509話 追いかけて、そして
「君はどうしていつまで経っても私のところに来てくれないんでしょうか?」
「え、えぇ〜と……」
だってなんか面倒そうだし。
私が入る隙もなさそうだったし。
というか私主役じゃないし。
という答えはお望みではなさそうね!
じーっと見つめてくる顔の圧がすごい。思わずこちらが顔をそらすも、そういえばホールドされているので逃げようがなかったです。どうしましょう!
「あっ! そう! 私アルにあとで2人で話したい事があってね!」
「今『あっ』って言いましたが?」
「いやでも大事なのほんとに!」
いぶかしむアルを騙したりはできないけど、勢いで押し流すことはできる。実際真剣に言えば、それはそれとして聞いてくれる……目は納得いってないって感じだけど。
「ところでそれ、オレの目の前で言われたら気になっちゃいますけど〜」
「レイ君は……うーん、ちょっと話せそうだったらね! あとで駆り出される可能性はあるんだけど保留で!」
そう伝えるとレイ君は「しょうがないですねー」と、少し残念そうに引き下がる。
ちょっとかわいそうになったので、代わりにアイディアをあげることにした。美味しい餌に釣られればどうせ忘れるでしょうし。
「レイ君さぁ、風の魔石にクロの魔力は詰められるよね?」
「ん? はい、可能ですけど?」
「じゃあそれを応用したら、出来るんじゃない? レイ君じゃなくてもほぼ自動でさ。まぁ距離とかは私にはわからないけど」
「……なるほど?」
「あとできればクロ以外でなんとかしてほしいけどね……」
水の魔石の時は、幻覚スプレーになったし。
たぶん相性のいい魔法なら使えるはず。
索敵や空気の壁は風魔法の領分だし。
まぁあくまでアイディアでしないけど……それでもレイ君ならなんとかするでしょ。案の定急に深く考えるような眼差しになって、ぶつぶつ何か呟いている。
研究者モードになった!
これでしばらく意識返ってこない!
さっきのも忘れると思う!
と思ったのだけど、アルがなんとも複雑な顔をしていた。
「……君も危ないアイディアばかり思いつかないでくださいね。その発想力には一目置いていますが」
「役に立つことしか口にはしないよ?」
「役に立てばなんでも良いというわけではありませんから」
「? 危ない時は責任持って止めるよ?」
「それに危険が伴うときはどうしますか?」
「え……頑張って止める……?」
答えた途端頭を押さえているところを見るに、私の解答は不正解だったようです。難しいな……。
「大体それでいくならば、君が危ない時のストッパーがいなくなるでしょう」
「まぁ……それはなんとかするから大丈夫……」
「そんな目を彷徨わせた大丈夫があっていいとお思いですか?」
「むぅ。なんかアル、保護者みたいだね?」
「まぁ飼い主は保護者なんじゃないですかね」
なるほどなるほど。
つまりこれは脱走防止だっこですか?
なんだろう、納得してしまうな……。
「王室公認わんこって響きがいいよね……」
「何を言ってるのかわかりませんが、それより反省してください。あとそのドレス、君が作ったのではなければどなたの贈り物ですか?」
響きの良さに浸るどころではない疑問球をストレートに投げられた。
「アルじゃないんだよね? じゃあ誰だろ? ちなみにアルからってことで届いたもののはずなんだけどね」
「……ドレスを用意させるので変えませんか?」
「え、今?」
「むしろ今変えないでいられる理由はないでしょう? 何が仕掛けられていてもおかしくない、不審者の贈り物ですよ?」
美しい顔が険しく歪む。あ、なるほど。もしかしてこの解放してもらえない状態は心配されている?
そ、そう言われるとそう……かな?
あまりにも突然すぎて追いつかないけど。
でもそんな回りくどいことするかな?
「うーん。チェックは最初にシーナがしてるし、今まで大丈夫だったんだから問題ないと思うけど……」
「なぜそう言い切れますか? そんなにそのドレスが気に入りました?」
「いや別に気に入ってはないけど、ドレス着替えるのは時間かかるから……」
ここで着替えるとなるとですね。
シーナは呼べないんですよ。
つまり王宮メイドさんたちが出動する。
そこまで困ってもないし、ドレス汚れたとかでもないし、普通に知らない人の前で着替えるのはちょっと恥ずかしいし……。そう私は庶民なので……。
申し訳なさとかの方が勝っちゃうんだよね。別に我慢できないほど不快とかではないし。このクリスティアドレス、モノはよさそうだしね。
それに、何度も言うけどね。
「私が着替えたら、何があったかと思われちゃうでしょう。主役より目立つわけにいかないし。その着替え、フィーちゃんのもしも用じゃない?」
「リリーのもありますし」
「それもダメでしょ……」
「……いえでも既製品を着せるわけには」
人によっては替えのドレスがあるけど。
私はない、必要ないから。
だって汚れとか私なら消せるからね。
なので必然的に替えがあるなら私のではない。それ多分似合わないよ。フィーちゃんは可憐可愛い系だし、リリちゃんは儚げ美少女系だし。
私は見た目迫力悪役系だから、2人のを着ると意図せずとも悪役が横取りした図になる。却下でしかない。
まぁ私ならそもそもドレスを別のものに変えられるけど……さっきも言ったけど、目立つのはごめんなのでね!
「だからそもそも私は着替えな……」
「? ティア?」
中途半端に言葉を切るものだから心配されている。でもそれどころじゃない。私は今、気のせいじゃなければ見てしまったから。
廊下に消える、スライムの黒い陰を。
「……アル、お願いがあるの」
「……それは従わなくてはいけませんか?」
「たしかじゃないけど、フィーちゃんとうちの弟に何かあるといけないから見てきてほしいの」
「……。」
「私もちょっと確認したら行くから」
たぶんあの2人は大丈夫。
私の勘はそういってるけど。
でもスライムは不確定要素だから。
そのままするりと腕から抜けて小走り……しようとしたところで腕を掴まれた。
「どこに行くんですか?」
「確認しないと」
「だから何を……」
「黒いスライムを見た気がしたの」
「それを聞いて行かせられると?」
「急がないと! 見失っちゃう!」
ぐっと腕を引っ張ってみるけど離れない。くぅ、逃げちゃうのに‼︎
「アル、あなたにはここにいる人の安全を守る義務があるでしょ! 私は大丈夫! なんかあったらそこにクロもいるから‼︎」
彼を動揺させてレイ君の方を指差すと、一瞬アルの注意がそちらに向いて力が弱まる。それをいいことに力づくで抜け出してダッシュ!
「あ……ティア!」
「アルにしか頼めないからよろしくね‼︎」
何もないと思うけど。
心配になるのはまた別な話。
アルなら妨害を受けずに行ける。
『運命の強制力』は、なによりも強い力を持ってるから——忌々しくもあるけど使いようですからね!
走る私に注目が集まっているけれど、誰も追いかけてくるほどではない。だからそのまま、スライムを見た廊下を爆走する。
「あっ! スライムいた‼︎」
曲がり角に曲がるのが見えた。
さいわい私の方が早い!
スライムって足遅いんだ⁉︎
「ちょっと待ってってば‼︎」
スライムを追いかける。
ボールのように跳ねて廊下を曲がる。
人のいない方に逃げている。
でも、なんとか捕まえられそう——と思ったら。
「つーかまーえた♪」
「⁉︎」
背後から声がした。
そして体の力が抜けて。
世界が暗転した。




