485話 困った子犬
「……でもよく考えたのですが」
「えっアルもまだ検討中だったのっ⁉」
「やっぱりもったいないと思うんです」
「ムシ⁉ 私の発言を無視した上で人権も無視⁉」
思わず振りかえれば、私の肩越しに憂いと寂しさを漂わせる美しいお顔と対面した。う、麗し……いやダマされるなっ! こんなにキラキラしてるけど、話してる内容首ちょんぱの話だよ⁉
「首を切り離してしまったら、こんなに愛らしくきゃんきゃん子犬のように吠えてくれることもなくなってしまいますし……」
「おっと雲行きがあやしい、逃げよう」
「こんなにか弱い力で抵抗しようとするところも見られなくなってしまいますし……」
「ふんぬぬぬぬぬ! ぬけられない! なんで! こんな! 憂い顔しながら力あるのぉぉぉ‼」
「逃げても無駄なんですから、逃げなければいいのに……」
「逃げるよ! 命の危機を感じるもんんんん!!!!」
さてはこやつ楽しんでおるなっ⁉
こんな方向でドSを披露しないでいただいても⁉
真剣に困ってる人で遊ばないでくださいます⁉
それでもまだ頑張ってたら、くすくす笑う声がして腰ごと引きよせられた。いきなりでたたらを踏んでよろけたら、そのままごんとアルの胸に頭がぶつかった。
「わっごめんぶつかっちゃった‼ 大丈夫⁉」
「……最初に心配するのはそこなんですか?」
「え、だって頭ぶつかったら痛いでしょ?」
あわてて見上げてると、まるで小さな子供が新しいものを見たように丸い目をして不思議そうにしていた。痛さを自覚していないとか? でもさすろうにも場所が場所だし……捕まっているこの状態では何もできない。チラチラ見てみるけど、服の上だしよくわからない。た、多分大丈夫そう……?
そんなことをやっていたら、また頭の上からくすくすと笑う声がした。
「……何がそんなに面白いの。もー。こっちは心配してたのに……」
「あぁいえ、それは大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「じゃあなんで笑ってるんでしょうか」
「怒らないでくださいよ……君はそんなだから、捕まってしまうんですよ?」
どういう意味でしょうか。遺憾の意!
口をへの字に曲げて抗議していたら、捕まったままの手首をさすられた。ん? と思ってみたら、抵抗しまくったせいで赤くなってしまっていたらしい。あら、気づかなかったな。
「やりすぎましたね……」
「そうです! 反省してください!」
「もっと早く腕の中に収めてしまうべきでした」
「私の期待してた回答とちがう……!」
そんなこと言ってる間に手首が冷たくなってきたから、どうも気にして冷やしてくれてるらしい。気持ちいいけど、そこまでしなくても大丈夫だけどなぁ。
「……痛くないから大丈夫だよ?」
「そういうわけには……ティアは自分の痛みに鈍感すぎではありませんか?」
「あは、それさっき私もアルに思ったからお互い様だね」
近くにいると、考えが似てくるのかな?
そうだったらうれしいのになぁ。
……いや、アルに限ってそれはないか。
影響を受けているのはきっと私の方なんだろう。アルは気が回るから、そこまで背伸びしなくていい気がして……いろいろと錯覚してしまいそうになる。こういうのが、よくないんだろうけど。
だけど心配してくれているのは本当だから、なんだか面白くて笑ってしまう。
「……はぁ。嬉しいですが、君は自分のことを後回しにするところを直すべきだと思います」
「えー? そんなことないけど。アルもじゃない?」
「ありますよ。それと、私はもっと自分の欲に忠実です。君よりもね」
そんなことないと思うけど……。
アルはいつだって王になる者の意識がある。
自分勝手にやってる私とは違うと思う。
私は……結局、私の小さな居心地のいい世界を守りたいだけ。それだけが大切で、私が頑張れる範囲でしか頑張らない。だけど私の限界はたかが知れてるから、それすらうまくいかないときもあってもどかしい。
もっと……もっと、ねぇ。
これも強欲のひとつか。
自分に高望みしすぎているのか。
さっさとあきらめてしまえたら楽なのにな。
「……お兄様ばっかりずるいですのよ」
ぬっと、目の前に壊れていたリリちゃんが正気になって迫ってきた。よかった戻って!
「私もお姉様にぎゅーってしたいですの! 」
「おや。首だけ飼うつもりだったなら身体はいらないのでは?」
「む⁉ 意地悪を言いましたわね⁉ 元はといえばお姉様がいけなかったのに!」
「私がいけないのか~……そうかな?」
「そうですのよ! そもそも、高貴なものが下賤のものに手を触れてはなりませんの!」
そういいながら前からも抱きつかれたので、これじゃあおしくらまんじゅうというか団子というか……でも言い方はよくないけど、要は自分の身分を考えないとっていう忠告だったのねこれは。
「ふたりとも……勘違いしてるよ?」
「「?」」
ふふっと笑って言った。
「私がなでてたの、子犬とか子猫だもん」
もちろんたくさんの子の頭をなでてはきた。けど、それはどっちかというと前世の話――つまりクリスティア目線で言うと、この言葉に嘘はない‼
というわけで豪華王族サンドイッチを食らいながらも、私には余裕があるのだ!
美しい兄妹は、まるで合図するかのようにお互いの目を見た後に私の方を見て固まった。よかったー、首の皮は繋がったようね!
遅くなりましたすみません!
次回投稿は明日か明後日あたりになると思います。