494話 ビジュアルの暴力
「わ、私お邪魔そうだし、ここらへんでお暇を……」
「まって! 待ってください‼ 帰らないでリスティちゃん! 私をおいてかないでっ‼」
飛び出してきたフィーちゃんにがしっと腕をつかまれた。必死そうに見上げてくるマンダリンガーネットの瞳が、うるうるで効果は抜群です。数々の攻略キャラたちを陥落させてきた攻撃が私を襲う!
これで落ちない人いるんですか?
いやいまい……じゃないよ!
これはフィーちゃんのためでもあるの!
「やだよっ! 私はまだ馬にけられたくない!」
「いや帰るなよ。なんのために連れてきたと思ってんの?」
「いやむしろなんで私連れてこられたの! 絶対いらなかったよ! この気まずさがお主にわかるか⁉」
「いつもの逆だな」
「⁉ まるで私がいつもいちゃついてるような言いざま⁉」
「そうだろ」
そ……そんなことない、よね⁉
えっだって君たちは無自覚両思いだからいちゃついても問題ないけど、アルは私のことからかってるだけなんだよ! 一応婚約者だしドSだからわからないかもしれないけど!
そう——それに私が勝手にドキドキしちゃってるだけで!
「あれっそうなるとつまり私が悪い……⁉」
「何が悪いんでしょう?」
「だから私とアルが——ってアルゥ⁉」
後ろからかけられた声に振り向いたら、そこには噂の主がいた。
美しいブロンドの髪が片方、かきあげるように整えられて。その洋装はというと上下が黒白でメリハリが効いていて、金糸飾りや大綬章やマントがこれでもかとその美貌を引き立てている。
大きなイベントじゃないと見られない最上級のビジュを不意打ちで食らってしまい、圧倒される——。
う~~~~わぁ~~~~!
生の式典スタイルの破壊力よ!
やっっっっっっばい!!!!
これ以上の致死量過剰摂取を避けるため、あわてて目を覆って下を向く。見てもいけないし見られてもまずい顔をしている自信しかない。いきなりはダメでしょ!
「それで、なんで君たちはここにいるんでしょう……ティア?」
「あっちょ、ちょ、ちょっと待って今ムリ。目が焼けてしまったから」
「目が焼けて……?」
「あ……あの、殿下! すみません! 私が心細くて呼んでしまって……」
「いえ、フィリアナ嬢が呼んでいないことは心の読めない私でもわかりますのでお気になさらず。となると……貴方ですかセス」
「お、一発でバレた」
見てないけど、うちの弟に注意がいった気がしたのですすすーと後ずさ……れない⁉ まだがっしりつかまれてた! フィーちゃん⁉
「1人だけ逃げるなんてずるいっ! 道ずれにします‼」
「絶対に主人公から聞きたくないランキング1位のセリフ⁉ ていうか本来私はここにいるべきじゃないのよ!」
「……ティアは珍しく巻き込まれただけのようですね」
「珍しくってなによ⁉」
言いかえそうと振りむいてしまい自爆した。こ、これは目に入れてはいけない劇物! あわててまぶしいものを避けるように手でさえぎる。
「なぜ目元を隠すんですか?」
「ちょっと本気で今日近づかないでもらっていいですか⁉」
「……何故でしょうか?」
「ねぇ声がわかってる声してる!」
からかってるときの含みのある声色は、彼のご機嫌のしるしだ。もう散々聞いてきたからわかる。悪い顔してる楽しそうに笑ってるって。
からかうような声だけなら学プリ内でも、悪役追放の時がわかりやすく聞けるけれど——あの声はひどく冷たくて残酷さを含んでいるから全然違う。
まぁあのボイスが好きなファンも一定層いるのだけれど、あれが自分に向けられるのはもう耐えられないというか、考えたくないかも。
だってもう知ってしまったから。
この声の温かさとまなざしの柔らかさを。
それが目の前にあるのが日常になったから。
「顔も合わせてもらえないのは悲しいですよ?」
ほら全然悲しそうじゃない声でそんなこと言う。もう表情の想像までつくほど一緒にいるけれど——今日アルがここにいるのが学プリと同じ理由なら、フィーちゃんに会いに来たから……なんだよね。
そう、この状態は好感度イベントの行動と被るのだ。
もちろんここはゲームではない……それはもうわかってるけど。製作者が見た予知がゲームという形になったなら、あれはあったはずの未来ではあるから無視もできない。
聖女就任の儀の前には、好感度の一番高いキャラが主人公の前にお忍びで現れる。
これは学プリで好感度パラメーターには映らない部分の好感度が最高時に起こるイベント。エンディング以外に完全クリアに必須のスチルの開放に関わる、プレイヤー的には大事なシーンだ。
学プリはイベントスチルを全開放する——つまり全キャラの3つのエンディングのほか、好感度MAXでないと見れないスチルも網羅することで開放される隠れキャラがいる。
そう、完全に周回ゲーです。
そこも推せたんだけどね?
でも私はその開放ができなかった。
いや正確には開放はしたけど、隠れキャラの攻略ルートにたどり着けなかった、が正しい。まぁ私のイチオシがレイ君ルートだったので満足してたのもあるし、攻略が難しいのにサイトをしっかり見なかったせいもあるし。
あと……手が付けられなくなっちゃったせいもある、けど。
まぁそれでも、私はアルバートルートは全部知っている——だからこそここに来るという発想が、私にはなかったのかもしれない。
運命とか、そういうものを考えたくなかったから。
無意識の意識は、自覚してしまえばもう表に現れてしまう。私があまり闇魔法を使わないのは、怖いから避けているのもあるのは否定できない。
——意識してしまえば、無意識に予知をしかねないから。
お知らせ:288話あたりを修正しました!感じ方が変わるかもしれないので念のためお伝えしておきます。
次回更新は3/22の15時頃を予定しています。




