458話 違うからこその魅力
「さて、私たちも一旦テントへ戻りましょうか。ヴィスは放置しておけばそのうち戻るでしょう」
でもどうしようかこの状態……と思っていたら、背後から陰が現れた。
仮にもこのパーティーの花形の1人でもあるはずの公爵令息を、そんなあつかいするのは1人しかいない。
「あ、アル……。やっぱり戻るんだ……?」
「海送りは由緒正しい王族の儀式のうちですからね。このまま流れで、とはいきませんよ」
「デスヨネー」
作り笑いでぎこちなく尋ねるも、結果はわかりきってました。はい。
それはそうなんだろう。
でも練習とかなかったじゃない?
並ぶだけって聞いてたじゃない?
……まぁそういう言い訳は聞かないんでしょうね……! ここにいる優秀な人たちと違って、私はアドリブ強くないんですけどね!
人前に立つのに覚悟がいるような私は、完全にこういうのに向いてない。そして緊張にも弱いんだけど……。
理解される日は来ないんでしょうね。
貴族にそんな概念ないよねあはは……。
何もなくても台本欲しいくらいなんだけど。
「はぁ……私もローブかベールでも持って来ればよかったかなぁ……」
「なぜ始まる前からそんなに疲れてるんですか?」
アンサー、考えないようにしてたことを考えなければいけなくなったからです。
とは答えられないので。きょとんとしてる彼には、「夏の暑さのせいよ!」と言っておく。また嘘ついてますね私は……はぁ。
「じゃあ戻ろっか……最後にブランの顔も見たかったんだけど……」
せめてもの癒しというか!
心のオアシス2号が弟に占領されているので。元祖心のオアシスを探して、きょろきょろとしたものの。姿が見えない。
「……ブランドンなら、さっきレイナーとノアと一緒にいたぞ」
「あ、おはようヴィンス」
「なんだよおはようって」
心ここに在らずだったヴィンスが、ため息混じりに再起動して教えてくれた。よかったよかった、持ち直したみたいで。
「さっきまでうちの姉に捕まってたから、どっかで休んでるんだろ」
「あ、あぁ……うん……ヴィンスの情熱的なお姉さんね……?」
コメントに困る詳細をありがとう!
ローザ家の次女のお姉様ですね!
逆アプローチが毎回すごい方……で。
「何故かお前が嫌われてる姉な」
「言わなくていいのに……!」
気にしないようにしてたのに、突かれると謎の申し訳なさで胸を抑えた。
何故か、会うとすごい睨まれるお姉様なのだ。ブランの恋敵だと思ってるのか……いやないよね? 私一応王子の婚約者ですし……。
「いやまぁ、昔の評判のままだと思ってるんじゃないかと思うけど。あの人、頑固だから……」
「私は誤解解きたいんだけど、毎回逃げられるんだよね……」
「ま、アルバのこともあるしな」
そう言って視線をアルに向けるので、私も釣られてアルを見た。「私ですか?」と不思議そうにしているけれど、まぁ納得ですよね……。
「あの人、プライド高いからなぁ。逃した獲物も大きいし、根に持ってるんじゃないか?」
「……まぁ、人生変わるもんね……実際は監視のための婚約だとしても……」
「家のプライドも多少あるから、大目に見てやってくれ。ブランドンもまぁ大変だと思うけど、悪い話ではないしな……」
やれやれと首を振りながら話すヴィンスは、やっぱり公爵家の人なんだなと思った。
本来の結婚は打算関係だから。
恋愛結婚なんて、貴族には無縁だから。
少なくとも、上に行けば行くほど。
「……お姉さんは、公爵家の人としては正解だよね……」
ちょっと言い淀んでしまうのは、ブランがあまり乗り気じゃなさそうだからなんだけど。
……いやぁ、私が言えた義理じゃないけど。
人の心無視してるあたりもやもやしちゃう。
ブランには、幸せになって欲しいから。
「まぁローザ家は美形揃いですしね……一応」
そう言いつつ、アルは私の隣に目を向けた。
「おいなんだよ一応って」
「一名ほどいかがなものかと思いまして」
「なるほど。殿下は荒事にご興味がおありで?」
「あーはいはい! 2人とも落ち着いてね! アル、もう行くんだよね?」
にこにことしながら軽口と口論を繰り広げそうな気配に、アルの腕を押して出発を促した。一応ここ、公の場なんだから!
「そうでしたね。では私たちは行きます。ヴィス、遊ぶのはほどほどでお願いします」
「はいはい。それでは後ほど。殿下もクリスティア嬢もお気をつけて」
「みんなにもよろしくね!」
わざとらしい切り替えで、形だけは真摯に見える爽やかな笑顔を向けて手を振られた。それに軽く手を振りかえしつつ、その場を離れる。
「君はブランがそんなに気になるんですか?」
「へ?」
手を引かれれながらも、アルがそんなことを聞いてきた。表情は前を見てるし、逆光で見えなかったけど……藪から棒だなぁ。
「まぁ……幸せになって欲しいからね。あとはちょっと、寂しいのかもしれないけど」
「……ふうん?」
「あ、勘違いしないでね。恋愛的な方じゃないんだけど……うーん。お兄ちゃん取られちゃうのかなぁ、みたいな?」
こっちを見た顔が若干不満そうだったので、あわてて訂正しておく。そういう意味での気になる、じゃないんだよね。
「いやまぁ私、ここだけの話なんですけど。弟に初めてガールフレンドできた時も、若干もやついたしね……慣れたけど」
「おや、そうなんですか? 意外とやきもちを焼くんですね?」
「う、うーん……まぁ認めたくはないんですけどね……」
唸りながら言うと、クスッと笑われた。そうなのだ。私は存外やきもち焼きだし、執着が結構強い方なんだと思う。そういう自覚がある。
でも。
「……だからこそ、安心もしてる。近くから離れれば、執着も薄れるからね」
ふっと口元に笑みを浮かべて言ってのける。
私は、結構強欲なのだ。
ずっと近くにいて欲しいとか。
うっかり思っちゃうような、強欲。
でもそれはいけないことだと、わかっているから。わかっているから、手放したい。
執着、したくない。
そうやって色々壊したくない。
「いつでも手を離せるような、そういう距離でいたいんだよね。近づきすぎると、どうしてもワガママになっちゃったりするし……」
傷つけたいわけじゃない。
でもきっと、近くにいれば傷つける。
私はそういう性格をしている。
ハリボテは近づけば、真実が見えてしまうから。それがバレない距離感がいいのだ。
一瞬目を閉じて息をついた。そして目を開けたら、アルがこちらを怪しい笑みで覗き込んでいた……。え、何その笑顔怖いよ?
「私とは真逆ですね」
「ほぇ?」
「私は手放そうなんて考えませんから」
……おーう! なんという自信満々な!
見よ、この怪しい、いやむしろ妖しい笑み!
悪い顔なんだけど、似合うね?
「手に入れられるものは、全て手に入れたいです。そして誰にも渡さない。守ってみせます。それが王の器だと思いませんか?」
「……なるほど」
少し呆気に取られたけど。
暮れゆく日に照らされた彼は輝いている。
そして、なんか説得力がある。
その考え方が似合うなって。彼らしいなって。そしていいなって、そう思ってしまう力がある。
「ふふっアルっぽくていいんじゃない?」
「ですが傲慢になりすぎても困りますね。何かあったら隣からストップをかけてください」
「えー? 私に務まる?」
「むしろティア以外だと止められないと思いますよ」
笑いながら、繋がれた手に力が入る。
わからなくても、分かちあえる。
そんな未来を見た気がした。




