449話 怖いという感情
私は言わなくていいことは、言わない主義だ。
だって、面倒だから。
だって、理解など得られないから。
だって、救いを求めてしまうから。
しなくていい期待をしそうだから、余計なことは言わない――そう、これは人のためじゃない。優しさなんかじゃない。
ただの、私のエゴだよ。
「はぁ……って、おー! すごいっ! やっぱりすごく見晴らしがいいねー‼︎」
登り切った先に広がる開放的な景色。あの時よりも身長の伸びた視界から見えるものは、新鮮でありつつ懐かしさも覚える。
違うのは、まだ日が落ちてない事。
あとは、一緒に登ってきた事かな?
眩しい日差しを遮るようにおでこに手を当てて、爽やかに吹く風とこの光景を堪能した。そして、振り返る。
「すみませんねぇそんな格好なのに歩かせちゃって……殿下?」
「……君が元気そうで何よりですよ。どこに行くのかと思ったら、まさかまたここに来るとはね」
ふざけたのが気に食わなかったのか、皮肉な視線と言葉を並べられた。
そう、私たちが来たのはあの丘。
女神像を隠すように緑が広がる。
けれど窓のように切り取った風景が見える。
あの――アルやフィーちゃんとの思い出の場。
イタズラっぽく笑って見せれば、後ろからゆっくり歩いてきた彼がすこし苦笑した。だけどすぐに消えたので、怒ってはなさそう。
「えー? でもいいとこでしょ、ここ。どうせ誰もこないしー」
「そんなこと言うのは君くらいでは……いえ。私も良い所だと思いますけれどね、少し苦い思い出もありますが」
隣に並んでニコッと意味深に言われて、ギクッとしました。古傷抉るのやめてください。
「あまり前に出ないで下さいね? あの時もひやひやしましたけれど、ティアは成長しても変わらなさそうなので……」
「子供じゃないから落ちないですー! 第一! ここから落ちても多分死なないよ‼︎」
「知っているか分かりませんが、普通の人が気にするのは死ぬかどうか基準じゃないんですよ……」
拳を固めて気合たっぷりに言ったのに。
何故か憐れみの表情なんですけど?
なんで? 子供扱いされた私がしたいよ?
どうも信用ならないらしく、腰に手を回される。これは子供が飛び出さないように、抱き抱えられるやつパート……いくつだろう……?
そんな悲しい記憶、数えたくない。
実際の精神は私の方が年上なのに!
私の方が絶対お姉ちゃんなのに……‼︎
「……私、いつになったらアルから大人扱いしてもらえるんだろうね……」
「……。」
「ちょっとやめて。無言にならないで」
この晴れ渡る空の中。
その曇り顔の沈黙で。
私の心を雨模様にしたいのかな?
そうかな? そういうことかな?
「はぁ。アル気をつけた方がいいよ。いくら世話焼きで優しいからって、こういうの勘違いする子は勘違いしちゃうんだからね?」
「? ティアと私の間に勘違いしてまずいような事、ありましたか?」
「……。」
うぉーい。この曇りなき目の王子様キラキラフェイスで、それ言っちゃいます? かましちゃいます? 思わず遠い目になっちゃうよ?
「……ま、そうね。私たちに勘違いするような事ないもんね」
言っても無駄だな……と諦めて。
目を閉じて、口にした。
その声は自分で思ってたより、渇いていた。
そりゃまぁ、その通りで。私が勘違いしなきゃ、問題起こらない関係ですもの。ええ。そして私は、そういう期待はしてないから……。
「ずっと立ってるのも大変ですから、お席でもご用意いたしますわ」
わざとらしく言ってパチンッと指を鳴らせば、背後に銀の光が輝く。
ま、下の人たちは上見てないから気づかないでしょ。うん。びっくりさせたらかわいそうだもんね。あと私が怒られる。
「……なんだか、昔より上達していませんか?」
でも隣のご主人様は、後ろを振り向きこちらを見てびっくりしてた。え、そっちが驚くの?
「そりゃあ私も子供じゃないんだから、魔力の扱いも魔法も上手くなるでしょ。アルだってそうじゃない。なんで驚いてるのよ?」
「いえ……。改めて闇魔法は、すごいのだなと実感しまして」
首を捻って尋ねたら、そんな答えが返ってきた。……まぁ、なんとなくわかるけどね。
さっきまで後ろには、何もなかった。
今は変わらない景色に、ベンチだけがある。
アイアンのアーチをあしらった木のベンチ。
子供の頃彼らに見せたものは、何かの形を変える事ばかり。
この百合だってそうだし。
フィーちゃんの氷のコップも。
ヴィンスの時のスライム事件も。
そこにあるものの姿を、ただ少し変えただけだった。媒体があった。
けれど。
今の私がしたのは、無から有を作った状態だ。
別に元々、できないことではなかった。
消してしまえば幻覚になるもの。
けれど私が消さないなら、それはもう幻覚ではない。
これが闇魔法の真骨頂――イメージできるものは、全て本当にできる魔法。ないものをあったことにする、世界の書き換えとも言える掟破りの魔法だ。
「ベンチ、座る気分じゃないかな? やめとく? 気持ち悪くなっちゃった? それとも……私が怖い?」
いつの間にか少し離れた距離に、くすりと笑って彼を見上げた。だけど見えたのは、どこまでも澄んだ、淡く美しいイエロー……が、険しく歪んだ。
「君は私を、望んで怖がらせたいんですか?」
今回と次回は特にアル目線とティア目線では、同じ状況でも感じ方が変わります。予想してみてください。




