ー閑話ー 庭園は運命をつぐ【Ⅱ】
「はぁ行ったか。マジで水球当ててメイクドロドロにして化けの皮はがすくらいはしてやろうかと思ったけど」
「そ、それは……」
「ま、そうだよな。フィリアナなら止めるかなと思ってやめた。正解だった?」
少し誇らしげにするセス君はちょっと可愛い。けど、それよりも気になるのは……。
「名前……」
「ん? 戻そうか『フィーちゃん』」
「え! そのままでお願いしますっ‼︎ あ、でもフィーって呼んでもらえるのも嬉しくて……」
「はは、即答」
「だってちょっと気になってたから。なんだか揶揄われてるみたいで……」
「……悪かったよ。こうでもしないと、ちょっと照れくさかったんだ。最初はノリだったんだけど、切り替え方がわかんなくてさ」
目をそらしてバツが悪そうにしているその目元が赤い気がする。それがおかしくて可愛くて、さっきとは別人に見えて吹き出してしまう。
けれど笑うほど、セス君は恥ずかしさを隠すように不満げに眉を寄せる。
「……なに。そんなおかしい?」
「ふふふっごめんなさい。ちょっと可愛いなって思って」
「男に可愛いって……。もっといい褒め言葉かけてくんない? カッコよかった〜とかさ。んで、もう立てそう?」
動揺させたのもつかの間。
は! そうだった!
私、セス君に助けてもらってそのまま……!
急に火が出そうなほど恥ずかしくなって、あわてて離れようとした。でも「危ないから焦んなくていいよ」と、手を掴まれて立たせてもらっちゃった……。
「ごごごご、ごめんなさいっ!」
「え? なんで?」
「私が迷惑かけちゃったから……!」
「全然。やりたくてやっただけだし。迷惑じゃないよ」
顔色一つ変えずにしれっとそう言うから、かっこいいなと思いつつもいたたまれなくて両手をほっぺにあてる。私……今真っ赤顔しれない!
「それより、服汚れてない? 大丈夫?」
「た、たぶん大丈夫……」
「あ、スカートのすそ汚れちゃってるな。せっかく綺麗なのに。ちょっと待ってな」
そういって膝をつく……わぁ! そんなことしたらセス君の方が汚れちゃうし濡れちゃう!
「セツ君⁉ はやく立ってください! お洋服汚れちゃう……!」
「大丈夫だよ、ドレスより替えが利くから。それに近づかないと、さすがにオレでも汚れだけ落とすような繊細な魔法は難しくてさ」
「え……」
そう言って彼はひざまずいたまま、丁寧に水魔法を展開してドレスについた小さな汚れを落としてくれた。
「ん、落ちた。せっかくの今日のためのドレス、似合ってるのに汚れてたらもったいないもんな」
優しい視線がドレスのすそから、私の顔へ移る。
「伝えるのが遅くなってごめん。聖女就任おめでとう」
その微笑んだ顔が本当に慈しみにあふれていて。
あぁ、でも心の色だけじゃわからない。
これは聞かなきゃわからないんだってわかって。
どきどきと緊張で両手を握って、覚悟を決めて口にする。期待と不安が胸を締め付けて、声がふるえてしまいそうだけれど。い、いきおいで頑張るしか……!
「……セツ君! 聞きたいことがあるの!」
「ん? 何?」
「さっき私を守ろうとして、その……言ってくれたでしょう? あの、セツ君はそんなつもりないのかもしれないけれど、私は……」
「あー待って。今言うから」
頑張って言おうとしたのに止められてしまって、なんだろうと戸惑って。こわごわ彼の顔を見ると、目を閉じて深いため息をついた。
そして——次に開いた琥珀の瞳は、まっすぐにこちらを見つめ誠実な様子を漂わせていた。
「聖女フィリアナ・ラナンキュラス様」
「は、はい!」
「あなたの行先には困難が降りかかるでしょう」
「……承知の上です」
「なら、その火の粉を払う剣と守る盾が必要だと思いませんか?」
「え……」
「あなたの優しさは誰かを導く光です。どうかその光が揺らがないように、私を隣で支える騎士にお選びいただけないでしょうか?」
差し伸べられた手を見る。
その顔を見て、泣きそうになる。
ねぇこれは、夢じゃないの?
「はい……よろしくお願いします……!」
目の前の出来事が、当然夢のように消えてしまわないか不安で、でも嬉しくて。震えるまま手をのせようとすると、突然立ち上がった彼に手を掴まれた。
「わぁ!」
「よっしゃ決まりだな? はーよかったーカッコついて。話通しておいてこれで婚約失敗だったらマジ笑えないからなー」
「そ、それ! それ聞きたかったの! どういうことなの⁉︎」
セス君にせがむように尋ねると、意外な話だった。
「あーごめんごめん。立場的には家同士のことも考えなきゃだろ? だから実は伯爵家に先に少し話を通しててさ……」
「え! 聞いてないですよ⁉︎」
「まぁ待ってもらってたから……形としてはしかたないけど、大事なのは気持ちだろ? だからまぁ、フラれたらなかったことにするつもりだったし」
「そ、そんな!」
た、たしかに聖女になったら、私自身に力があるからいくら公爵家の縁談でも無理やりってことはないけど……!
少し照れくさそうに笑うのが、ちょっとだけ憎らしい。もう! もっと早く言ってくれたら、そんな大変なことしなくても……ちゃんと伝えたのに。
けれどそう思う私の想いは伝わらず、セス君はなんでもなさそうに続ける。
「まぁオレは鬼畜じゃないから。王子と違って外堀埋めたりはしないよ」
「それだと殿下が鬼畜みたいなお話になっちゃうけれど……」
「いやそうだろ。エグい固め方してるじゃん」
「あ、あはは……」
殿下は愛情深い方だと思うけれど……。
それに良い方だし……ただ。
リスティちゃんだからなのもあるかも。
否定はしないけれど、のらりくらりとかわしている彼女を思い出して苦笑する。あれは壁を作って籠城しようとするから外堀を埋められているのもあるかも……。
そう思いながら黙っておいた。たぶんこの話し方は、セス君なりの心配もあるのだと思ったから。
風がかれのプラチナブランドの髪を揺らす。
噴水と一緒に煌めいて綺麗だなと思った。
一緒に運ばれたダンスの音楽が聴こえてくる。
「なんだか、ここがパーティ会場みたい。音楽が聞こえて噴水がシャンデリアみたいで……私の王子様もいるから」
言ってから子供っぽかったかなと恥ずかしくなって目を逸らす。でも、馬鹿にされたりなんてしなかった。
「んじゃ、踊っとかないとな。お手をどうぞ、フィリアナ嬢?」
「あ……ふふふ! よろしくお願いいたします、セス様」
2人でふざけて噴水の周りで踊る。素敵な夜を2人じめしたみたいで、とても気持ちがいい。ステップを踏みながら、そういえば、と思ったら。
「ここ、最初に会ったとこだよな。あの時なんか隠れてる人がいてさ」
「もう! それは私のこと言ってますね⁉︎」
「はははっいや、熱弁するし面白かったけど。変な子だなーと思って」
「私は真剣だったんです!」
「うん、そうだよな。会いたかったんだもんなクリスティアにさ」
あの日のこと、今でも思い出す。
あの日ここで出会わなかったら。
私たちの運命は違っていたかもしれない。
「よかったです、ここに隠れていて。リスティちゃんともまた仲良くなれましたし、それに……」
「それに?」
期待を瞳に宿らせてこちらを見る彼に、笑顔で応える。
「セス君と会えたから……あなたが私の運命の人です!」




