482話 消えものの感情
「そんなお姉様のことも愛してますわ♡」
「ちょっと今どんな言葉かけられても信じられないけどね……」
うちひしがれる私の片手をそっと胸に抱いて、リリちゃんがいい笑顔で言ってくれた。
「でも、お姉様はそのくらいの方が可愛いですもの」
「そのくらいの方とは……」
「大丈夫ですのよ。いざとなったら、私のお部屋で……!」
「はいはい! 室内飼育は厳禁ですよ‼︎」
怪しい雰囲気を察知したので、ペシっと手を叩く。……叩いたけど離してはもらえなかった。なぜなんでしょうか。
「もー。リリちゃんは。あのね……私が心配するのはそんな怖い感じの愛ではないのよ。あと多分、リリちゃんは愛を勘違いしてる」
「あら残念」
「残念とは」
「私はお姉様なら大歓迎ですのに」
「歓迎しないで? ……はぁ。だからね」
なんて言おう?
自分の中でも固まらない気持ち。
でもたしかにここにある心配。
それに名前をつけたくて、とにかく口を開いた。
「私は、リリちゃんのことが大事なの。大事なものが傷つくのは、誰だって嫌でしょう?」
「それはわかりますのよ。私だって、お姉様に傷ついてはほしくないですもの……まぁそんなものがあれば破壊しますけれど」
「こわいこわい」
言ってるその目から光が消えていた。
すぐこわくなっちゃうな⁉︎ リリちゃんって、意外と短気……というよりは、子供のようなところがあるなと思う。それでいて大人びてもいるというか。アンバランスなところがある。
本人は気づいてないんだろうな。
たまにアルにも感じるけど。
大人って、そう簡単になれないのかも。
でもなれないなら、その方が幸せじゃないかとも思う……おっと、脱線した。
「……ふぅ。だからね、大丈夫かもしれなくても、もしかしたらっていうのは——考えちゃうんだよ。大切だから」
「でも、私はそんなやわじゃ……」
「わかるんだけどねぇ……丁寧に扱いたい、みたいな? ほら、ダイヤモンドがいくら硬いからって、じゃあ落としてもいいかって言われたらそうはならないでしょ?」
すこし口を開けてぽけっと聞いているリリちゃんは、幼い子供のようだ。
「私は、特にリリちゃんがちいさい頃から知ってるし……それが抜けないせいもあるかもだけど。大丈夫ってわかってるのと大切だって思うのは、一緒にならないんだよねぇ」
大事だから心配する。
大切だから危険にさらしたくない。
それは気持ちの問題の話。
特に人には心があるのだから、物よりもっと複雑だ。
「もしなにか些細なことがきっかけで、たとえばつまづいちゃったとして。それで怪我でもしたら、リリちゃんはどう思うかなとも思うし……」
「反射神経がありますから、立て直しますのよ?」
「うん……まぁ、私がないものばかりだから、想像力がないだけかもだけど、ね。……小心者だし」
ただ私が臆病なだけかもしれない。
でも、心配は嘘じゃない。
言葉ってたくさんあるのに不自由だ。
プライドというのは、砕ければガラスのように粉々になる。そしてそれは自分も人も傷つける。心配といっても、不安どれか1つとってではなかったりする。
私は、なにかが壊れる瞬間を見たくない。
大事なら、それはなおさら。
壊れる前には戻れないから。
それは別に、身体的な外側の話だけとは限らない……でも詳しく話すには重すぎる。
「まぁ……リリちゃんが好きだから、あんまりこわいことはしてほしくないなって。それだけわかってくれたらいいよ」
リリちゃんの手に私の手を重ねて微笑む。
温度のように心配が伝わればいいのに。
わかってもらうって、難しいなぁ。
ちょっとでもわかったかな? とリリちゃんの顔を覗きこむと、ちょっと赤くなって口がへの字になっていた。えーと、どういう顔?
「……お姉様って、本当に人たらしですの」
「えぇ? 普通だと思うけど……」
「でも……こんなに私のこと好きなのに、多分みんなにも同じことを言うのだろうと思うと腹が立ちますのよ」
「言わないよ⁉︎ ていうか、みんなこんなことしないし!」
「甘いですのよお姉様……」
はぁーと、大きなため息をついたリリちゃんはそのまま私に抱きついてきた。わわわ!
「……お姉様はどこでこんな手管を覚えましたの? ずるいですのよ」
「手管って……」
「人間はなにかを見て覚えますのよ。……お兄様は、たぶんここまでやらないですの」
「アル? アルはまぁ、からかわれることの方が多いけど……」
「むぅ……じゃあブランドン? お姉様の周りは私たちで固めまくっていたのに……」
ぎゅーってされて、ちょっと痛いし暑い。夏でも抱きついてくる赤ちゃんみたいだなぁと思う。まぁ、好かれてるのがわかるのは安心するけれど。
「ブランは……どうかな? たしかにブランも好きってよく言ってくれそうなタイプだよね〜」
「はぁ⁉︎ お姉様は騙されてますの‼︎ あれはそう見えてそういうタイプではないですのよ!」
「えぇ〜?」
「お姉様だけですのっ! そんなにすきすきばら撒いて‼︎」
「ば、ばら撒いてはないんだけどなぁ……」
ばら撒いてって言われると、無価値みたいだけど……本心なんだよ?
にしてもいよいよ駄々っ子みたいだ。
でも全然離れてくれない。
リリちゃん、暑くないのかな?
「リリちゃん暑いよ〜」
「ふん! 涼しくするからもう少しこのままの刑ですのよ! いっそ終身刑にしてやりたいところを我慢してますの‼︎」
「なにそれ……さっきから変なこと言ってるよ?」
「うるさいですの! 私の愛の重さを解らせてるところですのよ‼︎」
「ふふふふ、なに? ちょっとかわいいね」
「相手がお兄様じゃなければ……」とか「いやいっそ……?」とか不穏な言葉が聞こえる。そろそろリリちゃんを正気に戻さなければ。
そう冷静に思えるあたりは、昔より成長したかな……と片隅で思いつつ。べったりくっついたリリちゃんの背を、片手でぽんぽんあやしながら空を見上げる。星がきれいだなーと素直に思えるのは、幸せなことだと思った。
「……好きって、消えものだと思うの」
「え?」
「言わないと、自分の中からも薄れていっちゃうでしょ? 言っても1回なら、忘れられちゃうかもしれない。だから強く思った時に言葉にした方がいいんだって……そう思ったことがあるの」
夜空の星も、朝には消えるように。
昼間に空を見ても思い出さない。
見えてるものでもそうなら、なおさら。
「その時大事だと思ったことは、口に出した方がいいの。墓場まで持ってく勇気がないなら、後悔することになるから」
きらりと星のように強く輝くかけがえのない気持ちも、いつかは薄れて消えてしまう。だから、こぼれ落ちていく前に伝えないと。
「お姉様は……」
「ん?」
「お姉様は……そんな後悔をしたことがあるんですの?」
こちらを見上げる美しい水色の瞳が、悲しそうに揺れるから。私は笑って嘘をついた。
「ないよ。全部、夢の中の話」
多分年内最後の更新です。
次は新年に! みなさん良いお年を!