507話 研究第一主義者
「よし! 飲んだ! ミッションクリア‼」
気取りつつテーブルに駆け込み流し込む! もらったお花はいまや私のおなかの中よ!
私のまいた種は大盛り上がりで、気になって近づいてきた観客も集めている。あー外野から見る騒ぎはちょっと面白くてジュースがおいしいわ!
攻めたドレスを身にまとってるのもあって、悪役気分でグラスを回してたら。
「おやぁ? あれに見えるはレイ君では?」
壁にもたれかかってつまらなそうにしてる子を発見した。紺のスタイルに紫の胸飾りに白いリンドウが見える……のはいいんだけど。
いや顔が美少女だな!
不機嫌とも退屈ともとれる表情。
ちょっと冷たそうなのが超いい!
正直これが私の推しです感ある……!
そうこういうとこもね、好きだったんです『学プリ』プレイヤー的には! けど、友人としてはほっとけない。なので驚かせに行く。
「ちょっとそこのお方? 私とお話しなさらない?」
「あー悪いですけどオレ、ツレを待ってるだけで……」
「あは! ひっかかった~! レイくんってば、なんで壁の花になってるの?」
「えっクリスちゃんです⁉」
適当にあしらおうとして下しか見てなかったレイ君は、私の声に顔を上げる。思ったよりおどろいてくれたなぁ。
「え⁉ どうしたんですその服装は⁉」
そしてドレスを見るなり、開口一番失礼な空気をつくり出した。明らかに悪い意味ですねこの反応。
「なによ、似合わないって?」
「いや……似合わない上に殿下の趣味でもなさそうな姿なので」
「本気で失礼しちゃうわね。ていうか、見た目には似合うと思うけど」
視界に入るドレスを確認する。
いつもより華やかで、毒々しい。
いかにも悪役令嬢っぽいドレス。
違和感は確かにあるけど、ここまでボロボロに言われるほど似合わないシロモノではないのに。
「ブランに会った時何も言われなかったけど……あ! でもほめられてもない! ブランは大体ほめてくれるのに‼」
「オレだって紳士ですよー?」
「会って早々に追い払おうとしたし、ドレスも似合わないって言ってなかった?」
「素直な指摘は紳士的ですよねー?」
「レイ君は研究もいいけどもうちょっと社会的配慮と慎みを学ぶべきだと思うわ……」
「えー」
でもそんなの学んだら、レイ君じゃないんだろうな。
その見た目からじゃわからない毒は、慣れれば素直と言えば素直だし。ある種の人が近づきたくなる魅力でもあるのだけど。ま、本来ならね。
だからこそ壁の花をできるのはあまりにも不自然なんだよね――まぁ知ってますよ、『学プリ』プレイヤーの私は!
「レイ君、またなんか発明品試してるでしょ?」
「あれ、よく気づきましたね?」
「気づくでしょこんなに周りに人がいなかったら!」
何度目かわからないけど!
レイ君、そもそも顔がいいのだ!
中身がマッドサイエンティストだけど‼︎
だから本来なら令嬢が押し寄せるし、なんなら令息も押し寄せる。なんたって中性的でかわいい顔してる侯爵令息だからね!
でも不自然に誰もいないのは!
近づきたくても近づけないから!
そう、魔道具のせいでね‼
「一定以上の魔力量がないと近づけないようにしてるでしょ!」
「お~よくわかりましたね! さすがクリスちゃん‼」
素直な感動の目で見つめられ、ちょっと気まずい。だって私が知っているのは、レイナールートやりつくしてたオタクだからだし‼︎
レイナールートなら、ここで主人公が来てくれる。でもこの世界では来ないんだろうな。アルバートルートだもんなぁ……。
ゲームの会話相手は好感度で決まる。
王子のルートでもレイナーが絡む時もある。
でもここにレイ君が立っているってことは。
攻略に絡んでいないってことで。
なのですなわち私が声をかけなかったら、彼は早く終われって思いながらパーティー中ずっとつまんなさそうな顔してたのだろうと思う。
いや今なら、セツがいれば違うかもだけど。
「ごめんね、今日セツは——」
「あ、その魔道具がこれなんですけど。今日初めて使ってみたらまだ半径3mしか使えなくて~」
「いや十分広いな⁉ というか初運用なの⁉ お城は実験会場じゃないし誰も近づけないの困るでしょ⁉︎」
「いや別に……? 被験者は多い方がいいし、高位の人は魔力量あるから近づけますよ。魔力量ない人はせめて実験台になってもらわないと」
「自分目線しかない! 勝手に実験動物にするな! しかも魔力ハラスメントだ⁉︎」
セツにあんまり会えないかもしれないこと謝ろうと思ったのに! この子、自作の魔道具実地試験してたし聞いてないんだけど⁉
実験に有用な人以外をゴミだと思ってるでしょ⁉ これだから研究狂いは!
「……ちなみに仕組みは?」
どう見てもブローチにしか見えない胸元のそれは、おそらく模様が魔方陣なんじゃない? 気になったので聞いてみた。
「まず僕が魔力と量を探知します」
「うん……しょっぱなから話がおかしいね? 人力だしできる人レイ君だけだね⁉」
また変な魔道具作ったと思ったら!
予想外から始まるコメントに私のツッコミがすかさず入る。ちょっとしょげた彼は、くちびるを尖らせて言い訳をする。
「このブローチ自体は今のところ補助でしかないんですー。魔力の量を判別するのって、今のところ人間か魔獣しか……あ」
「あ……?」
「魔獣を搭載すれば……?」
「前提条件がおかしいよね?」
「でもこれをもっと詳細にすれば、魔獣防止フィルターができるかも……!」
「まって。世紀の大発明できそうではあるけど、まず魔獣を用意しますが許されないのよ!」
暴走しそうなマッドサイエンティストを止める。下手したら大惨事が起こりかねないじゃないの!
「まぁそこクリアできますって! たとえばクロとか‼」
そういって自信満々にポーズを決める……というよりは、ブレスレットを見せているだけなんだろうけど。やっぱり持ってきたね。
紫の瞳が爛々と怪しい光をともす。
おまけにポーズが戦隊ヒーローチック。
なんだかとっても子供に見えてきた。
純粋だ。純粋すぎる――研究に。私はため息をついて、危ない未来が訪れる前にその夢を壊しにかかる。
「……あのねレイ君。そもそもクロは黙認されてるだけだったでしょ。公にしたら討伐されちゃうでしょう?」
「う……!」
「それに疑似魂持ちクラスの魔獣が必要なら、そもそも使用許可が下りないでしょ」
「ぬぬ⁉」
「しかもクロならたぶんその魔道具がなくても、指示したら自分でできるわ……闇魔法が使えるんだから」
「あー! そうでした盲点ー‼ くそー! 俺としたことが見落とすなんて……! 優位性を付加できるのが魔道具の真骨頂なのに‼」
そういって頭を抱えて悔しそうにするレイ君。……なんか悔しがるところが違う気がするのは、この際スルーしておこう。
「うーん。でも正直、魔力量を判断するのって感覚的なもので……魔石の制御とかいう単純なものじゃないんですー」
「そうなんだろうね……私もよくわからないし」
「いやクリスちゃんのは、やろうとしてないだけだと思うんですけど」
「え」
「必要だとか興味がないんじゃないですか? そもそも魔法自体あんまり使いませんよね」
そう言われてしまえば返す言葉がない。
やり方にこだわらなければ。
闇魔法を使うなら。
今でもできるといえば、そうなのだし。
だけどなんだか、素直なその指摘はちょっと胸に刺さった。……いや、レイ君は何も考えてないのわかってるけど。
だからぽろっと聞いてしまった。
「……できるのにやらないことって、逃げだと思う?」
「え? 逃げ……うーんまぁ、そう思う人もいるんじゃないですかね? ふつーに機会の損失ですしー」
「う……そうだよねぇ」
素直だから率直に淡々と剛速球の正論を返してくれる。けど、次が予想外だった。
「でも別に問題なくないです? 気にする意味、あります?」




