450話 正解は視点の数だけ
予想外の回答に、今度はこっちが固まった。
「え……いや。うーん……?」
「そうやって揶揄うの、やめた方がいいですよ。勘違いされてしまうかもしれませんから。怖がられても文句言えませんよ」
「えー? でも雰囲気あったでしょ? ゾクっとしない?」
「何を目指してるんですか……似合わないのでやめて下さい」
「えっひどい!」
やれやれとした態度で、ペースを崩された。
オマケに似合わないって言われたんだけど? 腐っても悪役令嬢なのに? 似合うはずなのに? 私が賢くなさそうって事なの?
私がむくれていると、アルは躊躇もなく先に座ってしまった。ええー……面白くないのー。
「せっかく作ったのですから、座ったらどうですか?」
そのまま隣を、ぽんぽんと叩く。
愛犬を隣に呼んでる飼い主かな?
まぁ忠犬なので、座りますけど。
ぽすんと座ると、景色を眺めたままのご主人様が口を開いた。
「……ティア」
「ん? なに?」
「この先、君の事を悪く言う人は確かにいるかもしれません」
一瞬、視線を向けて。
私も景色を見ることにした。
なんだか、別れでも惜しんでるみたいだ。少しずつ暮れ始める日差しに、帰らなければいけない時間を考える。
「鬼火」
いきなり、アルが手を少し上げて。
何故か初期呪文を軽く唱えた。
え? なんで今? しかも呪文アリなの? アルに呪文、それも初期呪文なんていらない。中級までは全部破棄してるのに。
「これをどう思いますか?」
指先に灯る小さな火の玉を眺めながら、そう尋ねてくるから。意図を図りかねて、頭を捻りながらアルの顔も見る。
うん、普通のイケメンフェイス通常運転だ。
全然意図とかわかんないわ。
「……火が燃えてて、しかもちっちゃい。魔力の扱いのうまさがありありとわかって、嫉妬しかない」
「ふふっまさかそう答えられるとは思いませんでしたが」
「いや! 誰でも思うよ⁉︎ 見てこれ⁉︎ 『鬼火』、私の爪くらいしかないんですけど‼︎ 優秀の塊がここで燃えてるようなもんでしょ‼︎」
「く……っふふふ」
指差して自分の爪も見せて、必死に訴えてるのに笑われてるんですけど?
え、なんで笑ってんの?
言えって言われたから言ったのに?
理不尽かな?
でも笑えるのは良いことだよ、うん。爆笑してもブレもなくこの大きさを維持てしてるあたりに、優秀さしかうかがえないけど。普通、そもそも消えない?
ひとしきり笑われた後、少し落ち着いたらしい彼は言った。
「はぁ……、笑わせないで下さい。真面目に話していたんですから」
「え……私が悪いとな?」
降りかかる火の粉、ではなく理不尽。
「まぁそれは置いておきまして」
置 く な。
しかし話が進まないから、置いておいてしんぜよう。大人しく口をへの字にして聞いておく。目がもの言いたげになるのは許して?
私の荒れた心を知らないらしいアルは、顔を整えたあと穏やかに話す。
「『鬼火』もそうですが。火魔法は、魔力が形を変えただけですよね。だから大きな火を起こそうとすれば、相応に魔力がいります」
「……? うん。それはみんなわかるし、さすがに私もわかるよ……?」
「そうでしょう。それが、当然ですから」
そう、当然。
だって、火魔法だから。
火が燃えなくてどうすんのよって感じ。
まぁだからこそさっきの『鬼火』は、アルの魔力の扱いの巧さに目がいくんですけどね?
「なら、それは闇魔法も同じことでしょう?」
一瞬の沈黙を、風がさらって行く。
でも疑問はさらわれてないので、視線と共にぶつけてみる。
「なにが……?」
「無から有が生まれるのではない、ということですよ。どちらも魔力が形を変えたものですから。ならば別に、変わらないでしょう?」
「……まぁ、それはそうだけど」
彼の指の先を見ても、もう火は消されている。
言っている事はわかる。
いっそ、闇魔法が『なんでも魔法』とか。
名称が違えば、印象も違ったのかもね。
「闇魔法を怖がるのは、魔力そのものを怖がるのと変わらないでしょう? 魔法や魔力を理解している者なら、怖いとは思いませんよ」
当然のように言ってくれる。
その爽やかな笑顔は、心を照らすようだ。
悔しいくらい、かっこいいなぁ……。
多分、どんな女の子でも。今の笑顔とセリフには、キュンときちゃうと思うよ。そのくらい、インパクトがあるし説得力がある。
だけどね。
「……そうかな」
「そうです。ティアが努力したから、上手く使えるようになっただけでしょう? 上達したんですね。すごい事です」
「ふふっアルがそう言ってくれると、そんな気がしてくるなぁ。さすがお兄ちゃんだね。褒めるの上手」
「リリーにこんな事、言った事はないですけれどね……」
「そういう意味じゃないよ〜」
目を閉じて少し笑って、そのまま彼の肩にこつんと頭を預けてしまう。嫌なら言えばやめてあげるのに、言わないあたりが優しい。
だけど、彼は知らないから。
その魔力の源が、醜い欲望から成る事を。
普通の魔力とは、根本から違う事を。
だからこそ、一つにとらわれない事を。
「……あーあ。今が夢だったらよかったのになぁー……」
優しい彼に、身を委ねてしまえたら。
どんなに楽だろうか。
どんなに幸せだろうか。
だけど全てを壊す元を、自分が持っているとしたら。
「夢ではなくて、現実ですよ」
「……そうだね」
私は、私を守りたいわけじゃない。
もっと大事なものを、大事にしたい。
そうであるべきで、それが幸せ……でしょ?
この時間だけを切り取ってしまいたくても、たとえそれがもしできたとしても。私の望むものは、それじゃない。それが一番じゃ、いけない。
一瞬、瞼の裏に倒れる彼を見た気がして。
気分が悪くなって、目を開いた。
そのままそっと、頭も持ち上げる。
現実は、時間は、待ってはくれない。
「さてさて。じゃあちゃんと私の話もしよっか。聞きたかったから、こんなに気を遣ってくれたんでしょ?」
「いえ、そういうわけでは……」
「いやーごめんね! 大丈夫! ちゃんと話すよっ‼︎」
何か言いたげなその声を遮って、元気よく笑ってみせる。
……ごめんね、本心を話してくれたのに。
きっと話しやすいようにしてくれたのに。
それでも私は、どうあがいても闇使いなんだよ。
嘘つきに終わりはあるんだろうか。
例え嘘が本当になったとしても。
真実だけは、ひとつなんだよ。
嘘をついた事実は、変わらないし消せないのだ。
例え、誰も気づかなかったとしても――。
終わりある嘘なら、醒める夢なら。最初から、やめておけば良い。始めないのが、正しい。続けたら最後、ずっとやめられないものなのだから。
綻び崩れるものに、先なんてない。
あなたの目に映る私は。
今、どんな顔をしているのかな。
ちゃんと笑えている事を願うばかりだ。




