ー閑話ー 庭園は運命をつぐ【I】
こちらは一応おまけですので、本編は来週月曜にアップになるかなと思います。
「殿下、すみません……すこし席を外してもいいでしょうか?」
人の波が落ち着いたところで、こそっと告白する。
煌びやかな世界。
目まぐるしく変わる人たち。
その全てに、眩暈がしそう。
朝からたくさんの変化と行事があって、正直少し疲れてしまっていた。こんなに人と会うのに、目に入る位置にいるのに、落ち着けるお友達とは全然話せない。
ちょっとため息がでてしまいそう。
望んだのは私だけれど。
でも、たくさんの感情が見えてしまって。
「お加減が優れないですか? 休めるよう客室も開放していますし、もし必要なら……」
「いえ! 少し外の風に当たれば良くなると思いますから! ……少しだけ、いいでしょうか?」
申し訳ないなと思って躊躇いがちにそのお顔を伺うと、「そうですね」と優しく頷いてくださった。
「聖女になられたことで、好奇の目に晒されお疲れでしょう。気が回らずすみません」
「いえいえそんな! ちがうんです、私が……」
「本当ならこのまま、ティアのところへエスコートしてしまえばいいのでしょうけれど……。あちらはあちらで、何やら取り込み中のようで」
言いかけた卑下の言葉を攫うように、爽やかにおっしゃられた。
その視線の先には朝に見たドレスよりも華やかで、夜の花のような装いをしたリスティちゃんがいた。
たくさんの人に囲まれてる。
あんまり良くない感情が見えるけど……。
だ、大丈夫かな?
「すみません。悩みを増やしてしまいましたか?」
殿下の声を聞いて、はっと我に帰る。ダメダメ、友達のことも心配だけど失礼はしないようにしないと!
「大丈夫です! ただ、ちょっと心配で……」
「問題ないでしょう、あのくらいは」
「あれ……殿下は心配なさらないんですね」
少し意外だなと思って聞いてみる。こちらに向けるお顔がちょっとだけ和らいだ。あ、リスティちゃんのことを話す時のお顔だ。
「彼女はあれで、結構やれますから。黙ってやられるタイプではないです。もちろん、何かあれば私が手を貸しますが」
「……殿下は、リスティちゃんを信用していらっしゃるんですね。失礼かもしれませんが、てっきり私よりもご心配なさるかと」
「ふふ。まぁたしかに、心配なところはありますけれどね」
そうおっしゃってまた視線が先を向く。
あぁ、綺麗で優しい瞳。
心の色を見なくてもわかる。
リスティちゃんのことが好きなんだなぁって。
「それでも、評価しているんですよ。誰にも曲げられることのない芯の強さと、なんでも宝石に変えてしまう手腕を」
「うふふ、評価というには甘くて美しい言葉ですね?」
「そうですか? これでも私は、自分のことを厳しい男だと思っていたのですけれどね」
その演技がかったイタズラっぽい表情と声音は、殿下の照れ隠しみたいだったので気付かないふりをしよう……と思ったのだけれど。
「殿下は大人びた方ですけれど、リスティちゃんの話をしていると同じ学年の方だったのだなぁと思い出しますね」
微笑ましいなぁと思って。
でも失礼だったかもしれない。
だから付け足して伝える。
「私、背伸びしなくていい相手がいるって、素敵なことだと思うんです。それだけ心が許せる相手ということですから」
「……私はもう少し大人だと思っていたんですけれどね」
「ふふっ殿下も振り回されてますね。でも相性がいいって、きっとそういうことだと思うんです」
少しわがままも言えてしまうような。
少しの悪いところも愛おしく思えるような。
思い出せば、心が温かくなるような。
「……話しすぎました。人が集まってきてしまいましたから、私が相手をしましょう。どうぞお休みください」
バツの悪そうだった殿下は、言い終わる頃にはいつものにこやかで人を寄せ付けない完璧な人に戻ってしまった。私は感謝を述べて、廊下に出る。
そこで馴染みのある顔を見た気がした。
「あれ? そっちに消えたのは……」
同じ光の魔力を持つ彼だった気がする。
でも、どうしてだろう。
なんだか少し違って見えた。
その違和感が気になって、彼の消えた方……少し奥の噴水のある中庭へと歩を進める。
けれどそこには誰もいなかった。
「あれ? 今ここに来ていたと思ったんだけど……」
「あらぁ! こーんなところにドブネズミが紛れているじゃない!」
急に聞こえた声に振り返ると、女の子が3人立っている。あ、この子たちは……。
「学園の中庭にいた……」
「ふん! あなたやっぱり調子に乗っているようね。今度は預言師様を蹴落とそうって魂胆? 卑しい娘は簒奪まで画策なさるのね」
「あぁやだやだ。せっかく目をかけていただいても、取る行動がこれだもの。生まれの卑しさって身に染みて落ちないのね」
「私たちしっかりと見ましたのよ。卑しい鼠が殿下に媚を売っているのを。あぁ吐き気がしますわ。どうやってあの甘いお顔を盗んだのかしら」
そのまま彼女たちがずんずん迫ってくるものだから、後ろにじりじり下がる。水音が大きくなっていく。あ、この後ろは……!
「だから一度、水でも浴びて目を覚ましたらいいと思いませんこと?」
とん、と押されて姿勢を崩す。
重いドレスと高いヒールの靴。
それが手伝うように、後ろへ……。
噴水に落ちちゃう!
焦って何も間に合わなくて、ただ衝撃に耐えようと目をギュッと閉じた。
「あんたたち、何してんの?」
ふいに聞こえた声。
背中に感じるたしかな力強さ。
目を開ければ、そこにいたのは……。
「セス君!」
「はー。イベントってこういうことかよ……大丈夫? どっか怪我は?」
「な、ないです……」
「ん。ならよかった」
さっきまでの威嚇するような怖さだったのに。今はそれが潜んで、こちらに微笑んだ顔は信じられないくらい柔らかい表情だった。
顔が熱い、どきどきする……!
颯爽と現れた彼は騎士のようで。
まるで、私がお姫様にでもなったみたい!
「せ、セス様……⁉︎」
「あんたたちに名前呼ぶの許可した覚えないんだけどな。んで……何してたって?」
一瞬ぴりっとするくらいの殺気が放たれて、彼女たちは尻もちをついてしまう。私もびっくりしたけど、支えられてるから大丈夫だった。
「ち、違うのです! 私たちは……!」
「国王陛下直々の就任の儀で加護を受けた聖女フィリアナに仇なすのは国賊と同意。あんたら、神様と国に喧嘩でも売りたいの?」
「そんな! 我々はただ、預言師様のことを思って……!」
「あはっシンビジウム家ごと敵に回す気か? 正気の沙汰じゃねーな」
「し、シンビジウム公爵子息はその女に騙されているのですわ!」
公爵家は大貴族。だからこそ敵に回すわけにはいかないんだと思う。それで彼女たちも引くに引けないのか、震える手で私を指差した。
「そんなわけないだろ。婚約者なんだから」
「「「え」」」
…………え?
い、今、なんて言ったかな……?
き、聞き間違い……?
ぽかんとしたまま、彼の顔を見ると「ごめん」と言った。あ、冗談……?
「後でちゃんと言うから。……で。いつまで這いつくばってんの? オレ、その顔をぐちゃぐちゃにしてやることもできるんだけど」
バシャンと音を立てて勢いよく回る水球が、彼女たちの目の前で止まる。
「顔洗って頭冷やしていきたい?」
「ひ……っ! 滅相もないです! どうかお許しくださいませ‼︎」
飛び跳ねるように勢いよく起き上がった彼女たちが去っていくのを、どこかぼんやりと眺めていた。
続きはまた明日、13時過ぎくらいにアップ予定です。




