447話 深く考えてはいけない
歩き出せば、否が応でも感じてしまう。
右を見ても視線。左を見ても視線。
なんなら前からも後ろからも視線。
そしてその全てはーー。
私の隣を歩いてる、キラキラした王子様に注がれ。そのあと隣にいる私へと移るのだった。……うん、考えなしに来すぎたな。
「そうだよなぁ……。一応あれでもうちの弟もイケメンの部類なんだよなぁ……」
「どうしましたか?」
「あれでも分散役にはなってたんだなぁって、噛み締めてたとこ……」
慣れているのか気にしていないらしい彼に、遠い目をしながら答えた。
さっき視線を感じなかったのは、こんなにあからさまじゃなかったからだろう。いや、男女2人で並んだらそれはこうなるよね……。
これでもアルは、ブラインドエリアをかけてる……はずだ。だからうわイケメンとは思っても、王子だなんだとは騒がれない。
……さっきみたいに、話しかけて気付かれなければ。
だけど、イケメンすぎるんだよね……?
だからこんなに目を引いてるんでしょ……?
ブラインドエリアは音や匂いといった存在感を抑えて、気配を消す魔法だけど。視界に入れば効果は影の薄い人くらいになる。本来なら。
だから本来なら、私が隣にいようが視線はこっちに来ないと思うんだけどね……黒髪、嫌われがちだし。
まぁその真っ白い、いかにも高そうな格好のせいもあると思うけどね……。
「……さてさて、今回の1番はどこかなー」
せめて変装させればよかったんだけど、今更なので諦めて。周りの視線を遮るように、入り口でもらったランキングのチラシを開いた。
「何を買いに行くんですか?」
「うん? とりあえずケバブは食べたいよね」
「……君の好みは変わらずですね」
覗き込んできたから指差して答えたのに、なんか言いたげである。いや、普通じゃない?
「だってケバブ美味しいよ? 冷たいものはあんまり期待できないしねぇ」
「いえ……まぁそうなのですが……」
その視線やめて。
いいでしょ、食べるものくらい!
令嬢らしくはたしかにないけど!
「もー! 郷に入れば郷に従うのよ! 屋台飯に上品さなんてナンセンスなの‼︎ 私は自分の好きなものは曲げないんだからね‼︎」
「はは……変わらないですね」
「そりゃそうよ! 変わっちゃったら私じゃないでしょ! 私は一度好きになったらすごーく長いし、一途なんだから‼︎」
片手の握り拳を掲げて、熱く語っておいた。
なんかちょっと笑われましたけど!
好きなものは、そう簡単に嫌いにならない。ちょっとダメなところも、むしろ愛しいくらいの気持ちで受け止めるべきでしょ‼︎
自分が合わせられる範囲なら。
ダメなところは問題にはならない。
よって屋台らしさは私には無問題です‼︎
そして目的地についたので、もう私の目に映るのはケバブだけです! ええ! 人目なんかどうでもいいですし、花より団子です‼︎
「こんにちはー! ケバブを5つくださいー‼︎」
「お、嬢ちゃん今回も来たかー!」
「あははー! 来ちゃいました! ここ美味しいから」
「いやぁ嬢ちゃんのお陰だよ! よくあんなアイディアが出るよなぁ……っと。ちょっと待っててな用意するから」
頭にタオルを巻いた気のいい兄ちゃんが、気さくに話しかけてくれる。
うん、やっぱここはいつも通りだから、問題はアルなんだよねぇ……。私はこんなにも普通だというのに目立つから……。
「……アイディアというのは? このランキングの事ですか?」
「ん? あぁ、聞いてたの?」
肩口から頭を出すように覗き込んで尋ねられる。視線はチラシなんだけど、若干口がへの字な気がする。気のせい?
「いや、こっちじゃなくてね。ケバブ屋台は他にもあるから、ソースでも作ったらって言ったんだよね」
「おーそうそう、嬢ちゃんの提案でなぁ! ちぃと高くなるんだが、レモンベースのソースをオプションで作ってなぁ!」
「……で、それがウケたみたい。そんな事してたから、この通りの屋台は多分普通より美味しいよ? 競い始めたから……って……」
説明していたら、調理中の兄ちゃんからも声が飛んできた。こっちも聞いてたのね……。
クスッと笑いながらアルの方を見たら、なんとも言い難い表情をしていた。……え? なんなのその顔? どういう感情?
「ティアの素晴らしい発想力を褒めたいのですが、なんだか複雑です……」
「あぁうん……そんな顔だね……?」
「君は……私がいなくても生きていけそうですよね」
チクリ。
不意打ちのその言葉に、微妙な笑顔も忘れて真顔になりかけた。……いかんいかん。なにしょげてんの私。
そんなの、私が一番知ってる。
「……まぁ、そうだね。その方が振り回さなくて済むかも〜! 私も気が楽だなぁ!」
一拍置いたものの、気付かれない範囲だろう。それに、少し下を向いた私の顔が彼から見えるはずもない。声だけ努めて、明るく出す。
知ってる。知ってるよ。
だって、そう考えてたじゃん。
1人で、悠々自適に田舎ライフ送ろうとか。
だけどそれは叶わなさそうだから、忠犬になることにしたはずだ。それがハッピーエンド。
1人で大丈夫とか、大丈夫そうとか。言われ慣れてるし自分でも思ってるのだ。なのに何今さら、泣きたい気持ちになってるんだか。
期待しかけてたから……何を?
やめろ。気付くな。いいんだ。
私の幸せは、そうじゃない。
私自身のワガママを叶えるためじゃない。
「まぁ私には関係ないのですが」
チクリチクリ。
「……っ、いやまぁ、そりゃそうでしょうね……」
うーん、早く来てくれケバブ!
塩味が濃くなってしまう前に!
全て飲み込んでしまいたい……!
一応仮にも婚約者なのに酷くない? とか思ってない! ないったらない! あぁ早くあの香ばしい香りで包まれて心を一杯にしたい‼︎
だけど、その前に。
「はぁ……そうなんですよ。だって私にはティアが必要ですからね……」
「……????」
なんかため息ついてると思ったら。
なんか抱きつかれている気がする。
……ん? なんかおかしくない?
固まる思考、固まる身体。
ふわりと、爽やかでスパイシーな中にもフラワリーで落ち着きのある香りに包まれてます……んん⁉︎
「おまち……っておぉ〜、熱々だなぁ! でもこっちも熱いうちに食べてなー!」
「あぁ店主、こちらでお支払いします」
「おぉ、ありがとさ……ってイケメンやな兄ちゃん⁉︎」
「どうもありがとうございます」
固まってる間に、お会計が済まされていく……。ところでこの格好、いつまでなんですか……?
かろうじて頭だけ動かして訴えても、にこりとされて終わる。
「って兄ちゃんこれ多いぞ⁉︎」
「あぁ、チップとしてお受け取り下さい。今後も私の婚約者をよろしくお願いします……では、行きましょうか?」
柔らかに笑い手を振って。そのまま私の腰に回して歩き出すので、自動的に着いていくしかない。
このフリーズは、次の店に着くまで続いた……いや、私! あんまり深く考えるな‼︎
意味はない! 意味なんかないんだから‼︎