475話 病の元は記憶から
あわてて体をよじり、力が緩んだアルの腕から離れてリリちゃんに駆け寄る。背を丸めている彼女の表情は見えない。
だけどしゃがみながら肩に手を触れると、小刻みに上下しているのに気付く。
「リリちゃん‼︎ どうしたの、何があったのっ⁉︎」
何かわからないけど苦しそうなので、そのまま腰をさすると。そのまま崩れるように、リリちゃんの頭が私の肩口に載った。息が荒い。
「どうしたのリリちゃん、熱⁉︎ 具合悪いの⁉︎」
長く波打った髪を顔からよけると。いつもは力強い意志を携えた瞳には力がなく、どう見ても正常じゃないことだけはわかる。
まだ張り付いている髪を避けて頬に触れると、熱い。そして同時に気付いた。
「汗……? リリちゃん、今魔法使えてる?」
少なくとも熱はあるんだと思う。
手に触れる体温が熱いし。
でも、そこじゃない。
リリちゃんとアルは、火魔法を使いこなしているから。
火は温度を司る魔法。だからさっきまで、さんざん冷房を入れるみたいに簡単に使ってた。体調が悪くても、むしろラクになるために使いそうだ。
「……外傷はなさそうですね。とりあえず体を冷やします。もう人を呼んでいますので……リリー、もう少し頑張れますか?」
アルは冷静にしゃがんだ後、腕をとってなにか調べていたけれど、頭を上げて優しくリリちゃんに声をかけた。
だけどその目に、少し焦りの色が見えた気がした。
アルも異変に気づいたのだろう。
私も子供の時なら熱中症とか騒いだかも。
でも今はわかる。絶対違う。
体調が悪ければたしかに魔法を使いづらいけど、使えないわけではない。使った方がラクなら普通に使うし、使えてたらこの状態にならない。
今のリリちゃんは、魔法が使えてない。
つまり、魔力に関するところに何かある。
リリちゃんは何か口に出そうとしたみたいだけど、少しだけ動いた唇は何も言わなかった。ただ頭を少し動かした気がする。
アルはそのまま私にしていたように、さっきまで彼女がしていたようにーー周りの空気を少しだけ冷やす。
そして胸に刺していたハンカチを取り出して……濡らしたかと思ったらカチカチに凍らせた。
「ちょ、アル? それ凍らせすぎ……」
「……すみません。間違えました」
はぁ……と、ため息をついて軽く頭を振った彼の姿はいつもらしくない。しかも今バキッて音しましたけど……?
私は空いてる方の手を伸ばして。
その手に、触れた。
力の入れすぎか焦りか……少し震えていた。
「はいはい、リラックスよ〜アルー! はーい深呼吸ー‼︎」
「……。」
チラッと一瞬こっちをみた目が、とても気まずそう。でも諦めたのか、肩が一回大きく動いた。
優秀なようでも、彼はまだ青年で。
なんならこないだまで中学生だった歳で。
それで冷静になれる方がおかしいよね。
本当にリードしてあげなきゃいけないのは、お姉さんの私の方だ。
「大丈夫っ! お姉さんに任せなさいっ‼︎ 私こう見えて、女神様の遣わせし『預言師様』だから‼︎」
「……私の方が早生まれですが?」
「うん、そんだけ頭が回るなら大丈夫そうですね!」
わざと胸を張って言ったら、大変冷静な返しがきましたよ! とりあえず落ち着いてよかったね‼︎
……ま、でもそれは肉体的な話だけどね。
実際はほんとに、私の方が上だから。
「アル。焦んなくていいから。リリちゃんが助かるかどうかは、多分ほぼ私にかかってるし……」
「え……それはどういう?」
「まー大丈夫大丈夫! これは多分女神様の予想の範疇だから‼︎」
笑ってみましたが、大変プレッシャーです。
これ、多分だけど。
女神様の言ってた話だと思うんだよね。
リリちゃんの病気の話……。
『リリチカ・カサブランカは病死の運命にあるのだけれど、新種の病でね……この世界の技術では治せないの』
いつかの女神様の声が、フラッシュバックした。
でも、さすがの私も原因がわからないとなんともできない。少し目を離した空白の時間に、何かあったのかもしれないし。
私の闇魔法は、創造の力に近い。
時間を戻すのでもなく。
細胞を成長や回復させるのでもなく。
1から、全てを作り上げる力。
そんなものを訳もわからず使ったら。最悪、リリちゃんがリリちゃんの形をした何かになる。
「……アル。それちょっと溶かしたら、リリちゃんの手握っててあげてよ」
「はい……?」
「具合悪い時って、人恋しいものなんだよ」
私が微笑んでそう告げると、少し不思議そうにしながらも頷いた。アルは結構、身体丈夫そうだもんね。
そして私はーー。
「……リリちゃん、ちょっと視界借りるね」
そう言って、そっと彼女の頭におでこをくっつけた。目を閉じてーー彼女の記憶を読み解くために、意識を潜らせる。
***
まず視界に入ってきたのは海の風景。
これは崖から……山を見てる?
どうも方角的に、リリちゃんは私たちが向かった方向を見ていたらしい。そしてその視界は私たちではなくーー先に光るものを捕らえた。
「⁉︎ あれは……⁉︎」
言葉と同時に視界がそちらに動く。自分の意識と違うので変な感じ……というか長いと酔いそ……とか思ってるうちに。
一瞬、何かが光って。
海へ落ちるのを見た。
え、なんか黒かった気がする!
なんか赤いぽっちがあった気がする!
岩……? というには小さいけど……。
「波、いま立たなかったんじゃ……」
え、ほんとに⁉︎
まぁリリちゃんがそういうならそうかな!
なんかそんな気がたしかにする‼︎
……でも波は荒れてた女神様の時とは違って、もう落ち着いている。穏やかなものだ。
つまり、物が落ちて波立たないのはあり得ないーーってことは?
そんな事考えてたら。
「あーあ。見ちゃったんだ……1人だからいけないんだよ?」
ゾワッッ!!!!
いつからいたの!!???
耳元で聞こえたその声の主は、そのままトンッとリリちゃんの背を押してーーそれと同時にそのまましゃがみ込んでしまった。
そして。
「覗き見禁止〜」
その声がしたと思ったら、バチンッと意識が切れた。




