3話 また後悔しないために
「あー……マジでくー姉なんだね……」
しばらく固まっていたようだったけど、私が取り乱したせいで見かねたのか。少し呆れた感じで、背中をぽんぽんと優しく叩いてくる。
もしかしたら呆れたと言うよりは、どうしていいのかわからないのかもしれない。
だけどお陰で、私も少し落ちついてきた。
思考が働くと、この状況が恥ずかしくなってきてせつから離れた。
弟の前で泣いたのとか初めてかも……そう思うとどんどん羞恥で心があぶられて、地味な継続ダメージが発生してくる。情けないところを見せてしまった。
「ごめん……」
「さっきから思ってたけど、なんで謝ってるの?」
なんでって……。
本当に不思議そうに言われて、今度は私が固まってしまった。どれについて謝ったかって説明しにくいんだもん。なんかニュアンスで感じ取ってください……とは言えないし。おもにこの姉らしからぬ醜態と助けられなかったことについてなんだけど……こんなに真顔で言われるところを見ると気にしてないみたいだ。
だけどそれに喜んでしまいそうな私もなんかいやだ。謝って済むことでもないし。
うーん……うまく言えない!
感情が忙しすぎる。
がんばれ私!
「ねぇそれどういう表情? 大丈夫?」
「……正直あまり大丈夫ではない、けど」
「あ、大丈夫だね」
軽ーーーーーーいっ!!!!
かっっるいでしょそんなけろっと返す!!??
なんでそんなにいつも通りなのとか! 聞いてしまいたい!!!!
私はこんなに混乱してるというのに!!!!
それとも、わざとなのかな?
はっとして気づいた。その可能性もあるので、深呼吸をひとつして気を取り直してひとまず気になる事を聞いてみることにする。
「ねぇ……前の記憶、どこまで覚えてるの?」
私が姉だって記憶はあるみたいだけど、覚えてない事もあるかもしれない。それによっては接し方が変わる――。だからおそるおそる聞いてみると。いきなり精神的クリティカルヒットをしてしまったらしい、苦いものを噛んだような顔をされた。
「……直前は、あんまり」
それは死ぬ前ってことかな。
うーん聞くのを急ぎすぎた気がしますね!
アクセル全開で突っ込む私の悪癖が……!
あの態度のわりに、整理はついてなかったかもしれない。でも聞いとかなきゃこの先支障があるかもしれないから続けることにした。人生あきらめが肝心なので、あとで謝ろうと思います! ごめん!
「海の中の記憶は?」
「そこはまぁ……最期だから」
「やっぱりあれが最期なわけね……」
にごされてもわかってしまう。あの認識に間違いはないらしい。
私たちの最期――それは海の中だった。どうしてそこにいたのかまでは、まだ思い出せない。なんだか記憶がぼんやりしている。もともとのクリスティアの記憶とややこしくなってるせいなのかな。
だけど、死ぬ時のことはいやでも鮮明に覚えていて……目を閉じれば、昨日のことのようによみがえる。
響く雷の音。
叩きつける雨。
荒波で揺れる甲板。
船から落ちていく弟。
助けようと伸ばした手は届かなくて、ただ虚しく空を掴んだ。
私が一瞬迷ってしまったから――せつを追いかける事を。そのせいで、仄暗い海に吸い込まれていくのを、スローモーションのように見ていた。荒れた海の波はまるで怪物で、獲物を飲み込んだかのようにすぐにその姿を見えなくさせていく。
怖い、と思ってしまった。
飛び込めば助からないかもしれない、と。
私は躊躇ったのだ。自分の事を考えてしまった――姉なのに。
あの時すぐに飛び込んで引き上げられていたら……間に合ったかもしれない。もしかしたら、助けられたかも、弟だけでも……。
迷った挙句に飛び込んで、その結果が――2人とも死んだという最悪の結末だったのだと、ここに私たちがいることで確認できてしまった。
私はまぁいい。諦めがつく。正直人間に生まれて失敗したと思うくらいには、人間関係も性格も破綻していた……まぁ、思い出したくはないくらいには。そう、性格も暗かったし! ……だからあまり、思い残すこともなかったんだけど。
でも、弟はそうじゃなくて。
なぜか友達も多かったし、彼女もできたりしていて。どういうわけか人の中心にいるような子だった。人生を謳歌してるなーと思っていたから。これからどう成長するのか、少し楽しみにしていたから。口は悪いしからかわれたりもしたけど、私は弟のことを大切にしていた。結構仲もよかった。
頭の回転も早い、自慢の弟だった。
姉である事を誇りに思うくらいには。
だから、生きててほしかった。
この子は幸せになるって思ってた。本当に、助けられなかったんだろうか。後悔だけが押し寄せて……。
ぺちん
「⁉︎」
両側から頰を叩くようにおさえられて、上を向かされた。
「姉ちゃん暗い! そんなだから彼氏できねぇまま死ぬんだよ!」
そ れ 今 言 う …… ?
思わずあっけにとられた。
さすが我が弟、的確に傷を抉っていくスタイル。
でも。
「……ふっはは、ごめん……ふふふっ」
変わらないから、よりによって、と思いつつ笑ってしまった。明るいままでいてくれるから。それが嬉しくて、救われる。私だけがここにいたなら、はたしてこの事実に耐えられたんだろうか?
「ねぇ、不謹慎かもだけど」
「なに」
「また会えて、良かった。せつがいてくれて良かったよ」
失いたくないと思ったから。
あの日私は弟を追いかけた。
「当然じゃん。なに言ってんの?」
くすくす笑う私に、ふてぶてしく腕を組んだ弟が胸を張る。
ちいさな腕が組まれているのがかわいくて、おかしくて、また笑ってしまう。
目の前にいるのは私の弟で、それは姿が変わったって変わらない。
だから今は、純粋に再会を喜ぼう。罪悪感からだけではなくて、私は弟が大事だから。
そうよ! 今は生きてるんだから!
今度こそ幸せになってもらえばいいの!
私はこの後のストーリーを知ってるんだから、それができるはずじゃない⁉
悲観したって変わらないなら、未来を掴みにいかないといけない。名誉挽回、汚名返上、お姉ちゃんは弟のためにも、バッドエンド回避を頑張ります‼︎