506話 考え巡らす悪役令嬢
「ねぇそろそろ王子たちに挨拶いこうって……」
「はい⁉ ……そうねまって。ちょっとのど乾いたから飲み物飲んできてからって、お父様たちにも伝えておいて」
セツがいるこの場で、気づかれずブランに貰った花を直で飲みこむのはちょっと無理がある。
セツにあげようかなとも思ったけど。
なんか、渡さない方がいい気がして。
そっとスカートに隠すよう手を下す。
というわけで、勢いに任せて一旦離脱を試みてみた。
「? まぁいいけど……」
「じゃあそういうことで! ……あ、そうそうひとつ言いたいことがあるの」
「なに?」
セツの腕を引っ張って、少しかがんだところに耳打ちする。
「あのね。多分この後、どこかのタイミングでフィーちゃんが外に出るわ。そしたら絶対追いかけるのよ」
「……で、なんのイベントが起こるって?」
半信半疑といった面持ちで、セツはジトっとこちらを見る。運命とか気にしない彼にとっては、私の話はゲームにとらわれすぎているんだろう。
「本来ならクリスティアの衣装汚しイベが入るの。この世界がアルバート王子ルートなら、そそのかされたお仲間と……あと」
「あとなに?」
「——セスがでてくるの」
「は⁉ オレ⁉」
びっくりしているセツくん。
そうよね、詳しく話してないもん。
君、本来は悪役側なんだよ。
「セスはクリスティアの1番の取り巻きみたいな存在だから……まぁゲームの話だけど。でも、これ逆に有利なんですよお兄さん!」
「……はぁ」
「ちょ、いいから聞いてって! もともと出番があるってことは、『運命の強制力』に1番介入しやすいの!」
「運命ねぇ……もうだいぶそのゲームシナリオからははずれてるのに?」
『学プリ』未プレイ勢のくせにいっちょまえに言ってくれるセツ氏。もうちょっとお姉様を信じてもいいと思いませんか⁉
「んもー! 信じなくてもいいけど、イベントは起こるんだってばっ! だからセツはとにかく、追いかけて助けたらいいの‼ わかった⁉」
「ところでなんで肝心のお姉サマは来ないの?」
「クリスティアはね、そのすきにアルバート王子を引き留めるって仕事があるの。それに、これを利用したら……」
「利用したら?」
アルバートルートをつぶした上で、君たちの中は深まるでしょうから——とは言わないけどね。
つまりイベントを潰して『学プリ』的友情エンドを目指そうとしている。結構好感度高そうなので、間に合うかわからないけど……。
いちおう、応援のつもりなのだ。
大事な弟と友だちの恋路だもの。
上手くいくといいけど。
まぁこれで私のバッドエンドが変わるとかはないんですけどね……どのエンドでも死亡だからね!
でも、起こるイベントは消えないみたいだから。中庭のいじめイベントも、私がかかわらなくても消えなかったし。
あれは本来、クリスティアと取り巻きのいじめイベント。でもだからこそ、私はあそこに行くのに間に合った可能性がある。
いなきゃいけない人間だったから。
ちなみにアルもそう。
なんてったって攻略キャラだもん。
推測だから違うかもしれない。けど『学プリ』は予知を元にしたゲームなのは、女神様も言っていたこと。
実際とった行動はゲームとは異なる。だからこそ、フィーちゃんとの今の関係がある。けれどフィーちゃんが助かる結果だけは同じで——。
これは仮説なんだけど……つじつまが合うなら、運命は変えやすいんじゃないだろうか?
運命は人ではないから、内容まで見ないというか……うーん、うまい説明はできないんだけど。向かう方向が一緒なら許してくれる……みたいな?
あたっていればセツにも応用できる。
というか、そうしないと逆に危ないかも。
大幅にそれると強制力がきっと強くなる。
だからたとえば、セツがフィーちゃんのところに行かないとなれば——「シンビジウムに指示された」なーんて言い訳が出てくるかもしれない。
それだといいことはない気がするんだよね。
ということを説明するには。
理解が手間取るし時間かかるし。
こじつけだって言われそうなので……。
「……まぁ、頑張んなさいな。私のことは心配いらないから!」
「いや最初から心配してないけど」
「そーゆー子よね君は!」
テキトーにあしらい薄情な弟から離れる……と同時に、ギラリと周りの目がこちらに向けられた気がした。
あ、マズい。さかなの餌になりそう。
「預言師様! もしよろしければ少しお話を!」
「素敵な黒髪がひときわ目立っていらっしゃいますね。その、貴族には珍しいお色で……」
「この国の行く末について、ぜひ語りましょうぞ。預言師殿も知見を広げるいい機会でしょう」
「殿下はこちらに来られないのですか? お2人の間に何かあったのではと私、心配でして……」
「この後ご予定は? パーティーの余興にでもその力を披露されてはいかがでしょう?」
わー! 好奇の目がすごい‼
なんだこれ囲み取材かなにか⁉
野次馬にモテモテだわ!
ていうか結構失礼なのもあるなぁ! 私が子供だと思ってるでしょ! 聞き耳立ててたならせめて飲み物飲んだあと来るとかしようよ!
でもこういうの、アルたちもされてるんだろうな……と思うとちょっと冷静になれた。
ここで対応するとさらに続く。
味を占めさせてはいけない。
優しいだけでは搾取される。
お父様たちはローザ公爵とあいさつしている。しょうがないなぁ。私の眠れる犬を起こしちゃったのは、君たちだからね?
私は心を決めて、クリスティアになりきる。
「うふふ、皆様お元気でいらっしゃって安心しました。私に興味がおありのようなので、ひとつゲームでもいたしましょうか」
「ゲーム……でいらっしゃいますか?」
「ええ、残念なことに私の身はひとつですので。皆さんをお待たせしてしまいますから」
パチンと指をならすと、私の周りの人たちの手元に封筒が現れる。
「力を見せてほしいとのご要望におこたえした、簡単な度胸試しゲームですよ。中身は私のお茶会の招待状です」
「おお! それは……!」
「でも」
喜びかけているところに、水を差す。
「開けた人によっては白紙です」
「は……?」
「そのかわり外出時の5回に1回くらい運がつく出来事があるでしょう」
「それはどういう……」
「私や公爵家及び殿下に悪意のある方は白紙です。あぁ捨てていただいても構いませんけれど、きちんと破いて処理してくださいね?」
「えぇと……私は持ち帰りまして……」
「あら。参加なされないんですね。ただのゲームですのに、残念です。皆さんせっかくお顔を覚えましたのに、お誘いできないなんて……」
ニコッと笑ってあげると、顔を引きつらせている人が多数。軽率に絡むからだよ?
開けなければ度胸がない者となる。プライド傷ついちゃうねぇ。開けて悪意があれば日々にちょっと良くないサプライズがある。
でも招待状が出たら話しましょう!
腹の探り合いとか面倒ですからね!
うん意外と良い手だったんじゃない⁉︎
ちなみに破いても手紙は開けた扱いだし。他者に渡したら招待は無効化される。オタクのたしなみとして転売対策までばっちりよ!
私は優しくないから悪意も配れる——しないよ、普段はね。でも闇魔法舐めてると痛い目見るのよ!
なんたって私、一応悪役令嬢ですから!
プライドで開けた人たちが白紙が出てインチキだという横で、招待状が出たと騒ぎが起こる。ランダムなんじゃといってみんな開け始める。
「どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ。それでは失礼いたします!」
そして盛り上がってるうちに私は離脱する——こういうのは逃げるが勝ちですものー!
寝ている犬は起こすな的な海外の慣用句があるそうです。
先週投稿できなかったので、今週末あたりもう一本投稿頑張る予定です。




