464話 人類の悪夢再来
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月明かりに照らされ、神に祝福されし海辺の祭り。しかしその光の届かぬ山の中で、それは動いていた。
黒いフードをまぶかに被る人影。
海風がそれを揺らしても、静かに動じず。
幹の間から、今かと待ち受けていた。
「……おいで。テネブル」
テネブル、と呼ばれて近づいてきたのは――漆黒のスライムだった。
そのスライムはぴょんっと跳ねると、そのままその者の腕に乗っかった。これが動物であれば可愛らしいが――瞳は赤く濡れ、その身体はどこまでも続く闇のように黒い。
「見えるか? あのくだらない騒ぎが。信じきった愚かな顔が。加護なんてありはしないと、なぜ気付かないのか滑稽だろう?」
彼はそのスライムに語りかけるが、スライムがそれに応えることはない。
「くだらないな。自分達が神の掌で転がされているだけだという自覚もなく……その神を信仰するなんてさ」
その視線の先、テントの列の先には人が列をなしているのが見える。見えるはずのない距離を、確かに見ている。
「そもそもこの世界は神どもの暇つぶしにすぎないんだ。蟻を観察するのと一緒だよ。その蟻が何を願ったって、届くわけないのにな」
その問いは問いではなく、ただの嘲笑の言葉だった。
「都合が悪くなったらどうせ捨てる。人間も同じだろう。不完全な人間たちは、綺麗事ばかり。隠せば完璧だと思い込んでる」
海風が吹き上げる。
銀の髪が揺れて、フードが取れる。
見下ろすその瞳は、憎悪に燃えた真紅。
「いつでも利用してるつもりで利用されてるのさ。魂なんて返したところで、人間は帰っては来ないのになぁ」
小さく「バカばっかだ」と呟いて、面白くなさそうにスライムに目を向ける。
「中途半端な魂をつけたもんだから、中途半端な出来になる。んで、その中途半端を舐めてるから……裏切られるんだよなぁ」
スライムはただ、じっと見つめている。
そこには無機質な瞳が2つ。
感情なんて、ありはしない。
「やっぱ感情なんてないに限るな。結末はわかってるんだから」
その笑みはどこに向けられたものなのか。
受け止める先に魂は存在しない。
「おやつの時間だよ……テネブル。お前の大好きな獲物だ」
そう口にするなり、その者はそのスライムを宙に突き上げた。
「さぁ、始めようか……」
そのままスライムは、光を放ち……だんだんと姿を変えていく。
「最高のショータイムを」
その言葉を皮切りに、強烈になった光が辺りを包み込んだ。
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魂は還帰る。
渦巻く波の向こう側に。
母なる神が手招く方に。
どこからともなく現れた漂う光の塊は、ふわふわと移動しながら。本当の最期の別れを惜しむように、遊ぶように。飛びまわっては帰っていく。
そう、例年通りであるならば。
ビカッッッッ!!!!!!!!!!!!
「っ⁉︎」
突然、前方の方角から眩しく目を焼くような光が瞳を突き刺した。反射的に腕で顔を覆ったけれど、ダメだ。目がチカチカする!
というか、今の何⁉︎
そう思うやいなや視界より先に、鼓膜で異常を確認することになる。
ゴオオオオオォォオォォオォ!!!!!
「「「「「「「「⁉︎」」」」」」」」
しかし少し離れた切り立った崖の奥の森から。突如として眩い光と轟音と共に、激しい暗黒のトルネードが現れた。
その場にいた全ての人がそれを目にした瞬間、そこに吸い込まれていくものも目にする。
「⁉︎ た、魂が吸われてる⁉︎」
誰が言ったか、けれども全員が思った事だった。本来ならあの海の向こうに帰る……返すはずの魂たちが、みるみるその闇へ消える。
積極的にではない。
逃げ惑うような動きの魂の光を。
強制的に、引き寄せている……⁉︎
私はただその信じられない光景に、縛られたように見入ってしまった。
「これは……どういう……⁉︎ お兄様!」
「リリー! 戻ってきたのですか⁉︎」
「様子がおかしいですのよ! しかも、このままでは……‼︎」
ベールやドレスをものともせず。降りてきた(というより落ちてきた)リリちゃんが、アルの腕を掴んで焦っている。
最後の一言にピンときたらしいアルが、血相を変えて全体にウィスパーボイスをかけた。
『全員、急いでここから離れて下さい!!!!』
その理由は、聞くまでもなかった。
いや、聞く暇もなく――目に映った。
ザバアァアァァァアァァン!!!!!!
あの謎のハリケーンとは反対側……海の渦の底から、出てきたそれは……。
「うわぁ――――!!!??? ちょ、女神様待って待って待って!!!!!!」
噂に聞きし伝説の……というか。
言い伝えに聞いた、黒光りして。
吸盤らしきものがたくさんついた――タコ足‼︎
うわばかばかばか!
そんなの巻き込まれたら死ぬんですけどっ⁉︎
けれど私の声など聞いていないらしく、消えてなどくれない。
しかもすごい勢いでどデカいもの出してくるから、津波起きかけてんじゃないの⁉︎ ちょ、もうその足動かさないでよ⁉︎ また波が……!
当然、みんな唖然として足がとまっている……どころか。あまりの出来事に顔ごと釘付け状態で、声も出なければ一歩も動かない。
やば、避難間にあわない⁉︎
これじゃタコ足の餌食の前に!
みんな波に飲まれる……‼︎
「っ! もー‼︎ みんな転移転移転移! 強制避難〜〜っっ!!!!!」
瞬間、銀の光が視界を包む。
女神像の崖の奥、何もない更地に人々を移動させた。移されて、ようやく動かぬ像のような状態だった人たちも、ざわめきだす。
「! ティア‼︎」
「ちょ、待ってとりあえずあっちも……!」
指パッチンしてる余裕はないので、手を屋台やテントの方向に合わせてまとめて膜を作る。できた瞬間、怒涛の波が押し寄せて姿を消す。
「うっわ……これ大丈夫かな……。いや、もう後で考えよっ!」
目の前の光景に、思考が鈍る。
冷や汗が止まらないし、口の中が乾く。
私だって、焦ってんのよ……!
「お姉様、まずいですの! あれは……!」
「片方はわかんないけど、片方は例に聞くアレですよね……?」
「あれは正にクトゥルシアの怒り……女神様のお怒りが!」
「でっすよねーっ⁉︎」
両側から王子と姫に抱えられてる贅沢な状況ですが、どうやら楽しんでいる時間はないようです!!!!
はい、ここで問題です!
この状況……どうしたらいいでしょうか‼︎
アンサー! 私が知りたい……!!!!
先生気分にならないと冷静になれないんだけど、先生でも解けない問題私が解けるわけないんだよねぇ⁉︎ 全部ぶん投げたい……!
「ダメだ私の頭では解答など出なかった……! けど、あの2つを止めなきゃなのはわかるわ‼︎」
頭を振って、眼前を睨む。
頭の中のバカな問答は早々に打ち切り、この問題に目を向けないと。どうにかできるかじゃない、どうにかするしかないのよ‼︎
意を決して、眉間に力を込めたついでにお腹にも力を込めて声を出した。
「アル! あの謎のトルネードの情報調べて! 危なくない範囲でね! リリちゃんは悪いけど、ここにいる人たちをお願い‼︎」
「ティア、君はどうする気ですかっ⁉︎」
指示を出したけれど、心配したのかアルに手首を掴まれる。その顔、険しすぎて怖いよ!
……と、いうわけで。
「えい」
「⁉︎」
そのこわーい顔を、両手で包み込んでから……ふっと不敵に悪役フェイスで笑ってみせたあと。すぐに離して、口を開く。
そして頬にかかる右の髪を、耳にかけた。
「私は女神様止めてくるから、よろしくね!」
私の意思に呼応するように。
青い光を放つピアスが。
いや、『神の涙』が光で包み込んでいく。
そして溶けるように、水の底へ沈んでいくように。視界が、徐々にボケていく――。




