ー閑話ー 全ては闇の中1
「はー。それにしてもノアくんどこ行ったんですかねー? にしたって、こっちにはいなくないですー?」
山道を歩きながら、魔道具の光源で辺りを見渡すレイナーは大きな声で言った。後ろにいる2人ーーセスとフィリアナに話しているらしい。
「お前お得意の魔力探知はどうしたんだよ。つーかそれ振り回すな。お前しかライト持ってないんだから」
「うわー、簡単に言う人がいると嫌だわー。自分でやらないのに」
「オレはさっきから雷光打ちまくってるしフィールエリアは使ってんだろ」
セスは面倒そうな顔をしながら、指パッチンをして歩いている。その視線の先が一瞬明るくなるのは、そういう事らしい。
けれどレイナーは大げさにため息を吐いて、振り返ってみせる。
「それ効率悪いんだから、新しく有益な魔法作れば? 鬼火の方がまだ持続するだけいいよ。もういっそこの森燃やしたら早くない?」
「お前じゃないんだからそんなポンポン魔術作れねーし、ポンポン燃やさないわ」
「だから雷起こして木を燃やせば」
「山火事を人災で起こす実行犯に仕立て上げんな」
「いぎゃー‼︎」
両側の眉間のあたりを拳でゴリゴリする人間と、叫んで暴れまくる人間を目の前にして。くすりと、小さな笑い声がする。
「ふふっお2人は本当に仲良しさんですね」
その視線に耐えかねて、セスは苦い顔で手を離した。
「……お前のせいで恥かいたんだけど」
「はぁ⁉︎ オレ被害者だもん‼︎」
「いやオレのは正義の鉄拳制裁だから」
「うわっ! こいつこんなこと言ってますよ聖女様ぁ‼︎」
腕を組んで素知らぬ顔をする友人を指差して、レイナーは直訴した。彼女はただ笑って佇んでいた。
ため息と共に頭を振ったセスは、口を開いた。
「つーかマジな話、レイがわかんないなら無理だろ。『フィーちゃん』もなんも感じないわけでしょ?」
「そうですね……光の魔力は感じないです……」
その目に一瞬迷いがあった気がして、セスはじっと彼女のオレンジの瞳を見つめた。が。
「うーん……ていうかオレのは魔力使った痕跡が近くにないとわかんないし」
すぐに気が削がれて、そっちに顔上げてを向けた。視線の先の主が首を傾げながら、顎に指を当てて難しい顔で唸っている。
「いくらオレが大天才でも、光属性の気配がそもそもないっていうか……」
「なるほど、拳のおかわりを御所望か」
「わ、暴力反対なんですけど! ……ていうか、それより気になるのが……」
拳を掌に叩きつけたら、うげぇという顔がこちらを向いたのに。
話そうか迷っているのか。
視線が上を泳いでから、一点を見つめる。
その先には、似たような顔の少女。
2人とも探り合っているのか、目を見合わせて微妙な顔をしている。
饒舌な片方はまだしも、フィリアナが黙りがちだったのはどうも疲れや遠慮からのせいじゃないらしいーーと、思い至った。
「……お前らなぁ。オレは以心伝心とかできないんだから、口に出すかなんか伝えるかしろ! どうせロクでもないんだから勝手に悩むなよ」
「わわわっ⁉︎」
「ちょ、頭もげるもげる!」
2人の肩を抱き寄せて頭をめちゃくちゃに撫でると、方々から声が上がったけれどセスは気にしない。
髪はぐちゃぐちゃになったけれど、2人とも顔を上げた時の表情はさっきとは違っていたーーただしどこか嬉しそうな顔と不満げな顔の二極化だったが。
「野蛮人すぎる……オレがハゲたら絶対慰謝料請求する……」
「スライムでも被ってろ」
「……なるほど? ナイスアイデアじゃん」
「いやなるほどじゃないぞ研究バカ」
恨めしそうな顔がコロッと変わって拍子抜けしたところで、フィリアナがお腹を抱えて笑出してしまったのでしばし休憩となった。
そして、やっと落ち着いた頃。
「はぁ……、なんだか悩みが飛びそうになっちゃいました……ふふっ」
「それは何より。ま、そうやって笑ってる方がオレも安心するし」
「っ!」
無意識なのかなんなのか。ふっと笑ってフィリアナの頭に1度ポンと撫でたので、それを目撃した彼の友人は呟いた。
「わーオレ何見せられてるんですかねー?」
「ん?」
「あ、聞こえてたの。ていうか話に戻るけど。とりあえずこれは事実ではあっても、まだわかんないから話すけど他言無用だからね」
しばらくフリーズして話せないだろう彼女に代わって、気をとりなおした彼は口にした。
「ここら一帯、闇の魔力臭いんだよね」
「は? クリスティアがなんかしたって事か?」
「わかんないよ。でもこれは確認取れてる事実だから……オレより専門家がいるし」
『専門家』のところで向けられ視線は、真っ直ぐ前を向いている。確かめるまでもない。
「……そうなの? 『フィーちゃん』」
「あ、えっとその……うん」
こくんと頷く素振りに少し天を仰いだセスは、目を閉じて頷いた。
「またなんかバカ姉がやらかしたのか……と言いたいとこだけど。なんか今回は違う気がするよ、弟の勘的には」
「それは……私も疑ってはないんだけど……」
「ま、でも今の意見他に言っちゃったら、そーゆー結論出ますよねーっていう悩みなんだけど。どう思います弟君?」
「うわ聞かなきゃよかった」
「おい瞬間前言撤回野郎」
ゲシッと蹴られても、セスは神妙な顔のまま動かなかった。その代わり一言だけ質問した。
「てかそれ、あのアホ姉のなの? レイならわかるんじゃないの?」
「……うーん。違和感ないわけじゃないんだけど……」
「どっちだよ」
「……それ以前に、この規模の闇の魔力がある人間が他にいないっていうか」
闇の魔力は、誰もが持つものではない。
稀有な魔力であり、そして。
あの規模の魔法は、並大抵では使えない。
珍しく歯切れが悪い友人を一瞥したセスは、パンッと手を叩いてこう言った。
「よし。もみ消すわ」
「はーーーー⁉︎」




