478話 プリンセス迷探偵の名推理
「はん……ぎゃく?」
突然のことに驚いたのか、ノア君ははじめて言葉を口にした子供のように目をぱちくりさせている。
「……はんぎゃくって、なに?」
「……はぁ。ヴィンセント。あなたの家の教育はどうなってますの?」
「え? あ、いや……ノアはそういうの無縁の温室で蝶よ花よと育ててるからな……」
キョトンとした様子に業を煮やしたのか、リリちゃんからヴィンスが当たられている。彼も予想していなかったことに気を取られていたらしく、めずらしく気の抜けた返事をした。
「嘘ですの。あなたと同じ家でそんなにきれいに育つはずないですのよ」
「はぁ? ……こほん。お言葉ですが姫様。ノアールは我が家の愚姉に大層可愛がられて大事にされておりまして。そのような野蛮な言葉に触れたことがないのかと
」
「私が野蛮だと言いたいんですの?」
「ははは、いえいえ滅相もございません。ただそのような嫌疑をかけられるほどの知識もないかと申し上げたく」
「それなら恥をさらす前に、家にひっこめるべきですのよ」
「おや手厳しい。知慮分別に富まれた姫様におかれましては、さぞや我々には見当もつかない懐抱をお持ちなのでしょうね?」
完全にいつもの調子に戻った2人がいつもの言い争いをしている。ただひとつ違うのは、どちらも本気で言っているからこそのギスギスとした空気。
ヴィンスもにこやかそうに見えても、いつものからかいとは違う。ノア君をかばうための牽制の棘がある——たぶん要約すると、「考えもなしに疑ってんのか?」って感じ? 大分嫌味っぽくだけど、ヴィンスもノア君をかわいがっているからこそ怒ってるみたいだ……お兄ちゃんしてる。
「あ、あの!」
そこに割って入る、声は。
「ノアール様は嘘をついていらっしゃらないと思います!」
争いを止める鶴のひと声——ならぬ、天使のひと声がかかる。光の魔力持ちは心が読める……それはみんなも知ってること。だからなのか、リリちゃんの顔が険しくなる。
「……フィリー、それは本当ですの?」
「聞くまでもなかったのでは? 忘れていらっしゃるようですが、ノアも光使いですが?」
「……ヴィンセントは黙るの」
フィーちゃんは嘘をつかない。
ノア君も嘘をつかない。
これは、どちらも正しい。
——だけど同時に、正しくない。そのことを私は知っていながら隠している。
「……でも、だって……おかしいですのよ」
「リリちゃん……?」
「だって、だって……」
なにか気づいたの?
なにに気づいたの?
だけど言わない、悪い私。
彼を裁けるのは、なにも神だけじゃない——でもそれがやぶ蛇にならないとも限らないのだから。そう自分を正当化して、黙って待った。
「だって、私が起きた時にお姉様が近くにいなかったですのよーーーー‼」
……ん?
んんん???
ちょっとまって。
私への信用も高すぎだったってこと?
「うーん……? リリちゃん……?」
「おかしいですの! お姉様なら絶対、私を心配して一番近くにいるはずですのに‼」
「あー……えっとね? その、私はじかれちゃって……」
「それならなおさらおかしいじゃありませんの! 普通の体調不良に、そんな来た人をはじく力なんてないですのよ‼」
そ れ は そ う !
やばい。反論できない。でも確証になるものもないはずなのに、なんで私への信用だけで正解に近づいてきてるの?
「そこに気づけないのがおかしいんですの! しかも! もしはじかれたとして、お姉様が私を第一優先して心配しないなんてありえませんの!!!!」
「どうしよう、信用度が高すぎる……」
「でもそうでしょう⁉ お姉様は私が大好きですもの‼ 起きた時に目が合わないなんてありえませんのよ!」
「わ、わかんないよそれは……」
「私にはわかりますの‼」
な、なんていう自信なんだ……! すごい勢いで論破してくる。証拠なんてないのに、正しい気がしてくる勢いで! 私本人より私について自信があるってどういうことなのか。
「そして——私がそれに気づけるのは、光魔法の影響じゃないかと思ったんですのよ。つまり!」
振り返ったリリちゃんは迷いなく言った。
「お兄様たち全員、操られてたんですのよ——そしてそんなことができるのは闇魔法だけですのよ‼」
啖呵を切ったリリちゃんに、誰も言い返せなかった。