51話 私は普通なので!
水場から戻ってくると、アルが頭に手を当てて固まっていた。
「どうしたの⁉︎ 頭痛いの⁉︎ 熱中症悪化しちゃったかな! 食べれない? 気分は⁉︎」
矢継ぎ早に聞いたのに驚いたのか、手を外して「いえ、大丈夫です」と言う。
「ケバブ食べにくいかな……今からゼリーに……」
「いや、食べる。これは食べます」
「え? でも無理はしないほうが」
「無理してないです、食べます」
そう言って取り上げる暇もなく、かぶりついた。
「……美味しい」
天使のような顔にケバブはなかなかミスマッチだ。
手掴みの料理なんて、食べたことないんじゃないかな?
けれど、ちょっと見開いた瞳には、もうケバブしか映ってなさそうである。
ソース系って子供受けいいよね!
分かりやすい味でね!
「えへへよかったー! 美味しかったなら何よりです! 私も好きなので……」
「ソースが甘辛くて美味しいです」
「そうですよね! 食べれそうでよかったです! あ、でも一応」
私は持ってきたコップに手をかざす。
汗かいたときはこれ以外ないよね。
えーと、頭に思い浮かべてっと。
水が銀色に光り、やがて収束する。
「アルこれ飲んで! 念のため!」
「これは……水でもオレンジジュースでもない?」
「スポーツドリンクですよ!」
「聞いたことないですね……」
白く濁る半透明で未知の飲み物に、眉が寄る。
食わず嫌いかな?
うちの弟も大変だったなぁ……。
でもアルは、頑張ってくれそうだよね。いい子だし。
「えーと、中味は塩と砂糖、あとは柑橘系の果物の果汁ですね! サッパリしてて飲みやすいんですよ? あ、じゃあ毒味しますね!」
というわけで一口ごくり。
うん、問題ないな!
私の知ってる味ですね。
一般家庭で作るより美味しいはずだ。企業努力に感謝したい。
「はい、どーぞ!」
毒味が終わったコップを差し出す。アルは「私はそんなつもりじゃ無かったのに……」と言いながら、受け取る。
どういうことかな?
まぁいいや、飲んでくれたら。
アルはコップに顔を近づけて、香りを確認してから恐々と飲み込んだ。
「……大丈夫だ」
あれ? という顔をして目をパチパチさせている。
「え、なんだと思ってたんです?」
「いやもっと薬っぽいのかと……薬湯みたいな……」
「あーなんだ! という事は、アルは薬苦手なのかぁ!」
笑ってそう言うと、恥ずかしそうな顔に変わる。
「な……っ!す、進んで飲みたい者はいないでしょう……」
「まぁそれはそうですけど。苦いのがダメって事ですか?」
「……。」
ありゃ。黙っちゃったよ。
これは相当嫌いかな?
プライドを傷付けてしまいましたか……というわけでフォローしましょう。
「子供が苦いものがダメなのは、防衛本能です。なので、全然恥ずかしくないですよ?」
「……そうなんですか?」
「はい! 大人になるとそれが薄れるので、苦味や辛みを受け入れられるようになるんです。ですので、むしろ私たちは正常ですよ! 慣れちゃうのは退化です!」
実は私も今は子供のせいか、苦味がなんとなく前より苦手だ。まぁそもそも子供に苦いものを、進んで食べさせる人はあまりいないと思うけどね。
「ふふっ退化とは言わないだろうに」
何がツボにハマったのか、そのままけらけらと笑い続ける。
「えー! じゃあなんて言うんですか!」
「むしろ進化なのでは? 苦味があっても食べられるものがあると、学んだのでしょう?」
ちょっと照れて怒ると、笑いつつもそう言われる。
「うーん、そう言われれば……一理ありますね」
「一理なんですか」
「どの方向性に、人間が進化を目指してるかによるので……進化も退化も、未来の人にしか分からないですから。進化が生きるのに必要なためのものとするなら、元に戻るのも必要なら進化だと思います」
どちらにせよ、そのとき必要だと思った方に進むしかない。
それが取り返しがつかないとしても、進んでみないと分からない。
進化か退化、どちらも『変化』のことを指すのにそれぞれ異なるのは、後の人間が判断するから。
人生にも分岐点があったとして、私はいくつ正しい道を選べるだろうか。
その道が正しいかは、進んだ先振り返らないと分からない。
チートで選べるじゃないかって?
あれはあくまで、どうすればその時最悪の選択にならないかってだけ。決められるのは人生全てじゃない。
そしてその選択が最善か、はたまた最悪ではないだけかは分からないのだ。その時点では知り得ない。
未来は流動的だ。
きっと今の時点でも、『学プリ』と全く同じには進まない。
絶対に正しい道なんてありはしないから、私はその時々で最適だと思われる道を選択するくらいしかできないってワケ。
つまりチート魔力持ってても、たいして普通の人と差は出ない。
自分の未来のことに関して言うなら、猿が木の棒使うの覚えたぐらいしか変わらないと思う。
武器があったって死ぬときは死ぬ。
それに全部決められちゃうと、困るのはこっちなのだ。
決まった人生って1番つまらない。
人は不安があるから、楽しみがある。それを本人が望まないとしても。心が動かないと、心から死んでしまうから。
退屈は人を殺すのだ。
面倒くさいね。
そんな風に考え込む私を、アルは不思議なものを見る目で眺めていた。
「……ティアは学者にでもなる気なんですか?」
「え! 学者なんてなれる訳ないじゃないですか! あれは頭のいい人がなるんですよ! アルやヴィンスならなれそうだけど……」
それに、女の人なれないですよね? この国だと。
フィンセント王国はものすごく男女差別があるわけではないけれど、んー、まぁ上に就く人は男の人が多いなって感じ。女性は家を守る的な。
許嫁がある時点でお察しです。
「君は頭が良いと思うけど。知識も豊富だ。私と全然違う考え方をします。大人と話しているみたいに思うことがありますし」
真剣な顔でアルが言う。
まぁそりゃ転生してますので、この歳ではありえない話をしてるよね。でも、別に天才とかじゃない。
「それは人間、十人十色ですから。考えが同じ人の方が少ないかもしれませんよ」
私はふつーの頭だ。
平々凡々。並である。
そりゃこの国の基準よりはきっと、日本の教育のほうが水準高そうだから、相対的ならこの世界の一般より少しは上かもしれない。
でも、高校受験とか特にパッとしなかったよ。
悪くはないけど、めちゃくちゃ良くもない。
ご存知の通り記憶力もない。三歩歩いたら忘れるって言われる。あとセツの方が偏差値高いよ。
……あぁ、受験とかいやなこと思い出した。やめましょう!
「それに頭が良いとか、ヴィンスに言ったら笑われますよ」
という訳で、テキトーに流すが吉。
お世辞を間に受けてもね……いや、この様子だと本気っぽいけど。でも慢心は身を滅ぼすからね。
「あれは……というか、君は頭は良いけれど、後先を考えないから」
「無鉄砲ということですか? そんなことないですよ? ……たぶん」
過去を振り返ると……やばい否定できない。
いつも詰めが甘すぎる。
まずい、アルに見限られてしまう。
いや大丈夫大丈夫……いざとなったらはぐらかすから! これぞ汚い大人の処世術です!