48話 物語は御伽噺のように
そしてすっかり空から赤さが引いてしまった頃
「あ! 帰ってこいって言われてる!」
突然フィーちゃんが言った。
え、私には何も聞こえなかったよ?
「風の精霊さんの魔法なの。ちょっと遠い人にも、相手に風の魔力があれば声が届くんだよ! もしかしてリスティちゃん、風の魔力ないの? 珍しい……」
「へぇ便利だねぇ! んー、私さっきのあれしかしたことないなぁ。魔力はどうだろ、使えたらいいなぁ。便利な恩恵にはあやかりたいよね」
笑顔のあと、不思議な顔をされる。クリスティアは闇魔法しか使ってなかったから、他を使おうとも思わなかった。盲点だね。
溶けてきた氷のコップを傾ける。
滑るのは、本音だけではないようだ。
手が濡れる〜。
これ、今度から考えたほうがいいかな……。
でも完全犯罪には氷だよねー。
特にそんな予定はないんだけども。ロマンの問題よ、ロマンの。
「さっきから、呼びかけてる声があるみたいなんだけど。聞こえないなら持ってないのかも……」
「え、私呼ばれてたの?」
初耳だよっ⁉︎
思わず口元に手を当てて悩むそぶりの彼女に、ビックリして言った。
「私もさっき気付いたんだけど……」と前置きして、ロマンのない現実的な話をされる。
「声に出さなくても返事が出来るから、リスティちゃんが返事してるのかなって。伝えたい相手にしか声が聞こえないから、私じゃ内容は分からなくて……」
「あ! そういえば私、帰らなきゃだった!」
話を聞いてて思い出しました。
そう、私は元迷子。
でも今は帰り道がわかる。
なら帰らなきゃいけないですよねー!
「ご、ごめんね。私が引き止めちゃったから……楽しくて」
しゅん、とするフィーちゃん。
愛らしい彼女を差し置いて!
優先することなどあろうか?
いやあるまい! 反語!
「大丈夫! おかげで私も楽しかったし、いいものも見れたし、帰るとこも分かったし!」
拳を片手にニコニコとそう返せば、フィーちゃんも安堵の表情を浮かべる。やっぱ可愛い子には、不安な顔より笑顔が似合うよ!
それに今後の方針もちょっと決まったしね!
……あ、でもやっぱり。
名前変えても念押し必要かな……。
影響したら困るよな……。
「でもその声がどんどん近くなってるから、多分探してるんだと思うけど……。ねぇもしかして、リスティちゃんは迷子になりやすいの?」
ギックッッッッ‼︎
ちょっと考え事したら、鋭すぎる疑問の声に肩が揺れた。
「だだ、大丈夫いつも帰れるから!」
「……その人、真っ直ぐこっちに来てるから、待ってた方がいいかも」
「よかったね」とフィーちゃんが笑う。
返事じゃない返事に、追撃しないところが優しい。
自分でも反応が怪しすぎたと思うけど。
でも私、探してくれる人に心当たりないんだけど……。セツ? あの子、魔法使えたのかな? 見たことないよ?
「あのね。また、会ってくれる……? 私、今シブニー協会によくいるから……」
少し俯きがちに。両手を胸元でキュッと握りしめながら、チラチラとこちらを見る。
控えめだけど、期待が丸わかりだ。
おまけにうわ目づかいですよ奥さん。
これに絆されない人います?
「……そうね、じゃあ、フィーちゃんが頑張れるようにおまじないをかけてあげる」
「おまじない?」
そう、おまじない。
……考えたんだけど、これが1番だよなぁ……。
「幸せにな〜れ」
わざと声に出して、りんご飴に魔法をかける。
銀色の光に包まれ、収まるとそこには変わらぬりんご飴。
「はい、これ」
そう言って、今まさに魔法をかけたそれを差し出す。
「レッドバルーン?」
「うん、赤くてツヤツヤで、可愛い。フィーちゃんにぴったりでしょ?」
あくまでにこやかに、穏やかに。
言葉は、どんどん盛られていく。
「あのね、これ姫リンゴだからほんとはあんまり美味しくないんだけど。甘くて幸せになれるようにしておいたから、後でこっそり食べて?」
「うわぁ……ありがとう!」
満面の笑みを浮かべ、彼女は宝物のようにそれを受け取った。
それはこの小さな体では持てないから仕方なく。普通のより美味しくない、姫リンゴで妥協したものだった。
けれどその小さく可愛らしい姫リンゴは、まさに彼女の象徴のようにピッタリだ。
未来の主人公。
今はまだ、陽の目を見ぬリトルプリンセス。
その物語は、始まるにはまだ早い。
「……可愛いからって取って置くと、悪くなっちゃうから。ちゃんと後で食べてね?」
「うんっ! 楽しみに食べるね!」
そういう彼女は、太陽みたいに眩しい笑顔で。
「じゃあ寂しくなるから帰るね」と言って。フィーちゃんは何度も振り返りながら、何度も手を振りながら下へ降りて行った。
「……ほんとに林檎がぴったりね? 何も知らないお姫様」
誰もいなくなった丘の上、私はそう呟く。
あれはそう、毒林檎だ。
毒を盛られた、林檎。効果はなんてことない。今日あった、私の記憶だけを曇らせるーー私がわからなくなる、そういう魔法をかけた林檎。
ひと口齧れば最後、この記憶は永遠に戻らない。
「これじゃ、まるで御伽噺ね。悪役違いだけど……その記憶は眠らせておいてね、スリーピングビューティー」
嘘なんて、1つもないけど嘘しかない。
会えるよ、10年くらい経てば。
幸せになれるよ、王子様に会えば。
でもそれには、私の記憶は多分邪魔だから。
「まー魔女にもいい人いるしね。せめてシンデレラの魔女くらいにはなりたいねぇ……あれは妖精だっけ? ま、そもそもシンデレラにはしないけどさ」
そのために、動くのだ。
そのために、隠した。
彼女でも判断できない、汚い大人のやり方で。
「綺麗なものには、綺麗でいて欲しいんだよ……私も我慢するから少しくらい、いいでしょう?」
物語には悪役がつきものだ。
それで花を添えられるなら。
なに、このくらいはちょっとの我慢だ。
御伽噺に待っているのは、王子様とのハッピーエンドだから。それにあやかるために。
だからこれは、その物語の裏に埋もれる、私のエゴの物語。
「あんなに嬉しそうだったのになぁ……ごめんね。私は貴女みたいに綺麗で純粋じゃないからーー可愛い可愛いお姫様、どうか、貴女の未来が実りますように」
ゆっくりと目を閉じる。
見られたくないのは私も同じ。
私の中身も本当はぐちゃぐちゃだ。
嘘とはったりで塗り固められた、表面からでは分からない。
もう1度目を開けても、そこには変わらないーー彼女だけがいない景色が広がるだけ。
ただ慰めるように。
海風が頬を撫で、ざわざわと木々を揺らしていた。
〈豆知識〉 おまじないはお呪いと書きます。




