490話 混沌の形は行動で
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話が終わって、私はなんて声をかけるのが正しいのかわからなかった。
ヴィンスの話に隠れて、私の知らない世界の恐ろしい話を聞いてしまったというのだけはわかった。……はー! この世界乙女ゲームの世界じゃないの⁉ いや、厳密にはちょっと違うの知ってるけどさぁ!
にしても闇深くない⁉
救いはどこに⁉
もうちょっと優しい世界にならないの⁉
話を聞いて見当がついてしまった。アルをコントロールしようとした人。身近にいて、ネグリジェ(パジャマ)で逃げ出さないといけない存在——それはつまり。
核心の答えをくれたのはリリちゃんだった。
「ヴィンセントを褒めるのは癪ですけれど、お兄様も……間接的に私も助かったようなものですの。私の時の乳母選びは慎重になりましたし、教師も分けましたわ」
「それは本当に良かったと思っています。子供を恐怖で調教してしまえば、あとになっても影響を残せる——話自体は、よくある話ですけれどね」
「よく……あるんだ……」
よくあってたまるか、と思うんですが。
だけど、アルはさらっと語る。
「歴史上は。特にフィンセントの場合血の影響か、王族が一妻を望むことが多いので……まぁそういう取り入り方が難しいとなると、こちらの手段の方が現実的ですから」
女神さまの血が濃いから、王族は愛情深い。
そして執着が強い。
だからこそ王妃は大抵ひとりだけ。
欲深くも国を支配することを望むなら、方法は限られてくる。反乱を起こすか、そっと近づいて王もしくはその周りを操るか——まぁ、そのうちの1つの方法がそれという話。
それはわかる。
わかるけど……心がついていかない!
理解と納得は別なのよ……‼
今のアルの周りには理解者がいるように見える。私はそれを今まで、どこか当然のように思ってきた。
優しいイケメンな王子様で、ゲームの中でもメイン攻略者で、恵まれているからって……思っていなかったと言ったら嘘になる。
でも、そうじゃないのだろう。
これは全部、彼の努力の結果なのだろう。
私はわかってたつもりで、わかってなかった。
表面しか見られていなかったのかなと思うと、愕然とする。黙ってしまった私の気をそらすように、リリちゃんはため息を吐いた。
「はぁ……国王陛下はなんだかんだ情にお厚いですの。だから私はその生贄にされてしまって気に食わないのですけれども」
「ローザ家は文句のつけようもないくらいには、いい縁談先だと思いますけれどね」
「私はお兄様も盾に取られて不満しかないのですけれど……だからせめてお姉様のために利用してやりましたけれど」
なるほど……。リリちゃんたち、半分私たちみたいな理由があったのね。うちの場合は表向きお父さんの功績の結果の婚約、ほんとは監視のためって感じだったけど。
もしかしたら、半分は本気でおっしゃってくださったのかもしれない。そんなことを、あの日小さな私にやさしく声をかけられた様子を思い出しながら思った。
……なんかちょっと罪悪感があるな。
私はまだ、婚約破棄してもらう気でいる。
その方がアルのためだと思うから。
でもいろんな人の気持ちの上に私の気持ちまで混ざって、ぼやけてゆらぎそうになる——なんで解消しなきゃいけないんだっけ? このままでもいいんじゃない? って。
ああでも私じゃ、その資格も、未来を見ることも——。
「ティア?」
思考の霧を切り裂くような声に、はっと我に返った。
「あ、ごめん……」
「いえ……大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ……」
……って立場が違うでしょ!
なんで経験したわけでもない私が気をつかわせてるの! もーばかばか! ちゃんとしなさい私、今は目の前のアルが大事でしょうよ!!!!
「う~んちがうの! これが言いたいんじゃないのよ‼」
「ええと……?」
「ああ困惑させてる! 失敗してる‼」
「お姉様、全部出てますの……」
えーん全部出てるらしいのに言葉が出てこない! 言いたいことあると思うのにまとまらない! どうしてこういう時にかっこよく決められないかなー⁉
子供のころの嫌な話させてごめんね?
ヴィンスとのエピソード微笑ましいね?
でも話してくれたのは嬉しいよ?
なんかなんか……全部そうだけどそうじゃないでしょう! 思ってるけど、口にしてしまうにはどこかずれがあるような。さっきから口を開けては閉じる金魚みたいなことをしている。
捕まえられない言葉とともに視線も泳がせていたら、目が合ったお姫様がにやりと笑った。
「お姉様……悩むより行動ですのよ」
「え?」
「正解はこうですの! 私は、賢くて優しい私のお兄様がだーいすきですのよ!」
そう言うなり突然リリちゃんはがばっとアルの腕に絡みついた。は、早業……! その顔には大好きと書いてあるのがよくわかるようで、抱きつかれているアルもまんざらでもなさそう。
「ふふ、まぁ悪い気はしないですね」
「当然ですわ! 私のハグは万人を幸せにする千金の価値がありますもの!」
自己肯定感が高い……!
仲睦まじく微笑ましい美男美女兄妹に圧倒されながら、うらやましくも思う。うちだと考えられない。抱きつくのも抱きつかれるのも、絶対嫌がられる自信ならある……。
目の前の光景をどこか別世界のように眺めていたら、振り向いたブルーダイヤが期待に満ちてきらりと光る。
「さぁお姉様も!」
「……へ?」
「お姉様もハグを!」
「えぇぇ⁉ 私もするの!!??」
「ハグでお兄様を幸せにするんですのよ!」
ハグで幸せに⁉
私のでなりますかね⁉
リリちゃんのハグはわかるけどさぁ!