504話 黒子の意識
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「というわけで、フィーちゃんのことよろしく頼むわよセツ!」
「そういうのってさ、もっと早く言うべきだよね」
大変ごもっともなことを言われてしまうと、私としても心が痛い。グサッときましたわよ。
「なんかクリスティアさんって傾向と対策甘くないですかね。テストできないタイプでしょ」
「ぐぬぅ……二度と聞きたくない単語!」
「ほんとに今学生やってる? てかさぁもっと予知したらいいじゃん使えるんだから」
「……未来を確定させるって恐ろしいことだと思わない?」
「便利じゃん」
よし! これは私の懸念伝わらないな!
深堀するのをやめる同時に、弟が闇落ちすることもないだろうなと思って安心もする。悩むからこそ強化される強欲は、力だけれどたぶんない方が幸せだ。
「でもフィーちゃんのことに関してはもっというって約束するよ。今後、私だけじゃ無理なことあると思うから」
「マジでそうして。当日直前に言わないで。なんでもできると思うなよ」
「大丈夫! セツは天才だから!」
「才能にも限界ってあるんだよなぁ」
怒られながら入場すると会場中の視線が、ギラッと輝き一斉にこちらに向いたのを感じた。……え、なに? こわいんですけど。
「……あ、そういや預言師サマだったなこの人」
セツがしらっと、視線は前に向けたまま小声で冷静に言い放つ。
「⁉ まさか私目当ての視線とか言わないよね⁉」
「ついでに未来のお妃サマだもんな。ファイト~」
「ちょっと! 言っとくけどエスコート役のセツも巻き添えだからね!」
明らかに私を置いていなくなろうとしている弟。釘をさすと、「じゃあ『フィーちゃん』はどうすんの?」と言われる。うっ!
「は、薄情者……! いいわ行きなさい! 私は1人で戦うから‼」
「あ、父さん」
私の熱のはいった意気込み表明を無視したひどい弟くんは、私よりも最愛の両親に目を向けた。先に会場入りしていたけど迎えに来てくれたらしい。優しいなぁ。
「良い夜だ……と言いたいところだけれどこれは大変そうだね。我が娘は美しく聡明で優れているから人目を惹くようだ」
ロマンチックに話しかけてきたイケメンなお父様は、少しだけ視線をあたりにやって目で語った。その隣には美しいお母さまが困ったように微笑んでいる。
2人とも黄色いシンビジウムを身に着けていた。セスの目の色とおんなじだなーなんて思う。ま、関係ないのだけど。
「クーちゃん、セス、君たちはまだデビュー前の子どもだ。最初は私たちについて挨拶に回るのはどうかな?」
「うわめんど……」
「セス? あなたもいずれ公爵家を継ぐのであれば、父の姿から学ぶのも大事なのよ? 人付き合いは貴族の基本……あなたの顔も覚えてもらわないとね」
お母様にたしなめられ、ぶつくさ言いながらも逆らう気はないらしい。
こんなこと言っているけど、2人は私を心配しているから最初から声をかけてきたのだろう。なんか申し訳ないけど、正直ありがたい。
そうやってしばらく話していたら、ラッパが高らかに鳴り響く——来た。
頭上を見上げる。
王族用の階段の上。
今日のメインのお出ましだ。
重い扉が開けられ、きらびやかに登場したのは王様とお后様。シルバーと白の装いが上品。
そしてリリちゃんとヴィンス……正式に婚約したから一緒なんだけど、なんだかんだ公式の場で見るのは新鮮だなぁ。しかも装い
が全体的にピンクだ……あとでぜひ話しかけたい。
そして最後に、本日の主役。
——白に薄緑の差し色がうつくしいボリュームのあるドレス姿のフィーちゃん。さわやかだけれど華やかで、はっと目を奪われる。お姫様みたい!
その隣にいるのはもちろんアル。白いコートに薄緑に黒の差し色のベストが見える。胸元にはオレンジの色の百合。フィーちゃんの瞳の色だ。
腕を組んだ2人がゆっくりと降りてくる様は、見るのが初めてなのに見た記憶しかない。
それはゲーム画面そのもので。
いくらでも思い描ける光景。
それはもう、この後のことまで鮮明に。
「あぁアルバート殿下は今日も素敵ですわ」
「聖女様も可憐でお似合いね。ご覧になって? あの仲睦まじい様子」
「やはり黒髪が……」
「婚約者なのにどんなお気持ちでご覧になられている事か……」
んー聞こえてる聞こえてる!
貴族のみなさん噂話好きだねぇ!
そういや私の扱いって本来こうだったな‼︎
預言師様とかもてはやされて、だーいぶ忘れてたけど。闇魔法の恐れがなくなったわけじゃないもんね! というか、恩恵を感じにくい貴族の方が実は支持されてないかも。
とはいえ三大公爵家のうち2つ——シンビジウムとライラックは私のバックにいるようなものなので、大々的には突いてこないってだけだ。
ローザは中立というか。
国王様を支持してるので。
実質味方みたいなところあるけど。
そう考えると、悪役令嬢だったクリスティアってほぼ1人勝ち状態から転落したのか。
まぁそれほど聖女は貴重で。
悪役は不要だったってことだ。
そしてなによりアルの信用度ね!
うーん預言師、なっといてよかった~~!
なにがあっても生存確率も没落確率も格段に変わりますからねっ! やっぱ死にかけても行動するのって正解しかないな……これからも頑張らねば……。
でも今の状態で何か疑われたりしたら。
丸ごとひっくり返ってバッドエンドとか。
……ないよね? いやさせないけどさ。
「……外野の声は気にしなくていいよ。君は間違いなく、殿下の婚約者なのだからね」
優しいお父様がそっと囁いた。考え事でぜんぜん聞いてなかったけど、気にされるほどまだなんか言われてたんだろうか? それは申し訳ない。
「大丈夫です! 私強いので!」
小声で笑って返すと、少しだけ微笑んでくれる。うーむ、やっぱりお父様はイケメンだわ! メロメロ‼
実際私このお城ワンパンで壊せるからね!
物理的に悪口言う人倒せますから!
なんなら洗脳して信者にもできるし!
でもしないよ。この程度のひそひそ話は、慣れたものだしね。それに全部否定できるほど、私も周りが見えないわけではない。
ほんとにくっつかないのかな。
こんなにお似合いなのに……。
……でもセツもいるもんねぇ。
2人はありえないと言うし、うちの弟の想いも尊重したいし。この光景をみたい人の夢は多分叶わないだろうと思って、今日だけの夢の光景を見つめる。
ファーストダンスはその日の主役が躍る。
向かい合ってお辞儀して、お互いに手を取る。そしてダンスのための華やかな音楽が流れ始める。2人のためだけに捧げられる曲、空間。
でもどっちにせよ慣れておかなくちゃ。
アルは私のものではないから。
ちゃんと逃がしてあげないとだし。
間違えてはいけない、高望みはいけない、勘違いしてはいけない、引き際もわきまえないといけない。
その人の幸せを願うなら——私は引き立て役でいなくては。
乙女ゲームをいくらやっても。
あこがれて目標にしても。
そう簡単に変わらない。
変わらなかったし、変われなかった。
もう経験してわかってるのだ。だから自分の強欲で支配しないようにしないとね。私にはそれができてしまうのだから——本物を求めるのは我慢しないといけないってわかってる。
いつもそうやってやってきた。
今回も何も変わらない。
道を間違えることは許されない。
今あるのは、私の運命だけじゃないから。
素敵なダンスを披露してくれた2人に拍手を送りながら、気を引き締めた。