人が作り出すものには必ず情報が付き纏います。そしてそれは金を生み出し、根回しできる者が蜜を吸うのです——我らが主はそれを望まれませんが」
「商売あがったりなのが主人でいいわけ?」
「光があるところには必ず陰があります。いつかなくなるとしても、それは今ではないでしょう。望まないのと必要なのは別ですから」
「自立組織のくせに見上げた忠誠心だな……」
「ふふ。主がいなくても商売はできますが、主がいなければ我々の存在意義はなくなります」
今しがた見えたその笑みは、幻のようにすっと消えて真剣な表情に変わる。
「何か分かり次第、我々のいずれかがご連絡に上がります。……まさか主より先に依頼を受けるとは想定外でしたが」
「オレも関わるつもりは1ミリもなかったけどな……」
こぼれたため息混じりの言葉は、夜の闇に消えていく。
メイドは連絡は終わりにとばかりに、丁寧にお辞儀をした。まばたきの間に、そこに跪いていたはずの者たちの影はなくなっていた。
「それでは騎士様、引き続きパーティーをお過ごしください。早急に吉報をお届けしましょう」
隙のない完璧なメイドの顔は月明かりに照らされても、そばかすもない白い肌があるだけだった。
***
「それで何を聞かせてくれるの?」
「なんでお前が乗り気なんだよ……!」
「だってー! しぶられると余計聞きたくなるのが人間ってもんでしょ⁉︎」
大人しく正座をしたままの私は、身を乗り出して催促する。傾聴の姿勢は何においても大事ですからね!
でも何故か、彼は苦い顔をした。
「……オレは知らない」
「そう? まぁそういう人もいるよね」
「……いいから探ろうとするな。あの家のことも忘れろ」
目を閉じて面倒そうに言われて、はて? と頭を巡らせる。
あの家……あの家ってどこ?
ローザのことじゃない……とすると。
残るはひとつしかなくなる。
隠されていたあの血まみれの家。
「人を入れるな。掘り返すな。ノアールを傷つけたくないなら」
「……ノア君が関係あるんだ?」
「……けっ」
そう言う表情はどこか辛そうで。指摘が図星だったのだろう、すごくダルそうに視線をそらされた。
なんかノア君の見た目でそれやられるとすごい違和感。ただやさぐれてる人からしか摂取できない魅力もあるよね。いや鎮まれ煩悩。……でもさぁ。
「面倒ならなおさら全部話しちゃえばいいのに……」
「うっさい、お前に何がわかる」
「いやわからないから話してほしいんだよ〜」
「蚊帳の外は御気楽でいいな」
嫌味ったらしく言われてしまう。
うーん、警戒心丸出しの子猫みたい。
どうしたら心開いてくれるんでしょうね?
それに別にそこまで蚊帳の外でもないでしょう。巻き込まれてるから、私はここに閉じ込められてるのでは……とは言わないけどね!
「んー、じゃあ一旦私と弟だけにとどめておくかなぁ……」
「お前の弟なら記憶はもう消した」
「は⁉︎ セツに何してんのっ⁉︎」
「な、なんだよ⁉︎ 別にそれ以外は消してない! 人格操作されなかっただけマシだろ⁉︎」
勢いよくガシャンと音を立てて鉄格子を壊す勢いで掴んだもんだから、びっくりさせたらしい。……はぁ、私も1回落ち着こう。
でもその前に釘は刺しておきましょうか。
私はできるだけ低い声をつくって。
その上で、無表情で伝えてあげる。
「……それ以上何かしたら私は君を問答無用で消すからね。慈悲とかないから」
「な、なんだよ……お前、オレに捕まってる立場だってわかってるだろ⁉︎」
「知らないよ。どうでもいいよ。もし私が死ぬとしても何かしらの方法でその腕一本は持ってくよ? 嫌でしょう、ノア君のだから」
「……正気か?」
気圧されている彼に、ゆっくりと、しっとりと、にっこりと教えてあげた。
「君は私を殺さなかったね。殺したくなかったのか殺せなかったのかは知らないよ。でもその上で記憶の操作をしなかった——できなかったからこんなお願いをしてるよね?」
目を覗き込んで口元だけ笑う。
瞬きはしない、目も離さない。
私は知っている。
相手の心を抉る脅し方を。
そして、それを行使する方法を。
ただ、いつもは使わないだけで。
「優しい聖女様なら許してくれる。けど、私はただいつも我慢してるだけだからさぁ? 大事なもののためなら手を汚せる側の人間なんだよ——やるって言ったらやるよ?」
最後に、明るくカラッと笑って告げる。
「ま、そういうわけだから! 今後はやめてね? 私はいいけど、周りはダメだよ……闇使いなんて良心と常識で欲を抑え込んでるにすぎないんだからさー!」
ちょっとおどけてみせてから元の位置に座ると、明らかに彼に怯えが隠せない表情がそこにあった。
「……狂ってる」
「そうだよ? だからいつもはちゃんと隠すよ……望まれてないって、わかってるし」
そう言ってみせたら、なんとも言えない空気になってしまった——うん気まずい! 威嚇は成功したけどコミュニケーションは失敗した気がします‼︎
や、やばい! 空気変えないと‼︎
くそう、かくなる上は‼︎
「つまり君より私の方が悪役向いてるってことね‼︎」
「はぁ⁉︎ べ、別にちょっとカッコいいとか思ってないし!」
「え。嘘でしょ? 今のをカッコいいと思ったの⁉︎」
「だから思ってない!!!!」
ムキになるその顔は恥ずかしいのか真っ赤だった……空気はゆるんだけどこれでよかったんでしょうか? なんか違う気がします……ツッコミ不在‼︎
忘れられているかもしれませんが、このクリスティアは悪役令嬢ドレス着てるのでその効果も強め。




