502話 かくれんぼには向きません
「まさかこんな木の上から眺めることになろうとはね……」
「いやだって場所ないから」
探索が思わぬ方向に進んでしまい、それでなんだかんだ時間がかかってしまった。パレードはまだ続いているものの、城近くはすっかり人が集まっている。
見るのも一苦労するほど大盛況。
要は人がぎゅうぎゅう。
ここってライブ会場だった?
そう錯覚するほどだから城下の離れにやってきたのだけど、それでも通る道はすごい人だかりで。
このまま帰るならいいんだけど、私たちには予定もある。だから無理しない選択肢として、すこし遠くから見守るかたちになった……んだけど。
頭上斜め上を目だけでにらむ。
私より高い位置で枝に腰かけて。
屋台の飲み物と串焼きをほおばる人。
そんな悠々自適にふるまう弟くんに一言いいたい。
「君は私が高所恐怖症だとご存じない……?」
「いや2階くらいの高さだし。第一上るの手伝ってやったじゃん」
「おかげでひとりで降りられないけどね! っていうか! さっきの今でよく食べる気になるね⁉」
「うまいよ。くー姉も食えばいいのに」
「あとでパーティーもあるんですけど⁉」
おかげさまで幹から離れられない。
気分はコアラだよね。
ずっとしがみついてたいな!
そんな私の恐怖など知らず、彼は部活少年ばりの食いっぷりを披露しています。制服姿なのが拍車をかけてるね。むむむーっと気に食わない顔をお見舞いするけど、効果はない!
しかしこんなに賑やかでも、人が見上げてきたりはしなかった。
なぜなら私の認識阻害がめちゃくちゃ効いているから。みんなの心はパレードでウキウキだからね!
さながら木の上の鳥。
バレにくいのは好都合だけどね!
でも意識をどっかにやってないと怖い!
「だいたいさ、パーティーは食うとこじゃないじゃん」
セツさんはあやしい屋台で買ってきた何の肉だかわからない、香辛料と香ばしいタレのにおいが漂う串焼きを食べて言う。
「そういってめっちゃ食べるくせに」
「食えると気に食えは騎士の基本だってブラン兄ちゃんも言ってたよ。ま、グロいのは結構狩りしてたら慣れるし。あと」
「あと?」
「カッコつけたい時にバカみたいに食わないよ」
つまり本番はパーティーだから、そのための腹ごしらえだと。
そう木の上から、器用に制服姿であぐらを組むセツは主張してくる。姉の前ではただの胃腸つよつよこわいものなし食いしん坊だ。
でもだからって。
よくわからないお肉食べる?
カッコつけの前におなかこわすよ?
不安だと胃腸が弱る私には怖くてできない。君はどこでも生きていかれそうだね。
「あ、もうすぐ来る」
「え⁉」
油断してたらセツが突然立ち上がり指さす。
「ほらあそこあそこ」
「ど、どこ……⁉ あ、双眼鏡だすか」
詳しくないので適当に黒い双眼鏡を闇魔法で出して、その指し示す方向を見る。あ! 白馬に白にゴールドの百合の紋章の馬車が引かれてきてる!
「うわ、ナチュラルなチートずる」
「はいはいあなたにもあげますわよ、勝手に取って!」
双眼鏡を左手で持ちつつ、前を向いたまま右手の人差し指を向けてクイッと動かす。彼の手元にも双眼鏡が現れたことでしょう、見てないけど!
「これ何倍のやつ?」
「? 何倍とか考えてないからいくらでも見えると思う」
「……こわ」
なにおう⁉ 私の貧弱記憶力がこわいと申すか! と思ったけど、目先に目の保養があるので見逃してあげることにした。弟より推しが優先ですから!
オープンカー方式の屋根なし馬車に乗って手を振るアルとフィーちゃんは、それはそれは麗しく。そんな2人へ色とりどりの様々な花びらの雨が降り注ぐ。
ピンクや水色、黄色——花は国民の心。歓迎のしるしだ。
こういうとき黄緑はあまり見かけないのは、花言葉がアレなのも多いからだなと思う。シンビジウムの緑の「野望」しかり……ね。
目に映るすべてがとても幻想的で。
もうほんとにスチルそのもので。
なんだか遠くのことのよう。
双眼鏡使ってるからかな。なんかゲーム画面感がつよいっていうか、別の世界みたいな。……この2人のための世界だよね感があるというか。
率直に言ってしまうと、お似合いすぎて見ほれると同時に——寂しくて悲しくて独りぼっちのような疎外感がある。
見たかったんだけどな。
好きな場面だったのに。
複雑な気持ちになっちゃう。
素直に楽しめないのも変わっていってしまう自分のきもちも、うっとうしくてイヤで。
好きって、どんどんみじめにさせられる。
自分の見たくないとこばっか見えて。
いやでも向き合わされちゃうから。
そうやってちょっとしょんぼり気分でいたら。フィーちゃんがこっちを見たと思ったら、さっきまでの上品さを捨て去ったお手振りをぶんぶんとこっちに振ってくる。
ん? 気のせい……?
いや気のせいであんな腕から振る?
ってことはこっそり見てんのバレてる?
「バレたな」
「あ、やっぱバレたの?」
「てか振りかえしてやんなよ、あれ絶対くー姉に向けてるから」
そうかな結構遠いけど……と半信半疑になりながら軽く振りかえすと、あきらかにはじける笑顔とさらに力強いぶんぶんが見えた。えっか、かわいい……!
「えー! なにあれうちのフィーちゃんめっっっっちゃかわいくない……⁉ わんこ⁉ わんこなの⁉ さもなくば天使なのっ⁉」
「聖女サマだぞ」
「さっきまで微笑み上品聖女様だったけどあれはもうプリティぴゅあぴゅあ天使に違いないっ!」
私のうつうつとした気持ちは今のファンサでどこへやら。
かわいさが天元突破したフィーちゃんに心を撃ち抜かれ、台風のように暗い気持ちが吹き飛ばされIQ3になった私はただの全力ぶんぶんお手振りお返事機に転生した!
もーきゅんきゅん来てしまいました!
持つべきものはすさまじくかわいい友達!
いやかわいい推しだったんだ……っ!
「やっぱ私の心の主人公はフィーちゃんしかいない! え、よく気づいたなこんなに人がいるのに!」
「闇魔法の気配がしたんだろ」
「そうかもしれないけど! もう! セツってば夢がない‼」
そっけないセツの返事にかえしながら気づいた。
あ、もしかして今のやきもちですか?
はぁ~ごめんなさいねぇ!
お姉ちゃんの方が仲良くってねぇ‼
だんだん馬車が近づいてくれば、肉眼でもまぁまぁ見れる距離になる。フィーちゃんはお手振りをいったん中断すると、逆側へ手を振っていたアルに何やら話しかけて……あ!
「だめフィーちゃん! アルにばれたら……!」
「もう遅いな」
そしてアルはゆっくりと。
少し小首をかしげ、あごに手を当て。
美しい笑みで——こっちを見た。
「あーーーー! 『なんでそこにいるんですか?』のポーズ!!!!」
「ありゃ口パクで『あとで』って言ってんな」
私がしぐさから言外の意思を読み取った時、セツは読唇術で読み取っていた。こんな時にいらない連係プレー!
「あぁ! 魔王様が降臨しちゃう! やっぱちゃんと変装しとけばよかったっ⁉」
「『フィーちゃん』いる時点で無理だったんじゃ。マジで魔力でばれるんだなとは思ったけど」
「気づいてたならはやく言って⁉」
「ドンマイ。オレには関係ないから」
「こやつ……! もうすでに怒られるの確定してたのにもっと怒られるー‼」
自称忠臣である私は、ありとあらゆる主から言われそうなことをシュミレーションして備える——というか、頭の中がそれしか考えられなくなってしまった。なんかいい言い訳プリーズ‼




