495話 嘘の力
女神様にも釘を刺されたけれど、私はちょっとした心の機微で揺れてまだ予知や預言をコントロールできていない。だからこそ防衛のため無自覚に、そういうことから遠ざける選択をとっていたかもと気づいてしまった。
……いらない閃きは封印しておきたい。
自分の首を絞めるだけだから。
せめて忘れとこうと、思ったら。
「おや。やっと戻ってきました?」
「ア、アル⁉」
「ご機嫌ようまどろみのお姫様。今度はどこに誘われていたんでしょう? 君は気を抜くとすぐ意識がさらわれてしまうから困りますね」
目の前に綺麗なイエローダイヤが、っていうかいつの間にか覆いにしてた方の手を握られてる! フィーちゃんはいない! あれぇ⁉
「白昼夢から戻ってこれるように捕まえておきました」
「もう起きた! もう起きたよ‼」
「でも捕まえておかないと逃げるでしょう?」
「逃げない! 謝る! っていうか、アルはなんかしに来たんじゃないの⁉」
話をうながすと、手を離してはくれないものの目的は話してくれた。
「フィリアナ嬢の様子を確認しに来たんですよ。1人で隔離されて緊張しているでしょうから……君たちのように脱走しない限りは家族も誰も会えませんし」
「ご、ごめんなさい……」
「まぁ今回は大目に見ましょう。良かったですね、見つかったのが私で。それともティアの魔法で切り抜けるつもりだったんでしょうか?」
「それはうちの弟に聞いてほしい……」
「ははは、そうですね。どう転んでもうまくいって怒られず喜ばれる——セスは策略上手ですね?」
まぁ、上手くはあるのかもね。
私の弟とは思えないくらい賢くて。
しかもちゃっかりしてるから!
すぐそこで楽しそうに笑う2人の様子を見て、はぁダシに使われてもしょうがないか……と思った。
「大方、君を連れてきたメインは私への対策でしょうけど」
「え? アルの?」
「まんまと機嫌を取られていますからね」
「んん? どこで……?」
首をひねるとくすりと笑ったアルは穏やかに微笑んで告げる。
「可愛らしいのも良いですが……今日のような姿も素敵だと思いますよ。星空を切り取ったら、君の姿をしているのでしょうね」
「……普通にドレスきれいだねっていって。心臓に悪いから」
はいはい! 今日のドレスが黒から青というか。裾にいくほど白みがかって淡くなる、きらきらグラデーションのドレスだからね!
私がデザインしたものだけど、露出はそんなになくてもシルエットが大人っぽいのだ。
それをこんなに思わせぶりに言われると!
社交辞令でも照れるよ!
テーマが伝わってよかったけどね⁉
アルはいつもは百合だけだから隣にあるのが気になったのか。指で頬をかすめたあと、髪飾りにした我が家の花シンビジウムの黄色い花にふれた。
「ん、崩れてた?」
「いえ。綺麗に並んでますよ」
「そう、よかった。家門の花が台無しじゃ人前に出られないからね」
正式な場に参加する時こそ、この世界では花は重要。今日はみんな家門の花や花言葉にこだわって身に着けている。
身に着けられるようわざわざ大きさを改良したりしてるし……私のところにも生花のサイズ調整の依頼が来たりした。
これが意外とお小遣い稼ぎになる。
闇使いって貴重だからね。
でも私には超簡単なこと。
お城にはお抱えの人たちがいるらしいけど、交渉するのは簡単じゃない。
貴族がモチーフで満足せず生花にこだわるのは、技術力や財力、横の繋がりをひそかに主張する意味なんかもあるらしい。
そう考えると私がアルからもらったカサブランカも、花そのものだけでなく王家の威信がかかってたものだったんだなぁと思う。
……まぁ、私がよくわからない物体にしてしまったけど。
アルがふれていたシンビジウムに指をのばすと、おのずとカサブランカの花弁にもふれる。うーん、やっぱり今日も今日とてさわり心地が変!
「セツ! そろそろ戻るよ!」
切りかえて呼び戻すと、セツは名残惜しそうに「あぁ、そんな時間か」と戻ってくる。
私はアルの腕をちょんと突くと、肩をすくめて手を放してくれた。なので最後にフィーちゃんに駆けよって手を握る。
「緊張しすぎないでね。フィーちゃんなら大丈夫だから! この預言師様が断言してあげるっ!」
ま、私は知ってますのでね! だからこそ胸を張って言い切れば、まん丸に見開かれた大きな目がゆっくり弧を描いた。
「ふふっなら大丈夫そう、かな?」
「そうそう! もし転んでも私が誤魔化してあげるし!」
「じゃあ安心かも?」
「嘘じゃないよ? だからドーンと構えておけばいいの!」
「ふふふっありがとう」
すでに最初より表情は和らいでいたけれど、少し笑ってくれたし肩の力は抜けたかなと思う。
ま、この励ましは無意味だけどね。
失敗しないのは決まった未来だし。
でもそれと気持ちって別だ。
闇使いの感じ方と他の人は違うから、だからこそ無意味な嘘も意味を持つ。
「うわーずるー。最後に全部持ってく?」
「うるさいわ。ここに私を連れてきたのはセツよ」
ぶつくさ文句言う弟の腕を引っ張って、手を振りながら私たちは退却した。




