487話 パジャマの天使?
「あれは初夏のことですね。そのころは怒られてばかりで嫌気が差してしまい、私は部屋をこっそり抜け出したんです」
立ち話もなんだからといつもの応接室に来て、メイドさんたちが紅茶を用意して下がっていった。向かいに座ったアルはなんでもない雑談のように話し始めるけれど、結構大ごとな話のような気がする。
リリちゃんはというと、大人しくアルの隣に座ってお茶菓子を食べていた。
「アルでも怒られるとかあるんだね……」
「ありますよ、私も人間ですから。まぁ、その時怒っていた人間は私をコントロールしたいだけでしたが」
「え?」
嫌な予感に表情がゆがむ私に、アルはさらりとなんでもなさそうに言いながら優雅に紅茶に口を付けて微笑む。
「詳しいことは、先に話をしてしまってからにしましょうか。そんなわけで抜け出した私はそれでもそこそこ優秀でしたから、意外と逃げ切れてしまいましてね」
「……魔法を使ってたってこと?」
「ええ。風魔法だけでも気配を消したり、素早く動いたり、屋根の上にも乗れますからね。逃げるには便利でしょう?」
さっきの言葉がひっかかるけど、リリちゃんの悩みも解決しなきゃいけない。ひとまず話を聞こうと思って、乾いた口の中に疑問と一緒に紅茶を流しこんで飲んだ。
それにしても。私と会う前の話をしているなら、その時のアルって4、5才だよね? ……やっぱりそこそこどころじゃない優秀さな気がする。下手な大人よりやっかいな追いかけっこになりそうだなぁ。
「リリちゃん、あなたのお兄さん次元の違う話をしてるわね……」
「? 少し早いかもしれないですけれど、そのくらいの歳なら私も風魔法はできましたのよ? 一番簡単ですもの」
「ん~話を振る相手をまちがえたなぁ?」
「ティアが闇魔法を私に見せてくれた時の歳と変わらないと思いますよ?」
「いや私は特殊っていうか……はぁどうしようツッコミがいない!」
私は転生者だからだよ!!!!
君たちは人生1周目でしょ!
普通の基準が狂ってませんかっ⁉
……でもブランとかとかくれんぼしたときとか、風魔法使ってたっけ? あれいつの話? ていうかそれも優秀なだけではって感じだし、しかも確実に4、5才の話じゃないから……ああもう!
子供の成長がいくらはやいっていっても、君たち王族兄妹は別格じゃない⁉
そんな叫びを、お菓子を口に詰めこむことで声に出さないことに成功した。口を開いたら文句しか出ない自信がある。世の中って不平等だ……。
「まぁ王族はもともと、魔力の発現が早いんです。神の血が濃いので」
「それはまぁ、そうなのかもしれないけど……」
「ですらそのように逃げていたら、たまたま廊下で親を振り切ったらしいヴィスに出会ったんです」
「ヴィンスはヴィンスで何してるの……」
「あの頃の彼はやんちゃでしたから。よくあることでしたね」
「よくあったらダメじゃない?」
ま~~~~初めて会ったころのあの感じを思いだすと、逃げそうではあるけど。
アルとは別ベクトルで大人びていて、でも子供だから、反抗して簡単に人に迷惑をかけてしまえる感じ。……でもやっぱり子供だから、ちょっと素直でかわいかったよね。
「それでその時の私は、その、ネグリジェのままだったので……」
「……うん? つまり……?」
「お姉様、私のネグリジェはご覧になったと思いますけれど……子供に決定権はありませんのよ。あれよりフリルがフリッフリですの」
「フリルがフリッフリ」
「大人だと履くズボンも、子供用にはないときもありますの。とくにお兄様はこのお顔でしょう? 子供のときなんて天使以外の何者でもないでしょう?」
それリリちゃんが言うんだ、というかんじもするけど異論はないのでこくこくとうなずく。
「おまけに子供は髪を伸ばしていたりもする……つまり!」
リリちゃんはダンッとテーブルに手もついて前のめりに勢い良く立ち上がる!
「浮遊しながら現れたお兄様のお姿は!」
「か、完璧で究極の美幼女天使だ~~~~~!!!!」
つられて立ち上がった私とリリちゃんは、手をつないできゃっきゃと盛り上がる。え、最高じゃない? 合法ロリ(男の子)ってことでしょう、しかもかわいいのはお墨付きで! はー私も拝みたかった……!
「え、ちょ、写真、写真ないのっ⁉」
「シャシン?」
「あ、えーと、ちがうね! その、絵画とか⁉」
「ネグリジェの姿は……でもお兄様のお髪の長いお姿の絵画はあったはずですの」
「わっ見たいみたい! どこにあるの⁉」
「こほん……盛り上がっているところ水を差すようですが、話が終わってませんよ?」
その声ではっと我に返る。ご本人様のことが今だけすっぽり抜けていた。リリちゃんから手を放して、座りなおして宣言する。
「いやでもさぁ、もうこれはヴィンス悪くないよ。大方、女の子と間違えてアルを口説いちゃったってところでしょ? それは私だって口説くよ多分」
「おや、これは。私は口説かれたことがありませんが……ティアは女の子の方がお好きなんですか?」
「え……ちょっと、なんで怒ってるの」
「お姉様……お兄様と婚約破棄して私に乗り換えてもいいですわよ!」
「うん、話をややこしくしないでねリリちゃん」
にっこにっこで詰めてくるお兄さんときゅるるんフェイスで私をさらに死地に追い込もうとする妹さん。変なタッグを組まないでほしい。私はあくまで面食い仲間に同意しただけなのに!
「もー、変にチャチャ入れたことは謝るから! 話の腰をお茶ってごめんね? ボーイミーツガールした後の話を聞かせて!」
「どっちも男ですけれどね……」
「まぁまぁ。そこから親友になるわけでしょ? それはそれでドラマチックだよね!」
学プリでだって聞いたことのない2人の過去話、興味がないわけない——ただアルの女の子姿にあらがえない魅力が合って話がそれただけですからね!
「むぅ……私がもっと早く生まれていれば絶対に割り込みますのに……」
「リリちゃん、嫉妬が変な方向に行ってるよ」
お兄ちゃんっ子をこじらせた隣の妹姫がちょっとあれな形相だけれど。なんとかなだめつつ、私はアルの話を待った。
お待たせして申し訳ありません。
体調崩しているので少し更新頻度落ちます。




