497話 神の御言葉
この場で発言を許されているのは聖女になる者のみ。だから返事ができるのも1人だけ。
「私でございます、アミトゥラーシャ様」
「ふむ……清廉で純真な翳りなき魂。此方の加護を授けるに値する」
「深謝申し上げます……」
あぁフィーちゃんの声が震えてる。
無理もない、このプレッシャーだ。
普通の人なら腰を抜かしてるだろう。
初めて女神様に会った時を思い出す。圧倒的強者が存在するだけで放つ、理不尽なオーラ。その暴力的な空間は、覚悟がない者には言葉を紡ぐことさえ難しい。
とはいえ、お城に出てくるにはアミトゥラーシャ様が大きすぎるから、一応女神様みたいに仮の姿なんだろうとは思う。実物って本気で大きいからね……。
それに女神様より読み取りづらいからなんとなくだけど、機嫌の良い声……な気がする。勘だけど。
なんとなく満足そうな雰囲気のアミトゥラーシャ様は、一呼吸置いてから御言葉を贈られる。
「其方の望むものは易くはない。決して驕ることなく、溺れることなく、揺らぐことなく、真率たれ。清浄潔白、精励恪勤たれば、己が祈りは仁慈の光となりて全てを包み、あまたの魂を掬う救世の裨益となろう」
……いやなんて???
わかんないわかんない!
なんかいいこと言ってるっぽいけど!
えっと多分、「とにかくいい子でいなさいよ。そしたらみんな助けられるよ」って感じのこと言ってるかな……とは思うけど!
後で辞書を引こうにも覚えられる気がしないので、あきらめて頭を垂れておく。
神様たち、人間の前だとノリノリで言葉遣いから変えてくるのやめてくれないかな、怖いから。でも女神様より言い回しが賢そうで神様っぽい……いやこれ怒られるな。
でもフィーちゃんは理解できているのか、「ありがたき御言葉、心得ました」と返事した。これが学力の格差……!
「悪しき陰は祓い、初志貫徹せよ。脆弱たる迷いは光を鈍らせよう。こころせよ」
「謹んで承ります」
ここは私もわかります! 光は闇と反対だからね……闇は葛藤や煩悩なんかでも魔力があがるけど、光の根幹ってブレない真の強さって感じだ。
闇がブレることによる深さなら。
光は芯を持って貫くことの高み。
……そういうとこが眩しいんだよね。
とか思ってたら。
「其処な者とよく助力せよ。さすれば衰滅の機は消散し、天下泰平を保ち光風霽月を得ん」
……うん? 今私のこと言った?
そしてうっかり顔を上げてしまった私……やばっ! そしてしっかりアミトゥラーシャ様と目が合ってしまった〜! あ〜‼︎ もうかんっっぜんに気づかれてるんですけど!
あわてて頭下げても時すでに遅し!
しかもちょっと笑いましたね⁉︎
視界の端に見えましたよ⁉︎
だから不意打ちはやめようって言ったじゃん! いや言ってないけど‼︎ アミトゥラーシャ様も光の神様なら心読めるはずでしょうよー‼︎
「時の波に揉まれし人の子よ。健闘を祈ろう」
私が声にならない声で葛藤してる間にアミトゥラーシャ様はそう告げると、一瞬眩く光ったかと思ったら気配が消えていた。
ところで今のは、フィーちゃんに言ったんだよね?
「……拝受いたします、アミトゥラーシャ様。私フィリアナ・ラナンキュラスは今日この時より、救世済民のために献身することを誓います」
うやうやしく最後に添えたフィーちゃんの言葉で、儀式が終わったことを知らせるラッパの音から始まる演奏が流れはじめる。
それを皮切りに私たちが立ち上がって拍手で迎える花道を、いつの間にか神の涙を手に持ったフィーちゃんが固い表情で歩き出す。あれ、どうしたんだろ?
そう思ってたら視線がこちらを向いた。
その顔は何か言いたげで。
だけど止まれないから、通り過ぎる。
……気のせいかな。私なんかした?
いやしたといえばしたけど。頭上げちゃったけど。でもほんと、それだけだよ? しゃべってないし。……まぁ場合によっては神の怒りを買うこともありえなくも……。
うん、言い訳できない失態だな! ごめん!
でも今アミトゥラーシャ様怒ってなかったよね⁉
フィーちゃんの反応はそういう心配じゃない気がする。
気になるけど、今は聞けないし。どうせお披露目式で会うしな……と思いながら前を向いて、王族に礼……しようとしたら。おやぁ? なんか2人もこっち見てなかったかな?
アルとリリちゃんにいたっては、儀式中——アミトゥラーシャ様が降臨されてからはは私たちと同じく顔を下げてたはず。なので、盗み見でもしなければ私の失態も目撃できないはず。
……なんだけどなぁ?
うーん! 気のせいだといいなぁ!
なんかいけないことバレた気分だなー!
全然思い当たらないんだけど‼︎
わからないながらもいやーな予感と冷や汗をかきながら、聖女就任の儀は一旦幕を閉じたのだった。
【この場面の豆知識】
Q.アミトゥラーシャは結局なんて言ってたの?
A.ちゃんとした御言葉の意訳はこちら。
「あなたの望むものは簡単ではない。けして慢心せず、欲におぼれず、決めたらゆらがず、心清らかに後ろめたいことなく一生懸命真面目に働けば、あなたの祈りはいつくしみと恵みの光となってすべてを包み、たくさんの魂をすくいあげ、この世を助ける役に立つでしょう」
「他の人に差す悪い陰(悲しみや病、怪我など)をはらって、最初に心に決めたことを貫きなさい。心の弱さからくる迷いは光を弱らせるので気をつけなさい」
「そこにいるものと協力しなさい。そうすれば滅びの運命は消えて、平和を保ち悩みなく心穏やかにいられるでしょう」
普通こういう時の光は比喩だけども、この世界に限っては物理(魔力や魔法)です。直接的な力の強さの話です。この世界の神様たち全体的に言えるけれども力が正義みたいなとこあると思う。(ただしあくまで神は)
Q.光風霽月とは
A.雨上がりの空を言葉にしたもので、あたたかな日差しの中爽やかに吹く風と、雨上がりに澄み切った空から綺麗な月が見えるという情景のこと。
そこから転じて、心にわだかまりがないこと。一部治った世のことにも使うそう。
光と雨雲(雷)が入っててアミトゥラーシャが好きそう。(作者偏見)
自分が雷の神様なので、それが去ることを肯定的にとらえている。
人間の世界に降りる=平和とか癒しの力を望まれる=人間が困ってる世界ということなので。
あとはあんまりないけど、神罰を下す時には降りることがある。神様的には人のことを想えばこそ降りたくない、みたいな一種の優しさがある。
神様たちはそれぞれの視点から、違うベクトルの優しさのようなものを人間に向けてたりする。ただしそれをどう感じるかは人間次第。