499話 生意気で優秀な弟
「でもこれ、どこに繋がってるの?」
テンションが上がったのもつかの間、突然目の前にでてきた洞穴のような空間は明かりもなくて尻込みしてしまう。探検、してみたいけど、でも弟いるしな……。
どうしよう、と隣を見ると目が合った。
「入んないの?」
「いや……戻ってこれるかわかんないなって」
「いまさら躓くのそこかよ」
「むう」
そうはいってもね!
危ないところに連れてけないでしょ!
私一応お姉ちゃんなんだよ‼
それに、だ。
「今日の目的って、探検することじゃなくてパレード見届けることだよね?」
「まぁ」
「そうだよね?」
そう。もともとその予定だったはずだ。
さすがに忘れたりはしない。
私にとっても大事なイベントだし。
けれどじゃあ次いつタイミングがあるかといわれたら怪しい。いくら顔なじみでも、いやむしろ知れわたっているからこそ、私が1人になるのは結構難易度が高い。
「んー……お城の秘密ならアルには聞けないから、シーナに頼む? いやそもそも開けられる人が限られそうだし……」
「悩むくらいなら覗けばいいじゃん」
「ダメに決まってるでしょ。どうせ待っててって言ってもついてくるでしょセツ」
「そんなの当たり前では?」
「私としては我慢を覚えてほしいんですけど?」
首をかしげてくるしぐさとバカなの? と言わんばかりの表情が生意気すぎますけど?
言い聞かせても、今のセツじゃついてくるだろうなというのもわかってる。この子私のことナメてるもんね! それに好奇心も強いし、自分の力を過信しちゃってるきらいもある。
見えない範囲での事故は防ぎようがないけど、私の見える範囲にいるときは未然に防がなきゃならない。
「とにかく。暗いところには準備もなしにつれていけないし」
「明かりありますけど?」
バチバチバチッと、手から電撃を出すセツさん。
「……でも、どのくらい歩くかもわからないし」
「ウインドエリアならマッピングも余裕ですけど?」
「……でもでも、出口の距離もわかんないし」
「あ。そんな遠くないし一本道だわこれ」
「勝手に調べるのやめてもらっていい⁉ ていうかもう入ろうとしてる!」
私の話の腰を折るうえで先に進むのやめろ!
壁に手をつけて中をのぞくのを、焦って服を引っ張り止める。どうすんの罠とかあったら! あんたちゃんと考えてないでしょまったくもう‼
「待ってってばー! どうすんのいきなりここが閉まって首ちょんぱとかされたら!」
「その場合こんな回りくどく入口を作る意味はない」
「もしもを! 考えなさいよ‼」
「考えるだけ余計なことを考える意味ってある?」
「うわー! ムカつく! この人ムカつきます‼」
ムカつきすぎて思わず指さしちゃった!
自分で気づいたから左手でつかんで回収!
それを白けた目で見てくる弟の顔よ!
「はぁ。マッピングする時に怪しいもんとかなんとなくは分かるんだよ」
「はぇ……そうなんだ?」
「うんうん。だからちゃっと行ってちゃっと帰ってくんぞ。どうせパレードは半日やってんのに見れるのなんか一瞬なんだから、確認の時間くらいあるよ」
「⁉ 私の拒否権は⁉」
「オレを見捨てる気がないならそんなもんはない」
「ぬぁ⁉」
ダルそうに説明を終えた弟にぽんっと背を押され、つまずくように中に入ってしまった……いや入っちゃったんですけどっ⁉
びっくりして後ろをふり向くと、弟が踏み入れるのと同時に鏡が戻っていく——え!
「うわぁ! ちょっと! しまっちゃったしまっちゃったうしろうしろ‼」
「落ち着けってば。ドアみたいなもんなんだから、入ったら閉まるのも当たり前でしょ」
「そ、そんなもん……?」
「そうそう。ほら明かりつけてやるから先に行くぞー」
「なぐさめ方が雑‼」
鏡を指さしたら、そのまま腕をひっかけられて奥に引きずるように連れていかれる。誘拐だ!
「ねぇ! ちゃんと女の子に説明しないと勘違いされて嫌われるよっ⁉」
「ふーん。じゃあ相性バッチシじゃん」
「なにが⁉」
「だって『フィーちゃん』は心読めるわけでしょ? オネーサマみたいに勘違いさせなくて済むから気楽でwin-winじゃん」
「なんだこやつ生意気すぎるぞ⁉」
じゃあ他の子は⁉
他の子はどうでもいいと⁉
なんだそれ一途か!!??
「ってだめです! どんな子も勘違いで嫌われたらだめでしょ!」
「いやオレモテるから別に……」
「もう、一発殴っていいかな⁉」
「まぁ殴ってもいいけど、避けるよ?」
「なっ! 殴んないよ! 殴ったことないでしょ⁉」
「自分で殴るって言っといて動揺するなよ……」
「めんどくせぇ……」と小さく聞こえた。それこっちのセリフなんですけど⁉ お姉ちゃんは暴力反対主義で生きてるんですー! いくら君が優秀でも手は出さないんですー‼
暗い道は確かに一本道らしい。床がちょっと濡れているから、どこか外にはつながっているんだろう。ヒールじゃ滑るからなのか、セツは引っかけた腕をエスコートする形のまま保っている。
「……言葉足らずなとこ以外は、優しくていい子なのにね」
「誰の話してる?」
「セツ」
一瞬動きが止まったような気がしたけど、その顔は遠くを見つめたままだった。
「……なんか調子狂うから直球で投げてくんのほんとやめてくんない?」
「ちょっきゅう?」
「あーはいはい。そういうのいらないから。くー姉も余計な一言がなきゃかわいげあんのにね」
「なによ余計な一言って!」
「まんまですけど」
その一言の方がかわいげないでしょ!
だけど私はやさしーーーーいお姉ちゃんですので、飲みこんであげる。他の人だったらケンカになってるんだからね、まったくもう!
「……ねぇところでそれ、どうやって飛ばしてるの?」
「ん? あ、この光?」
暗い中でもこうやって会話して和やか(?)に歩いて進めるのは、さっきからセツが火の玉みたいな光を飛ばしているからだ。手も触れてないのに、消えないから不思議。
「触っちゃだめだからね。死にはしないけど、電気の塊だから」
「赤ちゃんじゃないんだから、うかつに触らないよ……」
「まぁその前に遠ざけるけど」
「だから触らないってば」
「んでこれは簡単なつくりなんだけど」
「無視かい」
突発的に私の声が聞こえない呪いにかかったかな? ってくらい聞いてないのに、最初に聞いたことだけは聞こえてたらしく話してくれる。
「これ自体は雷光だよ。初期魔法の。それをずっと光らせつづけてるんだけど、指ずっとだしとくのめんどいじゃん」
「うん」
「だから座標を固定するために風凪を使って空間に正方形状に固定して」
「うん……?」
なんか話の雲行きが怪しくなってきた。
風凪ってそもそも何級?
ていうか組み合わせて使ってる?
そんな高度なことしてるの?
ただ光の玉持ってるのが面倒だからって理由で……?
「そんで接地面をずらしてもいけそうだったから、小規模の風巻で動く標点にしてるイメージっていうか」
「うん???? わかんないわかんない」
「くー姉数学できなかったもんな」
「うるさいわ偏差値73め!」
「うわなっつ。久々に聞いたわその単語。でもこれたぶん偏差値関係ないけどね」
いや関係あるよ!
そんな頭使って魔法使わないもん!
なんだその頭脳のムダ使い!
【おまけ:セスのヤバさ解説】
使っている魔法は作中で言ってる3つ。
・雷光
→雷の初級未満の初期魔法。通常は一瞬だけ魔力をこめて光らせて目眩しに使う。
技術的には魔力の供給コントロールと精度が高ければ、光の強さや長さを変えることは可能。ただし雷の光なので、手から離せば散って消える。
一応雷光はクリスティアも使えはするレベルの魔法。
呪文を使う場合は「眩ませ雷光」と唱える。
・風凪
→風の上級魔法。いつぞやにフィリアナがサンドイッチ作る時に使っていたりもしたけれど上級。通常は王族のテントなど、守りに使うことが多い。
特定の空間に壁を作るようなイメージで、その空間だけは真空状態となるためものが動かない。もちろん光も動けない。
ただセスはこの特性を使った上で箱状に作った話をしている。はて?
呪文を使う場合は「縫い留めよ風凪」と唱える。
・風巻
→中級魔法。名前が似てるけど風凪とは別の魔法で、風で全てを巻き上げるイメージ。普通に使うとそこそこの大きさになり、人1人くらいは軽々持ち上げられる。
風凪には無効化されるものの、他の空間には風の影響を受けさせるため、風凪で作った箱状の空間は風に巻き上げられる箱の如く宙を舞うことになる。
ただし力や精度を考えないと、どこかに吹っ飛んでいく。セスは小さめにした上で一定の高さを保つように集中して使っている。
呪文は「吹き上がれ風巻」と唱える。
初期魔法の雷光だけならば指から離さないようにしたら、魔力供給を弱めに一定で供給すれば明かりとしての用は済む。
けれどセスはそれが「面倒」だと言って、さらに上級の風凪と中級の風巻を並行して使っている。つまり労力や魔力はどう考えてもこっちの方がかかる。
その上で精度や強さを考えないと光の玉が浮くようにはコントロールできないため、集中力もいる。
とんでもない労力をかけて繊細な魔法を生み出しており、しかもそれを無詠唱で同時使用し、雑談までする様子からどう考えてもカッコつけている。
しかもこれは柔軟性や発想力が求められる応用なので、クリスティアは引いている。でも実力も確か。すごく見えないようにものすごい魔法を使ってる。




