501話 衝撃の光景
「待ってってば〜!」
立ち止まっているところに追いついたところで、セツの視線の先をみるとひとつの家があった。家というか、古屋というか……小さいけど。
森のおうち、というメルヘンなワードを出すには、なんとなくはばかられる古さびた感じがする。手入れされてないかんじ?
正面に窓はカーテンが閉まっている。
だから中は見えないなぁ。
小さい平屋だから部屋数もそんなないかな?
ちょっと眺めてセツはどうするのかなと横目で見ると、少し目を細めて言う。
「ここにはこれ以外特に目立つものはなさそうだし、気になるよね?」
「そうなんだ? まぁ、そう言われると気にはなるけど……小さいから想像の範囲はこえなさそうだけどねぇ」
「少しくらいは身構えた方がいいかも。ネズミとか出てくるかもだし」
「わ……なるほど。そういう覚悟はいるわけね」
というか、入る気満々だね君。
ネズミ出るかもとか言ってるくせに誘われてるのかなというくらい、躊躇なくドアへ進む後ろ姿についていく。入口前の石の階段……とも言えない段差にすでに足かけている。
開けないといけないわけじゃない。
ここには家しかないとわかったなら。
別にこのまま、帰ってもいいはずで。
だけど私たちは、何かに導かれるようにそのドアを開けようとしている——私も止めないのだから。
石の段差つまづかないようにしなきゃな、と思って足をかけた時になにかで汚れたらしい跡が目に入った。なんの跡だろ?
「開けるよ」
その声に足元から目を離して、ドアとセツを見据える。
ガチャリと鳴ったドアは。
いともたやすく簡単に開かれて。
そして——。
「……あ」
これは。
見ちゃいけないやつ、だ。
嗅いではいけない臭い。
そして、それ以前に——。
セツもすぐにバタンとドアを閉じた。
「…………あー。まっずい感じのとこだな」
「……今の惨状、見えたよね」
「はぁ。見たよ。見なかったことにしたいけど」
淡々とした口調の割に、ドアノブを離さないでそのまま立っている。動揺してるとすぐ分かったから、私のお姉ちゃんモードのスイッチが入る。
「誰もいない……と思うけど、危ないからあなたは下がってなさい。一応危なくないか中は確認しなきゃ」
「え、やだよ」
「こら! ドアノブから手を離しなさいよ‼︎」
「だからやだってば。離したら絶対中入るじゃん」
「だからそう言ってるでしょ!」
なんとか離させようとするけど、こ、この! あぁもう! 私より力強いしでも大きくなっちゃってるから全然勝てない! ぬぬー! 昔は勝てたのにっ‼︎
セツははぁーとため息をつくと、こちらを見て「まだ開けるなよ」と言う。そして片手を離し腰に当てて下を向いた。覚悟を決めようとしているらしい。
「なんであんな中、スプラッタな感じになってんの。ホラーゲームかよ」
「いや……全年齢プレイ可能な超健全乙女ゲームの世界だったはずなんですけど……」
「ドキドキのジャンル違いすぎじゃん。今のはどう見てもゾンビが出てくるゲームの光景だったよ」
例えが妙に的確だった。
そういうゲーム好きだったもんね。
まぁ、現実となるとそうはいかないけど。
このままだと暗くなりそうなので、茶化すように努めて明るく声をだす。
「えーとでも、ゾンビは一応いないはず」
「いてたまるか。スケルトン系しか見たことないよ。散々レイの研究と狩りに付き合ってきたから大抵のはわかるけどさ」
「おう……説得力よ……」
プレイヤーだった私よりこの世界のモンスターについては、弟の方が詳しいだろう。なにせ『学プリ』はあくまで恋愛シュミレーションゲーム。メインは恋愛なので!
「でもだからこそ、わかるけどさ」
そこで言葉を切ったセツは、私の方をしっかり見て言った。
「あれは、人間の仕業だよ」
……なんとなくわかってた。
わかってるから引き延ばしている。
本能的に、私たちは恐れたのだ。
「レイほどじゃないけど、近くに来てればオレも魔力をなんとなく感じるくらいはできるから。今人いないのはいないんだけどさ」
「まぁ見た感じ、床埃もかぶってたしね」と聞いて少し安心する。私にはそんなこと気にする余裕も全然なかったので……結果的には、セツがついてきてよかったと言わざるをえない。
セツがいるから強くいられる。
私はお姉ちゃんなんだから。
それだけで私は持ち直せる。
「とりあえずハンカチ持ってるなら……っていうか、そのカッコで入るのはダメだな」
私のドレス姿を流れるように見てそう言う。
でも君もダメだからね?
今日キメキメの一張羅でしょ?
でも私は姉なのでそれを指摘せず、パチンと指をはじいて一時的に服を変えてあげる。学園(FG)の制服だ。これならまぁ、多少は動きやすい。
「あとで戻してあげる。一瞬ジャージにしようか迷ったけど」
「は? 中学の謎に伸びるクソダサジャージ着せようとしてたってこと? この顔に?」
「着たかったらいつでも着せてあげるよ! ほら中確認するんでしょ!」
腕をこづいてせっつけば、不貞腐れた顔のままドアノブを握りなおした。そしてそのまま、全開まで一気にドアを開け放つ。
途端に目に入るのは。
床に落ちて割れて散乱した皿。
折れたり壊れたりしているテーブルセット。
切り裂かれたような謎の跡と布。
そしてなにより、いたるところに飛び散って黒く変色した——大量の液体のシミ。
これが埃っぽく、何かが混ざったような、腐ったような臭いと共に飛び込んできた。……正直入りたくはないけど、確認した方がいい。
「……これ、なにかに襲われたってことかな」
口元を覆いながら中に入る。セツが風魔法を使って換気しているらしく、風の流れと共に多少臭いがマシになっている気がする。
ギシギシと軋む埃で白くなった木の床の上を、足跡をつけながら歩くセツ。テーブルだったものを観察している。
「少なくとも1人は人が死んでる量だと思う。これは助からないな。まぁここ数日の話じゃなさそうだから、どうしようもないけど」
「ほんとに1人?」
「……確定してほしいの?」
それ以上は言わず、歩いて回っている。
まぁ……言われずともわかるよ。
これは1人ではないんじゃないかって。
ジャリっと足元から音がして見ると、ガラスの破片が広がってるなと思ったら。目線を上げると窓ガラスも少し割れていた。
そのまま横に目を向けると、さらに見つけてしまった。
「……これ、子供服じゃないの」
切り裂かれたクローゼットから落ちた服がいくつか見えた。その中には、男物、女物、小さな服、そして靴が片方あるのを見てしまった。
嫌な予感がして、ドアの方を振り返る。
あの血の量は子供の量ではない。
それにしては多すぎると思う。
だけど、入り口で見たあの跡は?
「目的は子供……?」
なんの確証もないのだけれど、なんとなく直感が私にそう告げた気がした。
「どうだか。子供がいたとして生きてるとは限らないんじゃないの、この感じだと。そもそもここがなんのための場所かもわかんないけど」
「そう……だね」
落ちている靴を手に取りながらそう返す。
歩けるくらいの子供。
それでもまだ小さいサイズ。
限られた人だけが入れる場所、誘拐される子供がどこに集められていた所、子供を売る商売、その目的。
こんな残酷なことができる者たちは——いやまだ何も証拠がないな。
目を閉じて頭をふって、一瞬よぎった可能性をふり払う。はやとちりなのは私の悪いクセだから、未確定な点と点を勘でつなぐのはよくない。
「……帰ろう。私たちじゃこれ以上はわからないから。アルたちに今日が終わってから報告しよう」
持っていた靴を元に戻して、そう促した。




