49話 飼い主が迎えに来ました
暫く何もしないで、ただ丘の上からフィーちゃんの消えていった、屋台の列を眺めていた。
少し時間がたった頃。
不自然なほど厚着、というか黒いフードマントを着た子供が、凄い勢いで走っているのが見えた。
最初は暑くないのかな? 今夏だけど、と思っていただけだったが……なんだろう、変だ。
フード、あの勢いなら取れるよね?
というかそれより、こっちに来てる?
「いや、でもあれはセツじゃない……」
屋台の列から外れて見えなくなったあたりで、本来なら、そこから違う所に行ったことも考えるが、何故かこちらに来る事を確信していた。
「誰だろ? まさかブランとか?」
ブランは確かに頼れるお兄ちゃんだ。
でも、私の場合はクリスティア時代に迷子になったとき、見つけられてめちゃくちゃ怒った記憶がある。1人で帰れたと。だから来ない気がする。
折角来てくれたのに怒るなんて、クリスティアは意地っ張りだよね。
ヴィンスはまだ仲良くなったばかり。
来るはずもない。
王子はありえない。
だってそんな事になったら、首が今すぐとぶ。
もちろん私の!
あれ、知り合い居なくなっちゃったんですけど。
「見間違いかなぁ?」
「誰が見間違いなんですか?」
「へ⁉︎」
背後からの突然の声に驚く。
慌てて振り向くと……。
「あ、アルバート様⁉︎」
ありのままを話そう。
アルバート王子が、浮いてた。
ちょっと何を言ってるのか分からないと思うけど、私も分からない。
「私はいつまでも帰らない、君を待っていたのですけれど……」
そう言いながら、その視線は私から外れて、芝生の上に移る。
……え、何見てるの?
「君は随分、お楽しみだったようですね?」
「……え、えっと……」
ぎぎぎぎ、と古びたブリキのように首を動かしてその視線を追うと……。
あ。溶けかけの氷のコップ。
しかも2つ。
…………。
あああああやってしまったぁあああ‼︎
ヤバい! これはヤバい‼︎
いや! 待たせていたこともなんだけど!
それ以上にコップがヤバい‼︎
なんでって!
こんなの屋台にないもん!
私が作ったのもろバレな上に、もう1人相手がいた事も、魔術を見せただろうこ事バレてます‼︎
完全犯罪失敗したんですが⁉︎
そして一番マズいのは!
相手を追求されても私は言えない‼︎
いや言えないよ! 未来の貴方の運命の人ですとか! じゃあ会おうって言われたらフラグがね⁉︎
今は会っちゃいけないじゃん絶対‼︎
何のために私頑張ったのよってなるじゃん!
だって王子来るとか聞いてないじゃん!
何でいるの! ……っていうか!
「あ、危ないのに何故お一人で来られたのです⁉︎」
そう、冷静になろう?
一番マズいのそこじゃなかったって。
さっき思ったばっかじゃん……来たら首がとぶ。
さようなら私の人生。完。
「君を探せるのが私だけだからですけど?」
にっこにっこしながら……それはそれはにっこりしながら……王子が地上に降り立ちましたーー怖すぎ!
え⁉︎ なんか炎見えません⁉︎
幻覚⁉︎ 幻覚見えるくらい怒ってます?
敬語取れてますもんね! 怒ってますね‼︎
もう靡く黒いフードも相まって、ド迫力! あれ? 王子じゃなくてラスボスの間違いかな?
徐々に距離を詰められ、ジリジリと追い詰められる私。もう、後がない。
気分はサスペンス劇場……じゃなくて!
そうそう、落ち着こう?
まずは、礼儀よ。
大事よここ。
間違えた時は、反省を態度で示すーー。
「ごめんなさぁああぁああああい‼︎」
そして私は綺麗な土下座を決め込んだ。
「……それは、なんですか?」
頭を地面に付けて、平伏す私の頭上から声がする。
「日本という国の、最も反省の意を示す時に用いられるお辞儀です……」
「日本? 聞いたことない国ですね……」
「わ、私も知識でしか知らないです、遠い国です……」
嘘はついてないぞー!
知識でしか知らないのは土下座の事で、遠い国はもう多分次元すら違いそうだから、間違ってないぞー!
そう、これが生まれて初めての土下座です……。
私の初めてをあげますので、っといかんいかん脱線する。
「あの、セツ…セスも知ってるので、嘘ではないです……」
「そうですか……私も勉強不足ですね」
いやいやいや!
王子は十分過ぎるほど知識あるから!
ていうかここにはない国だからごめん!
「……とにかく、顔をあげてください。これでは話もできないですし……」
お許しが出たので、顔をゆっくりと上げた。
まだ怒ってるかな? どうかな怖いな、と思っていたのだけど、そこには怒るというより心配そうなアルバート王子の顔があった。
ち、近い。思ったより近い。
「あぁ……土がついてしまって……」
そう言って私の前髪に触れて持ち上げ……おでこをサラリと……って何事⁉︎
「赤くなってる。こんな、地面に頭なんて付けるから」
ムッとした表情でそう言う。
えー……あれ私の最大級の謝罪なんです……。
やっぱり土下座無い文化だと、伝わらない?
何がダメだったのか、いや最初からダメなんですけど、王子は悲しそうに目を閉じて「私は水の魔力がないので冷やせません」と言った。
え、そこ?
本当に心配してくれただけ?
「あ、あの……水場なら、あそこにあります……」
なんかショック受けちゃってるから、どうしようか迷ったけど、指で差しながら水場を教えた。
「あぁよかった。では一緒に行きましょう……立てますか?」
そう言って心配そうに、私に手を差し出してくれる様は正にザ・王子。
はー、これはみんなトキメいちゃうね……。
いえ、反省してますよ!
私が手を取るのは、今の立場的にも躊躇われるんですが、そのまま放置なんてさらにもってのほか。
なので、手を借りて立ち上がる。
てっきりそれだけだと思ったのに、そのまま手を握られて連れて行かれる。
「あの、私歩けますよ?」
「何言ってるんですか? 逃げないようにですよ」
私の方を見ないで、そう王子は返した。
あ、はい。ソウデスヨネー。
私の頭の中でリード付けてないとすぐ脱走する犬と、必死に追いかける飼い主の映像が浮かんだ……その犬、私なんですね。なんかすみません……。




