500話 ないものねだり
「ていうか! そんな大変そうなカッコつけ私の前でしなくてもいいよ! めんどいならもう全部光らせたらいいじゃん‼」
「は?」
この先に多分何もないと思いたいけど。
でも何があるかわからないし。
体力も頭脳も温存しとくに越すことない。
な・の・で!
「床も壁も光らせとけば何も問題ナッシング!」
パンッと壁に手を当てると、通路に響く反響が続いている間に全部光るようにしてみた。
「よし! これで明るいから転ばないね! 先まで見えるから便利!」
「……情緒な……」
満足した私とは裏腹に、何故かゲンナリしている弟。どした?
「え、ヒカリゴケ風情あって情緒豊かでしかなくない? ゲーミングPCみたいに七色に輝いたりしないし……」
「……できんの?」
「おすすめはしないよ? 絶対眩しいし。あぁでも電子空間みたいにはなるから、近未来的で面白くはある……?」
「……とりあえず床にコケは滑るからやめたら?」
「お、なるほど頭いい発想〜」
何かを葛藤するように絞り出す助言は、正直その通りだと思ったのですぐに実行した。そしたら、実行したのにため息つかれた。なぜ。
そのままとぼとぼと歩き出すので、追いかけて顔を覗き込むとその目はどこか遠くをみていた。
「……昔さぁ。夏休みの宿題でさぁ、絵の宿題あったじゃん」
「ん? まぁあったね?」
「オレめちゃくちゃ下手くそでさぁ。母親にため息つかれて『お姉ちゃんはうまく描けるのにどうして』って言われたんだよね」
「……しってるけど」
まぁ、私もそこにいたし。
夏休みの宿題は母の見張りつきだったし。
セツは忘れてるみたいだけど。
私もそこで作文してたから、聞いてた。
「あれマジで嫌でさ。まぁ1年でこいつはダメだって気づいたみたいだから、面と向かって言われたのはそれきりだけど」
「……別に、いいのにね。絵なんかどうせ使わないんだから……」
「うん。オレはもう絶対使わないって決めたから、作業ゲーだったけど。あの絵を見るあの人の顔はいまだに思い出すんだけど」
そこで言葉を切ったセツが、こちらを向いた。
「なんか今、すげー思い出しちゃった。格の差っていうか、能力の差を感じて」
今だから聞けた言葉。
今だから言えた言葉。
取りようによっては褒め言葉。
でも癒えかけた傷を掘り返して紡がれたところで、響かないし過去は過去だし。それに。
弟は、わかってない。
「……使ってる魔法自体違うものなんだから、当たり前でしょ。ベクトルの違う話だもん……そーれーにーっ!」
止まってしまったセツの足を動かすべく、背中に回ってその背を押す。地味に体重をこちらにかけてくるけれど、とりあえず歩いてはくれる。
「どう考えても頭いいのはセツなんだから自信もっときなさいよっ! 最後に評価されるのはどれだけ自分の能力を上手く使えるかなんだからっ!」
「いやー闇魔法マジで便利だな。普通に羨ましい」
「いいから普通にあーるーけー! もうっ! なんで私が押さないとあるかないのー!」
「ラクだから」
「理由が小学生!」
押しながら歩く、大きくなった弟の背を見つめてため息が出る。大きくなっても子供だ。
「……オレはさ。くー姉が羨ましかったよ。オレと見えてる世界が違うんだろうなって。だからあんなに賞とかとってたんだろ」
……。
…………。
………………。
バシッッッ!!!!
「いったぁっ⁉︎」
「ちゃんと自分で歩きなさい、もうほとんど大人なんだから!」
「はぁ? ひどくね突然叩くやつある?」
「たそがれてないの! 過去の栄光なんてガラクタなのよ! 第一、ここにきた時点でそんな誰も知らない話引きずってどうすんの!」
少し先を歩いてから、振り返る。背中をさするマヌケな弟が、への字の口をこちらに向けて睨んでくる。
「忘れなさいよそんなの! 私だって忘れてたよ! 誰でも不得意があるのが普通だし、それが絵ってだけなら、むしろ当たりでしょ」
「当たりって何……」
「他のことができない方が致命的なの社会ではね! どうせ絵なんてお金にならないんだから、大体の人には関係ないのよ!」
「はぁ〜母さんみたいなこと言うなよ。ダルいから」
「ほんとたまに似てるよね……」と鬱陶しそうに言われて、私の眉間のシワも濃くなる。まぁ、否定はしないけどさ。
「ていうか私は君の方が羨ましいですけどね! って言ってる間に行き止まりについたけど!」
「んお、でもここ風の通りが……あ、ビンゴ通れる」
通路の行き止まりに、なんの躊躇いもなく手をついて吸い込まれていく弟の腕をあわてて掴む。
「ちょちょちょ! ちょっと! 怖いから急にやめて⁉︎ 私から見たら壁にめり込んでるんだけど⁉︎」
「いやまじこれ多分幻影だから、ほら」
「えっうわっ」
無理やり手首を引っ張られて進んだ先は。
「わ……森……?」
目の前に広がる緑。
ゆるく曲がってどこかに繋がる道。
木々を揺らす風と空気でわかる。
「ここ、山の中だ……」
葉をくすぐるように吹き抜ける風は青と土の香りを含んで、私の頬を撫で髪を揺らした。目の前の光景にほうける私とは別に、セツはあたりを見回して呟く。
「あー……なんか嫌な予感がする」
「え」
「音がない、ここ。生き物の気配がない」
そ、そうなの?
お姉ちゃんわかんないんだけど。
むしろ外出てほっとしちゃってたけど?
それに風もあるし……と思うものの、たしかに鳥の声とかはしないかもしれない。えーほんとだ……? あれ、急に怖くなってきたぞ。
きょろきょろしながら、少し前を歩いたセツは地面に手をついてしゃがむ。
「……なにしてるの?」
「そんな急いでない時は何かに沿わせた方が効率いいんだよ、風魔法はさ。障害物にあたった時の空気の跳ね返りがわかりやすいから」
「な、なるほど?」
「……なんか弱いけど、ここ囲われてんだな」
囲われてるってなに……?
え、高い壁でもあるの?
私には見えないんだけど……。
そうじゃなくて人ならもっとやだなーと思ったけれど。
「何かを閉じ込めてたのか……いや、あの通り道からすると隠れてたのかな。この先の建物に」
「えーと。お姉ちゃんはもう話についてけてないんですけど……」
「まぁ、なんもいないっぽいから大丈夫。とりあえず先を見てみよ」
いやなんも大丈夫じゃないから説明して!!!!
話も置いてけぼりながら、このまま歩き出す弟にも置いてけぼりを食らうわけにもいかないので。さっさと先を進み出してしまうセツを小走りで追いかける。




