511話 焦り
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「セス、フィリアナ嬢!」
微笑みあう2人の空気を変えたのは、走ってやってきた王子の登場だった。
「で、殿下? いかがなさいましたか?」
あわてた様子の彼に心配の声をかけた彼女に、王子は辺りを見渡しながら口早に話す。
「……2人はなんともないですね?」
「? またバカ姉がなんかしましたか?」
「ちょっとセス君!」
セスの腕に手をついてたしなめるフィリアナも、嫌な予感はしていた。
彼を焦らせられる人は限られている。なおかつ他の王族の方々ではなく、こっちに向かって走ってきたなら。
先ほどの優しい眼差しは眼光険しく、その心の色にもゆらぎが見えた。彼はひとつため息を吐いて、重い口を開ける。
「ティアを見失いました……『黒いスライムを見た』と言って、追いかけてしまって」
「じゃあ自業自得じゃん……と言いたいですけど。なんでそんな無茶してるんですかね、うちのアホ姉は」
「セス君! 殿下は私の代わりにお仕事をされていて……!」
「聖女サマが離れたチャンスを逃すわけないと思うけど」
「それは……」
つまり、彼は責めているのだ。
近くにいたのではないかと。
それでいて、今ここにいる王子を。
なぜついて行かなかったのかと、言外に非難していた。
「また言いくるめでもされましたか? どういう性格か、もうわかってるのに」
その言葉のトゲは、まっすぐに刺さる。
王子は諦めたように目を閉じる。
そして、整った前髪を手でかきあげる。
「……君なら止められなのでしょうね。わがままを言える弟の君ならば」
「まぁそうですね。特に遠慮とかしないんで」
「セス君落ち着いて! 心配なのはわかるけど……」
「オレは落ち着いてる」
フィリアナの目に見えているのはどう考えても怒りの感情だったけれど、セスはそう言った。声だけは平坦だった。
けれど彼より冷静なフィリアナは、王子の顔を見て思い当たることがあった。
「……頼まれたのはもしかして、私たちのことですか? 私たちが抜け出したから、危ないかもしれないとか……」
「……まぁ、そうですね」
少し歯切れの悪そうなのは、自分にも非があると責めているからなのだろう。けれど予想が当たったフィリアナは、目を伏せて「そうですか」と呟いた。
「それはご心配おかけしまして申し訳ございません……ほらセス君も!」
「……すみません八つ当たりでした。クリスティアを見つけ次第謝らせますので、早く探しにいきましょう」
「……。」
しかしその言葉に、王子は頷かなかった。
「……いけません。この祝いの場をとりやめにはできませんから」
「あ、それはそうですね……はぁ。あのバカ、ほんとに迷惑かけやがって」
彼らのこの反応を、信じられないといった具合で交互に見るのはフィリアナだけだった。
「え! 何言ってるんですかお2人とも⁉︎ ダメです! 早く探さないと……!」
「ムリだよフィー。これは国と神様が絡んだ祝い事なんだから」
「は……へ?」
「この祝賀を止めることも地位ある預言師が不在なことも、国の沽券に関わることです。少なくとも我々が消えたら、誤魔化せなくなる」
「じゃあ尚更! 私なら後を追えるかもしれませんし……!」
聖女である自分が言えばと思ったのか、フィリアナはそう言いかけるが。食い掛かりそうな彼女をセスが手を制して止める。
「いや弱点は隠すもんだから。怪我してる時に魔獣にバレたらヤバいのと一緒だよ」
「そんな! リスティちゃんが危ないかもしれないんだよっ⁉︎」
「……まぁなんだかんだ丈夫だから、案外けろっとしてるかもだし。ていうか」
まだ納得いかず何か言いたそうな彼女に、苦笑いして彼は続けた。
「あの『フィーちゃん大好きオタク』が、イベント潰すのよしとするわけないよね。むしろ止めたら怒られるよ」
目を瞬いて、少し飲み込めていないフィリアナの腕をセスは掴んだ。
「……とりあえず戻ろう」
「え、で、でも!」
「いいから。——殿下、どうせ馬車は一台も出てないんですよね? 不審者情報も」
歩き出すセスについていくように、彼らは会場へ戻るべく足を進める。
「……ないです」
「それでどうやって消えたの確信したのか知りたいんですけど」
「彼女の持っているカサブランカは、ただの髪飾りではないので」
「うわこわ。GPSつけるソクバッキーかよ……」
「何か言いましたか?」
ここにない単語はさすがの王子もわからなかったらしい。セスは聞こえなかったことにして「いやなんでも」と返す。
「じゃあ城の中にいるかもしれないですよね。それなら、探せるかもしれないですよ。最終兵器の信者とか使えば」
今度は聞き取れたものの、意味がわかってもよくわからなかったのか王子は首を傾げた。
***
「はぁ……しかたない。脱出手段もない、裏ノア君の正体を当てることもできない私には、おとなしく待ってるしかできないね……」
「……おもしろくない」
「人で遊ぶのはお勧めしないよ裏ノア君。お友達できなくなっちゃうでしょ?」
考えるのを半分諦めて座りなおすと、裏ノア君がふてくされていた。
「そんなのいらない……オレの大事なものはずっとひとつだけだ。それさえ守れたら、他なんて……」
そういうわりに、唇をかんでうつむく彼の表情はどこか苦しそうに見えた。彼の言う『大切なもの』になんとなく検討がつく。
へそ曲がりだなぁ。
人に優しくされてこなかったとか?
もしくは抑圧された環境にいたか……。
話せば協力してあげるのに。うちの弟くんの反抗期だってこんな感じではなかったので対応に悩む。まぁ返事してくれるだけ可愛げあるけどね。
「あ、そうそう! そのピアス持ってると女神様にバレちゃうから持ってない方がいいよ!」
「そのくらい対策してる! もういちいち口出すなよ‼︎」
「いやぁ〜えへへ……なんか構いたくなっちゃって」
「うざい! きしょい! どっかいけよもう‼︎」
「じゃあ出してくれるの?」
「……! ちっ」
自分が牢屋に入れたことを思い出したらしい彼は、めんどくさそうにそっぽを向いて地面を蹴る。
ありゃりゃ、舌打ちされちゃった。
でもミステリアスキャラじゃないね君は。
どっちかというとツンギレ系……?
「それも悪くないと思います!」
「だからなんなんだよさっきから!」
「あら? 君は人の心読めないの? ノア君じゃないから?」
「っ! お前が変なこと言うからだろ‼︎」
ちょっと図星だったのかな?
裏ノア君は怒ってばっかりだね。
あと嘘が下手すぎる。
話が進まない中でも情報収集は大事だからね……まぁ冴え渡っても勘なんですけど!
「これが年の功ってやつかな……うーん悩ましいねぇ若人よ!」
「お前中身若くないだろ」
「⁉︎⁉︎⁉︎ そ、そんなことないですけど⁉︎」
得意げになって話したら、まさかの図星をつかれたのが痛かった。え、やっぱり中身見えてる……?




