448話 犬らしくしっぽを振って
まずい。非常に、まずい。
いや何がまずいかってーー。
「あぁティア、見てください。あれが美味しそうではないですか?」
コレよコレ!!!!
その爽やかな笑顔と!
完璧な出立ちと!!
素晴らしいエスコート今やめてよ!!!!
なんなの⁉︎ 何でそんなにキラキラしちゃってるの⁉︎ 眩しい太陽のせいなの⁉︎ それとも恋は盲目☆キラキラエフェクトのせいなのっ⁉︎
……どう考えても後者だよど畜生ーっ‼︎
「え、なんですかその顔は? そのジュース、そんなに不味かったんですか?」
「……たしかに、私には甘すぎたかもしれないわ……」
「ストローを噛むと吸えなくなりますよ……」
ケバブ買ってからも、私たちは変わらず買い出し中だ。いろんな視線を集めつつ、それも気にならないくらいになってる。買い物に夢中というわけではなく。
何故なら……このキラキラプリンス様の視界独占率が高いからかなぁ……。
エスコートすると決めた彼は輝いている。
およそ似つかわしくない屋台街でも。
臆さないからか、何故か格好悪くならない。何故だ。
心配しているその顔もすき。はい、もう好きですよ、ええ! 180度回ってむしろ、憎たらしいくらいですわよ、ええ‼︎
わかってる。令嬢にあるまじき顔をしてると。
コップを持ちながら、ストローを噛み潰しそうな顔をお見舞いしている。自覚はあるけど!
まったくもう、彼は完璧なのだ。
いっそ忌々しいほどに。
この際、嫌なとこみせて幻滅させて欲しい。
お願いだから、ドキドキさせるのやめて欲しいって言ってるんですよーーーー!!!!
いや言ってないけどね⁉︎
私の理不尽な胸の内ですけどね⁉︎
でもあっちのときめかせ具合も理不尽っ‼︎
「おや、君は甘いものが好きではありませんでしたか?」
「まぁ……あれじゃないかな? もうちょっと冷えてたら……」
「あぁ、失礼」
「えっ」
お茶を濁すための適当な言葉だったのに。
だから気まずくて、視線も逸らしたのに。
アルはそう言うなり、私の手に握られたコップに指を這わせた。……もしかして、冷やしてます……?
頭が触れるほどの詰まった距離に、ドギマギする。
はー、バカ! 私の馬鹿‼︎
他意はないんだってば!
これは親切! 親切なんだから‼︎
あと私がこんなに暑くなってるのは、夏の太陽のせいです! そうなんです‼︎
「はい、これでどうでしょう?」
いつの間にか少し遠のいた陰に、ほっとしつつさび……いや違うっ!
飲み物と買い物で荷物があるから!
貴族的エスコート(物理)はなくて安心なの‼︎
違うったら違うんだからもー‼︎
いっそガブ飲みしたいのに、ストローではちまちまとしか吸えない。けれど口の中に広がる甘酸っぱさは、さっきより心地よくなった。
「……ん、おいしい。とってもトロピカル……」
そして私の頭もトロピカル。
南国気分でサンバモードよ。
なににフィーバーしてるんだろうね!
おいしいって言いながら、正直あんまり味わかってない気がする。ただ、喉を通る冷たさは気持ちいい。だからごくごく飲んじゃう。
「ふふ、やはり買って正解でしたね。君が熱中症になったら大変ですから。ぼーっとしてるから心配しましたよ?」
無心になってちゅーちゅーしてる私が面白いのか、なにやらニコニコと見つめられている。やめて、その優しい眼差し。居た堪れない。
あぁでも、ちょっと冷静になったかも。
そうよね、私はうっかりデート気分だけど。
多分アルは違うんだろうな。
きっと犬のお散歩か、良いとこ妹……いやおこがましいな。でもなんか、からかわれつつお世話されてる感あるんだよねー。
だからそんな、優しい目してるんでしょ?
なんとなく、友達とは違うような。
そんな感じのように思える。
なんとなく、違う熱を感じる気がする。……まぁ、仮にも婚約者だもんねぇ。
「……アルってば、いいお母さんになれるわ」
「えっ父親ではなく?」
何故かショックを受けたらしいので、フォローしておく。
「ふふっだって、そんなに心配してくれるから。私の中ではそういうの、どっちかっていうとお母さんっぽいなって」
「……君の中の母親のイメージは、そうなんですか?」
手で少し口元を覆って、吹き出すように言ってしまつまたけれど。アルの不思議そうな顔を見て、あ、マズかったかなと思った。
……この世界の、貴族の、王族の母親はこんなに世話を焼かない。
それは乳母やメイドのやる事だから。
しかも、私が言うのは尚更。
だってーー死別してるんだし。
ここで初めて、私が思い浮かべてたのは前世だなと思い至った。
チラッと見上げると、真っ直ぐ逸されることのない瞳と目があった。……うーん。これは。とりあえず、にへーと笑って誤魔化すけど。
「……えーと」
「ティア。君はたまにおかしな事を言いますよね? そしてそれを当然のように行います。いつかのリリーに会った時もそうですが」
「え、取り上げるとこそこなの?」
「自覚があるようで何よりですよ?」
「……。」
あ、ダメです。
言質取られました。
そう言えばこの人、腹黒なんだった……!
こーんな笑顔で! こっちの逃げ場を潰してくる人でした‼︎
見てこの極悪非道な顔! ……に見えないいい笑顔だこと! くそう! イケメンめ‼︎ 私ならすぐ悪役名物悪い笑顔発動するのに‼︎
「……さっき、『今はいい』とか言ってなかった?」
「君の弟にダメだとご指摘を頂きましたよ。……全部今話せとは言いませんけど」
おう……何ということよ弟よ。
姉を売り払うとは。
味方だと信じてたのに。
いやまぁ、あの子は私の言う事聞くようで聞かないからなぁ……。まぁ別に、私も全部聞かせたいわけじゃないから。
だからこそ私たちは、今まで仲良くやってこられたんだから。
「……はぁ。とりあえず、どこかに座らない?」
私は諦めた。
全部を隠すことを。
だってもう、それは無理だから。
だからまず犬らしく、ご主人様のご機嫌を取ることにした。
更新止まってしまいすみません!
とりあえず復活したので、ちゃんと更新しますがしばらく週一になるかもしれません。